Episode:04
「えっと、ですから……さっきも言いましたけど、違う世界へ行く実験をしてたんです」
「違う世界ねぇ」
おばさんがひとりごちる。
「でもまぁ確かに、全然違うところへは来ちゃってるわね」
「やっぱりそうなんですか?!」
思わず声が高くなった。
「もしそうなら、最初の意図とは違っちゃいますけど、実験が成功したってことです!」
「――顔近い」
「え? あ!」
つい立ち上がっておばさんに迫ってたことに、言われて初めて気づく。
「そんなに迫って、キスでもするつもり?」
「き?! しししししし、しませんっ!」
なんてことを言うんだこのおばさん。というか、僕にだって選ぶ権利くらいある。どうせだったら……。
「んー、どしたの? もしかしてカノジョのことでも、考えてるのかなぁ?」
「ちちち違います!」
ほんとに「おばさん」って種族は、油断も隙もない。
当のおばさんは面白そうにけらけら笑ったあと、ちょっと真面目な顔になった。
「で、ここどこ?」
「どこって言われても……いちおう、ユラ、って名前の村ですけど」
「聞いたことないわね」
あっさりとおばさんが一蹴する。けど僕に言わせれば、異世界から来た人が知ってる方がおかしい。
「まぁ姿格好見た時点で、ニオンじゃないのは確かね。やっぱりパラレルワールト?」
「ですからそのパラなんとかって何ですか?」
どうにも会話が噛み合わない。
そこへぶつぶつ言いながら師匠が来た。これ幸いと話を振る。
「師匠、このおば……いや、この人に説明してください。未熟な僕じゃ手に余ります」
途中で「おばさん」って言いそうになって慌てて言い直して、ついでに自分を下げて師匠を上げて。
――なんで僕、この年でこんな苦労してるんだろう?
だんだん情けなくなってくる。
けどここで修行を諦めたら、今まで我慢してきた意味がない。父さんだっていつもそう言って、どんなことでも我慢してた。
なのに師匠は答えなかった。顎に手を当てながら、まだぶつぶつ言ってる。
「あの、ししょ――」
「ちょっとそこのじーさんっ!」
僕の声にかぶさるようにして、地下室にカン高い怒声が響き渡った。これにはさすがの師匠も度肝を抜かれたみたいで、びくっと震えて辺りを見回す。
「な、な、なんじゃ?!」
「なんじゃじゃないわよこの立ち枯れオヤジ! 人をこんなとこへ連れてきて、とっとと説明しなさいってば!」
師匠もしかして、こんなこと言われたの初めてなんだろか? 目を白黒させて口をぱくぱくさせて、酸欠の魚みたいだ。
同時に「おばさん」って種族をちょっと見直す。師匠にこんな顔させるなんて、並大抵じゃない。
「さぁ、ちゃんと説明しなさいってば。しなかったら容赦しないわよ」
何をどう容赦しないのかは、ちょっと興味がある。
ただ僕に向けられるのだけは願い下げだ。師匠だけにしてほしい。
師匠の方はまだ口をぱくぱくさせてたけど、おばさんの剣幕に押されて、なんとかしわがれ声を絞り出した。
「つ、つ、つまりじゃな、違う世界へ行く実験をしておって……」
「それは聞いた!」
さっきと同じやり取りになる。
まぁさっき言ったのは僕で、師匠にしてみれば初めておばさんにこれを言ったわけだから、気の毒と言えば気の毒だ。
でも普段いろいろされてるから、むしろたまには困れ、って気分のほうが大きい。
おばさんの怒りは、収まる気配はなかった。
「で、ここどこ?」
「ここはユラという名前の村で……」
「それもさっき聞いた!」
師匠、墓穴を掘りすぎだ。でもいつもコキ使われてる分、こういう「やられてる」師匠を見るとスカっとする。
けどここで風向きが変わった。