Episode:02
「すすす、すみません、お姉さん!」
「よろしい」
顔のシワの具合から見て僕の母さんよりは若そうだけど、でももうそこそこ大きい子供もいそうな、そんな年齢の人だ。だから間違っても「お嬢さん」じゃない。
けど女の人に本当のことを言うと、後が恐ろしい。それは今まで散々経験した。だからここは、素直におだてるに限る。
ただ近所の大樽を幾つも重ねたようなおばさんたちと違って、見掛けはほっそりしていた。しかもその割りに胸と腰はあってなかなか――そこで気づいて、慌てて首を振る。
「何じろじろ見てるのよ」
「あーいえ、珍しい服だなと」
おばさんが着てるのは、かなり複雑な作りの服だ。
ヒラヒラした薄い布のスカートに、キラキラした糸を織り込んだ内着、その上に飾りがついた上着。
どれもけっこう手が込んでる。肌も荒れてないし、もしかすると、けっこういい身分の人かもしれない。
当のおばさんはスカートの裾が床につくのも気にせずしゃがみこんで、散らばったものに手を伸ばした。
「あーあ、もう。割れちゃった」
手にした白くて太くて長くて葉っぱのついた、ぽっきり二つに折れたものを、口を尖らせて眺めてる。見るのは初めてだけど、何か野菜らしい。
他にも辺りには、見たこともないものが散らばっていた。おばさんがぶつぶつ言いながら、それをかき集めてる。
「あの、手伝います」
「ありがと」
何が起こったのかよく分からないけど、ともかく物を拾うのは手伝うべきだろう。
指し示された布のバッグに、何に使うのか見当もつかないものを次々と戻していく。その間におばさんは前後に車輪のついたよく分からないものを、よっこらしょっと立てて部屋の隅へ押していった。
「これでいいですか?」
集めたものをバッグごと差し出す。
「うん、ありがと。ところでここ、どこ? あたし早く、家に帰りたいんだけど」
言われて異常事態に改めて気づく。
「し、師匠……?」
頼みの綱を振り向くと、僕と同じように困惑した顔だった。
「こっちから行くはずが、何故じゃ……」
「何故と言われても師匠、現に来てます」
「そ、そうじゃな。早く返してやらんと」
その言葉に「まだ師匠にも人間らしいとこがあったんだな」などと、ちょっと感心する。
おばさんのほうは当たり前だけど、まったく事態が飲み込めてないみたいだった。
「ねぇ、来たって何? 返すって、返してくれるの?」
相手をするのは師匠に押し付けようと思ったけど、さすがに無理そうだ。魔法陣をいじっているのに、中断させたらまずい。だから仕方なく僕は返事する。
「実は、違う世界へ行く実験をしてたんです」
「違う世界……? パラレルワールトとかいうの?」
「何ですかそれ」
さすが異世界から来ただけあってこのおばさん、時々異界語を言うらしい。
そして気づいた。
「なんで、喋れるんです?」
「そっちこそなんでニオンゴ知ってんのよ」
どうやらお互い様みたいだ。というかおばさんの中じゃ、僕が異界語を喋ってることになってる。
その理由を何とか説明しようとして、僕は諦めた。僕にも理由が分からない。
「どうしてかは、後で師匠にでも……あ、今はダメです、作業中です。帰れなくなります」
即座に師匠に声をかけようとしたおばさんだったけど、最後の一言が効果絶大だった。ぴたりと動きを止める。
けどそれもつかの間、おばさんはくるっと僕のほうへ向きを変えた。
「じゃぁ、あなたに説明してもらうわ」
「え……」
何か墓穴を掘った気がした。