Episode:12
「で、今日はどうするの?」
「どうするのって言われても……」
考え込む。
僕の一日は、師匠に始まり師匠に終わる。
師匠が散らかしたものを片付けて、師匠が汚した部屋を掃除して、師匠に言われた通りに手伝いをして、あとは合間に自分で魔法の勉強をするくらいだ。
だから、予定なんてない。すべて師匠次第だ。
それをおばさんに言ったら、あからさまに呆れた顔をされた。
「計画性無いわねー」
「そんなこと言ったって、僕は見習いです。見習いってこういうもんです。
てか魔導師ザヴィーレイって言ったら、都でも有名なんですよ。そんな人の弟子になれるだけでも、すごく運がいいんですから」
「へぇ、あのじーちゃん偉かったんだ」
「そうですよ」
言って僕は説明した。さすがこのままだと、弟子の僕の立場まで危うい。師匠はどうでもいいけど。
ただそれでも、おばさんはさして感心したふうも無かった。
「でも、礼儀知らずの迷惑じーさんよね」
「それはそうですけど……」
こう言われてしまうと、僕も言い返しようがない。何しろ事実だし。
なによりこのおばさん、そういう「偉い」は理解しなそうだ。上流階級に、たまにそういう人が居るけど、そのたぐいなんだろう。
ため息をついて僕は話題を変えた。
「スープ、食べますか?」
「食べる食べる」
師匠は午前中はだいたい寝てる。だから待っても仕方ない。
「どうぞ」
温めたスープと切ったパンを出すと、おばさんから抗議が来た。
「多い」
「残りは僕が食べますから」
「ならいいけど」
どうやらおばさん、僕の遠大な計画には気付かなかったらしい。
夕べ見たとおり、おばさんはすごく少食だ。僕の半分どころか四分の一食べるかどうかだ。
だからおばさんに一人前の食事を出せば、当然残って、それが僕のところに来る寸法だ。
これならおばさんがいる限り、僕は飢えから解放される。素晴らしすぎる。
いなくなったときが困るけど、それはしばらく先だし、考えると悲しくなるから考えないでおくことにした。
「ごちそうさま、あとはあげる」
予想どおり、おばさんは半分以上残す。大して減ってないスープと、二切れ渡したパンのほとんどがこっちへ来た。
――神様ありがとう! これで僕はしばらくの間、師匠に文句を言われることなく、おなかいっぱい食べられます。
やっぱり今度ちゃんと神殿へ行ってお祈りしよう、そう心に誓った時だった。
「イサ、いるかーい?」
ドア越しに、よく響く女性の声。
「手が空いたからさ、来てみたんだ。掃除するんだろ?」
声の主は、さっきスープを作ってくれた、隣のズデンカさんだ。
おばさんが立ちあがってドアを開ける。
「ありがと、助かるわぁ」
「なーに、こういう力仕事は、あたしみたいのが向いてるさね。あんたの身体に細腕じゃ、すぐ倒れちまうだろ」
茫然とする僕なんかお構いなしで、ずかずかズデンカさんが入ってくる。
「どこを掃除するんだい?」
「あ、こっちこっち」
イサさんがまるで自分の家みたいに、ブラシとモップとバケツを抱えたズデンカさんを案内した。
「ここなのよー。今晩からここで寝なきゃなんだけど、ヒドいでしょ?」
「こりゃヒドいね。人が寝るようなとこじゃないよ」
僕は慌てて頭を振って、両頬を手ではたいた。茫然として固まってる場合じゃない。
「や、やめてください。勝手に触ったら、師匠になんて言われるか」
「じーさんなんて知らないわよ。ここで寝ろっていうんだもの、こっちには片づける権利があるわ」
「そうそう。それにこんな部屋放っておいたら、そのうち病気になっちまうよ」
「だいいち誰も、捨てるなんて言ってないでしょ。整理して掃除するだけ」
「まーだいぶゴミも混ざってるみたいだがね」
倍加したおばさんたちから、多重攻撃が繰り出される。もう誰にも止められなさそうだ。