Episode:11
「入っていいですか?」
「もちろん。あんたもお茶でも飲んでいき」
そういえばいつも食事を取りに来てるのに、あがったことなんてほとんどなかったな、そんなことを思いながらドアをくぐった。
入ってすぐ、食堂と台所も兼ねた部屋に、イサさんの姿はあった。
真ん中の大きなテーブルのところで、のんびりお茶をすすってる。
「おば……じゃない、イサさん! 勝手にどっか行っちゃダメじゃないですか!」
「お皿返しに来ただけよ。何が悪いのよ。だいいちあなた、寝こけてたし」
答えに詰まる。たしかにおばさんが出てっても気付かないほど、僕はよく寝てた。
けどだからって、黙って出てったら驚くわけで。
「ともかくやめてください。師匠に僕、なに言われるか分かんないじゃないですか」
「じゃぁ、次から夜中でも起こそうか?」
「そ、それは……」
また言葉に詰まる。毎日ただでさえ師匠に振り回されて、唯一安らげる睡眠時間まで妨げられるのは、さすがにゴメンだ。
ズデンカさんが口を挟んだ。
「まぁまぁスタニフ、いいじゃないか。別にヘンなところへ行ったわけじゃなし。
それにイサだってこの通り、子供までいる人なんだ。ヒョロヒョロしてるあんたより、よっぽどしっかりしてるよ」
今度こそ僕は何も返せなくなった。
というか父さんの言うとおり、おばさんを納得させようってほうが無茶だった。
それにしてもイサさん、これで子供って……そういやたしかに魔法陣通り抜けて来たときに、子供たちのご飯がどうとかは言ってたけど、ほっそりしてる身体はとても子持ちに見えない。
おばさんたち二人は、黙ってしまった僕なんておかまいなしに、話を続けてる。
「さてっと、イサ、もう少しでスープができるからね。持ってお行きよ」
「ありがとう、ズデンカ。あたし立ちっぱなしだと時々倒れちゃうから、作ってもらえるとホントに助かるわー」
「気にしなくていいさ、いつも作ってるし、お皿のいい洗い方聞かせてくれたし。それより今度、さっき言ってた料理の作り方、教えとくれ」
「もちろん」
なぜか二人、既に意気投合してる。
父さんは「おばさんは国を越える」とか言ってたけど、世界まで越えてる。何かが起こりそうですごく怖い。
それにしてもこのおばさん、立ちっぱなしだと倒れるって、かなり身体が弱くないだろか?
たしかにたまに、いいとこのお嬢さんで、線が細くてそういう人はいるけど……。
もしかするとイサさん、案外育ちがいいのかもしれないと思った。
知識も語彙も豊富だし、太ってない――上流階級の女性はスタイルにすごく気を遣うから、中年になっても大抵痩せてる――し、何より手がまったく荒れてない。
どっちにしても、イサさんがズデンカさんと仲良くなったのは、すごくありがたかった。
ケンカでもされたら、僕のご飯がなくなる。
「さてっと、これでできた。スタニフ、ほらこの鍋持ってお行き」
「あ、はい、ありがとうございます」
なぜか僕のほうが鍋を持たされる。
けどさすがに、女の人に重い物を持たせることはできなかった。
「おば……じゃない、イサさん、戻りますよ」
「はーい。じゃね、ズデンカ」
子供みたいな返事をして、おばさんが僕の後ろをトコトコついてくる。
ちらっと見たら手を後ろに組んで辺りを見回してて、妙に可愛い。
情が移りそうになるのをこらえながら、僕は言った。ここで言わないと、後々トラブルになる。
「ダメですよ、勝手に外へ出たら」
「だからさっきも言ったでしょ、あなた寝てたって」
一理ある。一理あるけど、でもやっぱりダメだ。
だっておばさん、ここのこと何も知らない。しかも実験で間違ってここへ来て長逗留だから、迂闊に知られたら困る。
隣のズデンカさんに知られた以上、もう手遅れかもしれないけど、それでも被害は減らすに限る。
そのことを言うとおばさんはちょっとふくれっ面して、口を尖らせた。
「つまんない」
「つまんなくても、やめて下さい。何かあったら困ります」
なんだかぶぅぶぅ言いながら、それでもおばさんは僕と一緒に屋敷に戻る。とりあえず良かった。
ぽふ、と音を立てて、おばさんが僕が寝ていたソファに座る。