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異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる  作者: 卯月 みつび
カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい。
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 封印をして欲しい。 


 突拍子のない申し出に、悠馬もリファエルもきょとんとしてしまった。

 封印。

 辞書をみると、『封をした証拠として印を押したり証紙をはったりすること』とあるが、目の前の女が言っているのはそういうことではないだろう。

 悠馬は、異世界にいたころの知識と照らし合わせながら、まずは座って話をすることが重要だと言い聞かせ診察室へと促した。

 そして、今、悠馬とリファエルは赤髪の女と相対している。


「えっと……まず確認なんだが、封印っていうのは、あれだよな。封印魔法を使ってってことでいいのか?」

「それ以外に何がある?」

「いや、あんたには、それ以外にないんだろうけどさ」

 どこか呆れたようにため息をついた悠馬は、またかよ、と一人ごちりながら頭をかいた。

 ミロルに続いての異世界人。エルフではなく人間のようだが、どうしてこうも秦野医院は普通ではないものが集まるのだろうか。

 封印という穏やかではない訴えをしょってやってきたのは見るからに異世界の戦士。

 こちらの常識が通じないのは明白だ。

「……なら田中さん、えっとさっきのおばあちゃんな? あの人はそうやって言って理解してくれたか?」

「いや。いくらご高齢とはいえ、あそこまで話が通じないのはめずらしい。よほどものを知らないと見える」

 さも自信満々といった態度に思わずリファエルも苦笑いを浮かべた。悠馬は呆れではなく、若干の怒りを抱いていたが。

 田中さんの親切心で食事を恵んでもらえたことを棚に上げ、ものを知らないという言い方は、傲慢にもほどがあると悠馬は考えたのだ。

「なんだ、その言い方は。田中さんはあんたを可哀そうだって思って飯をくれたんだろ? なら、もの知らずだとか言って失礼だとは思わないのか?」

「封印魔法を知らないことを指摘したのがそんなに気に障ることなのか?」

「馬鹿にしているようにしか聞こえない」

「それは個人個人のとらえ方だろう。私にはそんなつもりは全くない」

 どっしりと構えているサラには罪悪感のかけらもないようだ。そのふてぶてしい態度に、悠馬の表情は徐々に険しくなってくる。

 険悪な雰囲気になりそうな気配を感じたリファエルが、咄嗟に割って入った。

「まあまあ、ユーマ様。また現状を飲み込めていない方なのですから無理もありません。それに、私達はこの方の事情も知らないのですから。互いに知らないままでは、話もうまくいきませんよ」

「……わかってるよ」

 リファエルの言葉に、剣呑さを抑える悠馬。それをみて、リファエルは少しだけ微笑んだ。

「さて……。何から話しましょうか。まずは田中さんに対する誤解から。あの方はもの知らずではないんですよ。魔法という言葉が通じるのは、おそらく私やユーマ様、それと一部の人々にしか通じません。ここでは、魔法という言葉は一般的ではないのです」

「なに?」

 眉をひそめてリファエルを睨みつける女。その女の剣幕をもろともせず、リファエルは温和な笑みをたずさえたまま話し続ける。

「ここには、いえ、この世界には魔法という概念が存在しません。そういう世界に、今あなたはいるのです」

「ふざけるな!」

 赤髪の女が突然立ち上がった。その勢いで椅子が後ろへと倒れる。顔は真っ赤に燃え上がり、女の怒りを体現したような表情だ。

「魔法がないだと!? そんな世界、聞いたことも見たこともない! この私をおちょくっているのか!?」

「いえ。真実ですよ。その証拠に……私達と、あとはもう一人ですね。それ以外に大きな魔力を有している人がいますか? 小さな魔力を持つ者はこちらの世界にもいますが、あなたが普段から感じていた魔力と比べてどうですか? 違和感を感じませんか?」

 リファエルの言葉を信用できないのか、女は二人を睨みつけている。

 だが、まっすぐと突き刺さるリファエルの視線に、女はようやく目をつぶり意識を集中させていった。そして、ゆっくりと目を開く。その目には、先ほどまでの怒りは感じられない。

「お前の……言うとおりだ」

 立ち尽くす女に、リファエルが椅子を拾って進めた。その椅子に、促されるがまま女は座り込む。

 先ほどよりも、小さく丸まって座っている様子は本来の姿なのだろうか。年相応の少女のように見えた。

「ここは地球と言う星の日本という国です。あなたは聞いたことがありますか?」

「いや……」

 目線を下げたまま、力なく首を振る女。

「もう一度言います。ここはあなたがいた世界とは違う場所。ですから、田中さんはもの知らずではないし、あなたの常識も一部は通じません。その上で、これからの話をしませんか?」

「非礼を詫びよう……すまなかった」

 素直に謝った女に、悠馬はまだ訝しげな表情を浮かべている。が、たしなめるような視線を向けていたリファエルと目が合い、しぶしぶながら悠馬も口を開いた。

「わかったよ」


 ◆


 ようやく落ち着きを取り戻し女に、医者としての本分を思い出した悠馬が話しはじめる。それは、あたかも患者に問診するかのように、穏やかに始まった。

「さて。まあ、いきなりここは違う世界だと言われても信じられないだろうし、混乱はしているんだろうな。そこのところはおいおい受け入れてもらうとして……とりあえず互いの自己紹介からしないか? 名前もわからないんじゃ、コミュニケーションもなにもあったもんじゃないから」

「それはいいですね。さすがはユーマ様です」

「でだ。とりあえず俺からいこうか。俺は悠馬。こっちの世界を現世界、あんたがいた世界を異世界と定義すると……俺は異世界で三級治癒魔法師をやっていて、現世界で病気や怪我を治す仕事をやっているものだ。俺から魔力を感じるのは、異世界にかつて俺……というか俺の意識? がいたからなんだが、そのへんはよくわからないよな」


 悠馬自身もよくわからないことなのだから、人に説明するなどできるわけもない。

 そんなどこか曖昧な自己紹介を終えて女を見ると、その女はどこか困惑した顔を見せている。


「私がいた世界にいたのか……。なら魔力があるのも頷けるが。それにしても、三級とは優秀だったのだな。その、ユーマ殿? か。それほどの腕なら、さぞ有名なパーティにいたのだろう」

「三級が優秀? んなことないだろ。三級だと、部位欠損や再生なんかもできないし。俺は、せいぜい怪我をふさぐことくらいしかできない半端ものだったさ」

「部位欠損や再生など、それこそ高位の神官くらいしかできないのは周知の事実だ。謙遜するものではない。私と一緒に旅をしていた治癒魔法師も三級だった。何度その魔法に助けられたかわからない」 

「そうだったかな……。いっつも出来損ないと馬鹿にされたもんだが――」

 どこかかみ合わない二人の会話に首を傾げつつも、本筋を外れた話の展開にリファエルが口を挟んだ。

「まあまあ、二人とも。私の自己紹介もさせてください。申し遅れながら、私はリファエルと申します。元天使……なんですけど、今では天界からおとされた堕天使という扱いですね。現世界ではユーマ様を看護師としてお手伝いさせていただいています。よろしくお願いします」

 かつてミロルに自己紹介した時と同じように、女は目をぱちくりさせていた。が、すぐさま頭を何度か振った。異なる世界といい天使といい、わけのわからないことを考えても仕方ないと切り替えたのだろう。気を取り直したかのように背筋を伸ばし口を開いた。

「私はサラ・アルストラ。今代の勇者として、魔王の討伐をしていた。だが、魔王は強く、私の力をもってしても魔王は倒れなかったのだ。故に、こうして私の体内に魔王を封印した」

 そう言いながらサラは防具の下の服をまくる。

 すると、腹部に何やら赤黒い宝石のようなものが埋め込まれていた。その宝石からは血管のような管が何本も伸び、それぞれが不規則に拍動している。醸し出す異様さに、悠馬もリファエルも言葉が出ない。

「これは、魔石を利用した封印だ。魔石に込められていた魔力と私の魔力を用いて、自分より強い存在を封印することができる」

 どこか自慢げに語るサラだったが、すぐに顔を伏せると、魔石にそっと手を添えた。

「今はいい。今はこれで危険はない……だが、このままでは、私が死んだのち、魔王は復活してしまうだろう。だからこそ、私を封印してほしいのだ。そうすれば、私に封印された魔王は蘇ることはない。私よりも強い魔力を持つものしかできないことだ。頼む。私を封印してほしい」

 再度頭を下げるサラを見ながら、悠馬とリファエルは困ったように顔を見合わせた。


 ◆


「いただきます」

「いただきまーす!」

 権蔵の掛け声のもと、秋瀬家の食卓には今日も大勢の声が響いている。家主である権蔵、その娘の奈緒、悠馬、リファエル、ミロル、そして先ほど訪れたというサラ・アルストラも食卓に加わっていた。

「もう、悠馬ったら。いきなりサラさんを連れてくるんだから。量は十分足りるだろうけど……いつも通りの和食で大丈夫?」

 例のごとく、奈緒は見るからに外国人風なサラに料理が口に合うのか不安げだ。だが、悠馬はそんな不安を払しょくするかのような笑顔で応対する。

「大丈夫だろ。ミロルだって喜んで食ってたじゃないか。案外、異世界でも和食ってのは流行るんじゃないか? 奈緒の料理はうまいしな」

 そう言いながら、悠馬は奈緒の料理をほおばった。その言葉と食べる様子をみて、奈緒は満足げに微笑む。

「それよりも、サラさんは勇者っていってたっけ? それこそ、なんだかゲームに出てきそうだよね」

「まあ、そうだよな。今では、勇者ってのは普通にいるのか?」

「それはそうだろう。勇者と魔王との争いは大昔から続いている。初代勇者が現れてから、すでに数百年は経っているが、いまだに決着はつかない」

「数百年……」 

 箸をとめて考え込む悠馬に、リファエルはそっと筑前煮を差し出した。もちろん、リファエルが持つ箸に挟まれた筑前煮が、だ。

「ほら、ユーマ様。いろいろと思い悩むのは結構ですが、おいしい料理が冷めてしまいますよ? あ~ん」

「ん? ああ」

 悠馬は咄嗟にその筑前煮をくわえこむ。いつもなら断られるだろう行為に、リファエルは満面の笑みだ。その様子をみて、奈緒はおもわずむっとする。

「私達とサラさんの知識や認識に違いが出るのは、同じ時代からこちらの世界に来たわけではない、ということなのでしょう。おそらくは私達よりも後の時代かと思いますが、長い間に勇者という存在も一般的になったのではないでしょうか」

 リファエルの言葉に、サラは何度か頷いて同意を示す。

「ああ。勇者というのは血筋ではなく、その時代のもっとも勇敢でありもっとも強いものがなるとされる。私はまだ未熟であり歴代の勇者の中でもあまり優秀なほうではないらしい。だが、魔王の脅威を食い止めなければならず、未熟ながら魔王に挑んだのだ」

 挑んだ末の顛末が現状である。サラは、思わず顔をしかめた。

「それにしたってすごいと思うぞ? 封印っていったって魔王を封印するってかなり莫大な魔力が必要だろ?」

「ええ、そうです。サラさんはすごいと思います。けれど、だからこそ私達には……」

 そういってリファエルは視線を落としてしまった。

「さっきも言っていたが……」

「ええ、私やユーマ様では封印魔法は使えません」

「そうか……」

 そういってサラも俯いた。


 そう、そもそも悠馬は治癒魔法師、リファエルは堕天使なのだ。

 悠馬は治癒魔法師となる前は前衛の冒険者として戦っていた経験があるためただの治癒魔法師とは一線を画すが、治癒魔法師の本分は当然のことながら治癒魔法である。治癒魔法とは人の傷や病気を癒したり、眠りに導いたり痛みを取り除いたりといった魔法なのだ。

 リファエルが使う聖魔法は、聖なる力で邪悪を滅する力である。それ以外にもいくつかの基礎魔法は使えるし、ごくごく簡単な封印なら聖魔法の応用で使うこともできるが、やはり専門ではない。魔王を封じるようなより専門的な封印魔法を使うには、悠馬もリファエルも分野が違いすぎるのだ。


「私は封印魔法を使うことができるが、自分の魔力を閉じ込めてしまうため自分自身を封印することはできない。だからこそ、魔力の高い二人を頼ってきたのだが……ここが異世界であるのなら、封印魔法の使い手を探すのも難しいということなのだろう」

「そう、なるな」

 そうつぶやきながら、悠馬は思わず箸と茶碗を机に置いた。

「なら、どうすればいいのだ……。私のこの身が尽きてから……問題はそのあとだ。魔王の寿命は私よりも数倍長いと言われている。だからこそ、私が死ぬ頃、魔王は封印された中で生きているし、当然そうなれば封印は解き放たれてしまうだろう。そうすれば、この世界は魔王の脅威にさらされてしまう。力を持たないこちらの人間たちはあっというまに滅ぼされてしまうだろう」

 淡々と話してるかのように見えて、サラはその両手をこれでもかと握りしめていた。まるで悔しさを絞り出すかのように、握られた拳からは血が滲む。そんなサラの様子をみて、悠馬もリファエルも奈緒も二の句が継げない。


 そんなとき、ようやく食事が終わったのだろう。口の周りにご飯粒をいっぱいつけたミロルが不思議そうに首を傾げていた。

「ねぇねぇ、なお」

 悠馬とリファエルと同じように、深刻な顔をしていた奈緒。そんな奈緒は唐突にミロルから声をかけられ思わず声が上ずった。

「な、なあに?」

「なんでみんな怖いかおしてるんだ?」

「なんでもないんだよ、だから大丈夫」

 そういって奈緒がミロルを抱きしめようとしたが、その腕をミロルはすり抜けた。そして、サラの前にとことこと歩いていくと、唐突にお腹の封印の後をさらけ出す。

「何を――!?」

「これがいけないの?」

「こら、ミロルちゃん!」

 奈緒の声に怒気が含まれたのを感じたミロルは、さっさと服を戻し走って逃げる。奈緒はミロルを追いかけて捕まえ抱き上げた。奈緒の腕の中でミロルは必死に暴れている。

「な! なにすんだよ、なお!」

「いきなり人のお腹を見ない! 見られたくない人だっているし、今は真面目な話をしてるんだよ? 邪魔しないの」

「邪魔してないよ! みろる、何もしてないよ!」

 奈緒は、この場の空気を読んだのだろう。ミロルを抱きかかえたまま台所へと歩いていく。問答無用で引き離されていくミロルだが、その扱いが我慢ならなかったのだろう。不満げに頬を膨らませたミロルは、抵抗の意を告げるべく必死で叫んでいた。


「まだ、食べたいよ! ねぇ、なお! 離して」

「だーめ。話が終わるまで、私とすこしお話してよ?」

「いやだ! みろるもみんなといっしょにいる! なお!」


 聞き分けのないミロルに、奈緒は困り顔だ。


「サラさんのお腹にされている封印のことで相談してるんだよ? だから、少し静かにしてて」

「みろるだってちゃんと相談のってやるのに。ミロルだって何かしたいー!」

「いいから。ほら、いくよ――」


 重い空気の中に響く子供の声はどうしてこうも堪えるのだろうか。


 悠馬は、なにもできない自分の無力さの感じながら、まっすぐなミロルの声に耳を塞ぎたくなった。

 ああも、まっすぐ何かをしたい。そう言えるのは無知だからだろうか、自分の力を信じているからだろうか。

 少なくとも、封印をどうこうできない現状で自分にやれることは何もない。それがわかってしまっている自分には、何も言えなかった。

 それが、とても歯がゆい。


 だが、奈緒とミロルの言い争いの一言に、悠馬は電撃は走ったかのよな衝撃を感じた。

 自分の硬い頭が揺さぶられた。

 自分が願う、誰かを救いたいという想いに、火をつけることができるかもしれない。

 そんな希望が、悠馬の中に生まれた。


「そんなのとっちゃえばいいのに! そしたら、もうおねえちゃんは大丈夫なんだろ!?」


 耳に突き刺さるように聞こえるミロルの声。その声を聴きながら悠馬は思う。


 ああ、俺は医者なんだと。

 

 単なる医者であれば、魔石の扱い方はわからない。故に何もできない。

 単なる治癒魔法師であれば、封印魔法という勝手の違う領域に手を出すことはできない。


 なら、医者であり治癒魔法師でもある自分ならば。


 できることが、あるのかもしれない。


2016/5/3 修正

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