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異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる  作者: 卯月 みつび
カルテNo.1 約四百歳、女性、エルフ、金髪。全身擦過傷、栄養失調。
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「な、なななな、何言ってるの? 悠馬が異世界の人間!? 中身が同化!?」

 悠馬の告白に、奈緒は動揺を隠せない。

 残念ながら、奈緒のかわいらしい顔は、見るも無残に崩れている。大きく開けた口には、みかんが丸ごと入るだろうか。

 悠馬はそんな失礼なことを考えながら、苦笑いを浮かべた。

「ああ。前に奈緒には簡単に説明しなかったか? 忘れたか?」

「いや、あれてっきり冗談か、おじさんが亡くなっちゃっておかしくなったんだと思ってて……」

 相変わらずの奈緒が不安げに悠馬に問いかける。悠馬はそんな奈緒の様子に、しょうがないなと苦笑いを浮かべた。

 

 ユーマと悠馬が同化したのは、悠馬の父が亡くなった矢先のことだった。


 その時は精神的に追い詰められていた。幼いころからの憧れだった父親を亡くし、家族は一人きりになってしまったのだから。まだ、研修医という未熟な身でありながら、自分の実家の病院と将来を左右する決断に迫られた心情は当人でなければわからない。

 そんなとき、偶然、あるいはなんらかの誘因はあったのかもしれない。元々の悠馬の記憶と意識に、ユーマの記憶と意識が同化したのだ。


 同化した、という表現が適切かどうかわからないが、今いる悠馬は悠馬でありユーマなのだ。二人の人格が一つになり、それが不自然なく融合している。

 もちろん、それまでと今の悠馬では考え方も知識も何もかもが違う。だが、一般常識を持っていた悠馬は異世界の知識や考えを表に出すことの危険性も理解していた。現代では、妄想、という精神症状と捉えられてもおかしくなかったのだから。

 できるかぎり、異世界のことを隠そうとしてきた悠馬の違和感に気づいた奈緒は当時質問を投げかけたのだが、真摯な答えに対して単なる冗談と思ったのも無理はない。

 常識的に考えて、奈緒の意見が正常なのだ。


「後半はなんとも聞き捨てならないが、まあ敢えてつっこまないよ。とりあえず、俺の言動に対する信用がないのはわかった」

「そうだけど。でも……」

「いや、否定しろって」

 そんなやり取りを傍からみていたミロルは、どこか納得したように何度か頷いている。

「おぬしが我のいた世界、異世界の住人だった、という点はまだ納得はいくが、リファエル殿が天使じゃと? それは本当なのか?」

「本当も本当。俺は、リファエルのせいでこっちの世界に飛ばされたんだからな」

 悠馬はそう言いながらリファエルを白い目で一瞥する。

「もう! ユーマ様。そのことはもう言わないでください!」

 恥ずかしそうに顔を赤らめるリファエルは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

「まあ、今はリファエルに助けられてるから気にはしてないんだけどな……とまあ、こういうわけで、俺も意識の一部分だけは元異世界の住人ってわけ。だから俺は異世界と現世界が別の世界だってわかる。そんな説明で大丈夫か?」

「生証人というわけじゃの」

「そゆこと。で、きいておきたいんだけど――」

 

 聞きかけたところで、悠馬の言葉は止まる。調子が変わったのを感じたミロルも、同じように口を噤み目を合わせた。


「なんじゃ?」

「あくまでそれを前提として、ミロルはどういう風に生きていきたい? もう異世界には帰れない。現世界での頼りはない。このまま外にほったらかすのも医者としてどうかと思うし。一応、異世界のよしみだからな。これからどうするか聞きたいと思ってね」

 悠馬の言葉にミロルは目をつぶり考え込む。そしてしばらくして目を見開くと、淡々と言葉を紡いだ。

「……そうじゃな。異世界にいた我は、国の連中に追われて殺されているはずじゃった。じゃが、今は異世界に帰ることもできずにこうして生きながらえている。そう考えると今は第二の人生とでも言えるのかもしれんな。四百年も生きていると、それほど住む場所には未練はないからの」

 そういってミロルは微笑む。

「そうか。なら、とりあえずはうちに住むってことでいいか?」

「そうさせてもらえると助かるの」

「少しずつこっちの常識や世界を学んでいけばいい。そのあとで、どうしたいかは決めたらどうだ?」

「感謝する」

 短くそう告げると、ミロルは小さく頭を下げた。そして、悠馬も同じように会釈をする。

 軽いようだが、二人にはこれでよかった。かつて住んでいた世界が同じというだけで、現世界ではありえないくらいの親近感が得られるのだから。 

「でもでも! え!? リファエルさんが天使とか、悠馬の意識が異世界の人と同化とか、なんだかいろいろ言われて混乱してて、よくわからないんだけど!?」

「まあ、いいじゃないか。いままでと何も変わらないよ」

「そうだぞ、奈緒。お前も江戸っ子なら細かいことをごちゃごちゃ言うな」

 突如として割り込んできた権蔵のそんな言葉に、さすがの奈緒も口を閉ざす。そしてしばらくうめいていたかと思うと、切り替えたように立ち上がった。

「じゃあいっか! それよりも、ほら! 悠馬達もミロルさんも早く食べないとご飯片付けちゃうからね! あ! リファエルさんはちゃんと野菜も食べてください!」

「いいじゃないですか。細かいこと気にしてると、さらに胸がしぼんじゃいますよ?」

「あー、そういうこと言うんだ。じゃあ、リファエルさんの晩御飯、ピーマンとセロリの炒め物で決定です」

 奈緒が腕を組み、さも勝ったと言わんばかりの態度で言い捨てる。対するリファエルは、ひどくわざとらしく泣き崩れ悠馬へとしなだれかかった。

「ユーマ様? ああやって奈緒さんがいじめるんです。慰めてくれませんか?」

 リファエルはこれでもかと、自身の胸を押し付けていた。その様子に、奈緒は慌てて割って入る。

「だー、もう! くっつきすぎ!」

「あら。奈緒さん、嫉妬は見苦しいですよ? もっと牛乳飲んでくださいな。そうすれば牛みたいにきっとなれるはずです。牛みたいにね」

「それって馬鹿にしてますよね!? 絶対馬鹿にしてる!」

 そのままリファエルに組みかかる奈緒だが、リファエルはにこにこと笑いながら、奈緒をあしらい反対に頬をつまんでからかっていた。

 その様子を見ていたミロルは思わず笑みをこぼす。それは、悠馬達と出会って一番美しく自然なものだ。

「なんだか楽しいの。ずっと一人で生きてきたからかの……こんなの初めてじゃ」

 一瞬、ミロルの横顔に悠馬は見とれた。

 哀愁と孤高を感じさせつつも、溢れ出る美しさは絵画のようであった。だが、今の発言に悠馬はひっかかりをおぼえる。

「一人? 普通、エルフは集落に住むんじゃないのか?」

 唐突なその質問。ミロルは何をいってるんだ、とでもいう様に目をぱちくりとさせる。

「何を言っておる。集落なんぞ、大昔に滅びておるじゃろうに」

「そんなことないだろ? 集落の連中は皆、気のいい連中だったぞ?」

 そして、今度は目を見開いて悠馬をじっと見つめた。

「……他のエルフに会ったことがあるのか?」

「まあ、そりゃな。一緒に戦った仲だし」

「そんなことが……」

 互いの認識が一致しない。

 そんな不自然さを感じつつ、ミロルは狼狽した思考をいったん切り替えた。そして一度大きく呼吸をし気持ちを落ち着かせる。

「ミロル……」

「すまんな、急に。少しわけがわからなくなってのぉ。まあ、現世界に来たばかりの身じゃ、あまり気にするな」

「あ、ああ」

 ミロルの言葉には、影が残る。しかし、現状で話題を掘り下げてもミロルの負担になるだけだ。悠馬は敢えて気づかない振りをした。ぎこちなく苦笑いを浮かべる悠馬をみて、ミロルも意図を感じ取った。

「それにしても、ここはにぎやかで楽しいの」

「そうか? 嫌でも毎日こんなだよ」

「最後の台詞は、目の前の二人が悲しむぞ」

「まあ、その、なんだ。ただの照れ隠しだよ」

「はは、そうじゃろうな」

 そんな会話をしながら二人は笑いあう。悠馬の心に少しだけしこりを残しながら。


 今日、秦野診療所に同居人が一人増えた。


 そんな喜ばしい日。それから、三日後。





 ミロルは突然倒れた。


2016/4/17

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