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リファエルの場合②

 ユーマと冒険者として過ごす日々。そんな日々にも終わりが来る。


 その日は唐突にやってきた。

 迷宮から出てきて、今回一緒だったパーティの面々と別れた直後のことだった。



「ユーマ。あそこはもう少し注意したほうがよかったとおもいます」

「でもなぁ。怪我してたし、痛いのは少しでもないほうがいいだろ?」

「それでも、自分が危険にさらされてどうするんですか! ユーマはパーティ唯一の治癒魔法師なんですよ!? それなら、自分の身も気にしてください!」

「わ、わかってるさ」

 私が責めたてると、ユーマはいつも苦笑いを浮かべながら受け流す。

 いくら危ない目にあっても、それをやめようとはしない。その理由が最初はわからなかったが、最近は少しだけわかる。


 ユーマは怖いのだ。

 自分の目の前で誰かが傷つくのが。

 以前、部下から聞いた資料によると、あの時戦っていたのは親友だったらしい。その親友を殺したユーマ。罪の呵責だろうか、それとも二度と繰り返さないという覚悟だろうか。

 ユーマは何かに縛られているように人に治癒魔法をかけていく。


 怯えるかのように。


 深い理由はわからない。

 その姿はとてもすごいと思うけれど、やっぱりどこか悲しげだ。

 ただ今は。その背中を見ていられる幸せに、酔いしれていたい。

 好きな人と一緒にいて、後ろに立っていられるならば。それでいいのではないかと思うようになった。


 以前の私とは全然違う私。

 それは、好ましい変化ではあるけれど、いつかは捨てなければならない。

 この関係も。この気持ちも。この温もりも。


 ただ、もう少しだけ。


 もう少しだけこのままでいてもいいですか?


 許してくださいますか――神様。




 瞬間。

 私の全身に不可視の糸が張り付く。全身はその糸に雁字搦めにされて身動きが取れない。

 締め付けられ私の内臓や皮膚は傷つき、全身に苦痛が走った。

「がはっ――」

 突然、吐血した私を驚いた様子でユーマが見ていた。

「リファエルっ!?」

 そして、私の後ろから声がした。

「だめじゃないか、リファエル」

「……誰だ」

 ユーマの問いかけに、後ろにいた女は小さく鼻を鳴らす。

「はっ……。少しは言葉の聞き方に気を付けたらどうだい?」

 そう言うと、女はすぐさまユーマに手を向け、そして力を込める。その手から噴出する不可視の糸。目には見えないけれど、私には感じることができた。それが、すさまじいスピードでユーマに向かっていく。

「がっ――!?」

 すると、ユーマも私と同じように雁字搦めにされて血反吐を履いた。苦痛で顔が歪む。見ていられない。

「人間の分際で、調子に乗るからこうなるんだよ。それとリファエル。あんたは、自分の役割を忘れてんじゃないのかい?」

「ま、まさか……」

 背中越しに聞こえる声。

 それは、私が幾度となく聞いたことのある声。

 その声は、私の今の姿をみて笑みをこぼす。侮蔑しているのだろうか。舌打ちをすると、声は淡々と私に告げた。

「あんたもあたしも三大天使。このクルフェル。そこのバグを消しにきたんだよ」

 そういって、クルフェルは声を上げて笑った。


 ◆


「ク……クルフェル。あなた、自分の仕事は、どうし、たんですか」

 締め付けられる中、私は声を必死で絞り出す。

 そんな私の言葉に、クルフェルは途端に顔を歪ませた。

「あぁ? どの口がいってるのかな? リファエル」

 縛られている私の髪の毛が捕まれ、目の前にクルフェルが迫った。

「あんたが、こんなのとだらだら一緒にいるから私が出てくる羽目になったんだ。私らの仕事にも影響してるんだよ。このままじゃ世界は崩壊。あたしらもおまんまくいっさげさ。神様からは怒られるし、いいことないんだ」

「せ、かい? ……神だと?」

 クルフェルの言葉に、ユーマは訝しげな表情を浮かべる。そんなユーマの視線に私は応えることができない。何も言えない。

 あなたを殺しに来ただなんて。

「だから、あたしがこうしてきてやったんだろ? 感謝してほしいもんだね。まったく」

「そんなの、いりませんっ。私は、自分で――あっ、ああああぁぁぁぁぁ!」

 私の言葉を遮るように、クルフェルの糸から電撃が伝わる。その電撃は容赦なく私の身を焼いていき焦げた匂いが鼻へと香った。

「うるさいな! さっさと済ませないとこっちだって面倒なんだよ、ほら、たかが人間が一人死ぬだけだ。そんなのいつものことじゃないか」

「や……やめ――」

「文句は神様に直接いいな。あたしだって言われてやってんだ。恨むんじゃないよ」

 そう言って、私から去っていくクルフェル。その先には当然ユーマがいる。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 それは、私が悪い。悪いけど、少しだけ夢をみてたってかまわないじゃないか。

 初めてだったんだ。初めて誰かを好きになって、うれしいって思えて、笑うってこうやるんだって思えて。

 そんな夢を見ていたかっただけなのに。


 そんな私のわがままがユーマを殺す。

 世界の理に背いているのは私だから。しょうがない。

 クルフェルの力は私よりも強い。普通の人間にかなうはずがない。いくらのユーマの力の一端が私達よりも強いといっても、世界を管理する天使だ。やりようはいくらでもある。

 こうやって後悔している間に、きっとユーマは殺されてしまう。別れの言葉もなく、淡々と。


 そう思うと涙があふれてきた。

 その涙が誰のためかはわからない。ただあふれてきたのだ。

 何の意味のないこの涙。けれど決して止めることなんてできない。

 世界で初めての好きな人が目の前で殺される。その事実よりも大事なことなど一つもないのだから。

 だから、私の涙の意味なんてどうでもいい。


 そう思ってユーマを見ると、輪郭のぼやけたユーマが立っている。全身を血だらけにして、片手には剣を持っていた。

「まさか――私の神糸を引きちぎるなんて、そんな人間」

「リファエルに触るな」

 そう言いながら、剣を一薙ぎ。

 辛うじてその剣戟を交わしたクルフェルの後ろには、大きな亀裂が走った。青ざめるクルフェルだったが、すでに目の前にユーマが迫っている。

 慌てて上空に飛び上がると、脂汗がにじんだ額をおもわず拭った。

「な、なんなんだい、そのバグは。こんなの、私じゃどうしようもできない」

「待ちなさい、クルフェル!」

「……神様に報告だ」

 そういってクルフェルの姿は掻き消えた。それをみたユーマがほっとしたように構えを解いた。

「く……なんだあいつは。リファエルの知り合いみたいだったが……」

 視線を向けてくるユーマの目を、私はみることができなかった。

 そんな私の様子をみて髪の毛をぐしゃぐしゃとやるユーマ。そんなユーマは、そっと私に巻きついている糸に手をかける。

「とりあえず、治療だな。少し痛むけど我慢しろよ」


 いつもと変わらないユーマがそこにはいた。


 ◆ 


 私達は寝泊まりしている宿へと向かった。もちろん、治癒魔法は互いに掛け合い傷はもう治っている。

 隣同士の部屋を借りているが、今は二人とも私の部屋にいた。私はベッドに腰を掛け、ユーマはドアのあたりに身体を預け立っていた。

 じっと見つめるユーマの視線が痛い。

 私は、できる限り身を小さくさせながらその圧力に耐えることしかできなかった。

「……話してくれるか?」

 長い長い沈黙の後に絞り出された言葉。その言葉に応えることだけが、今の自分にできることだと言い聞かせ、自分の心に蓋をする。今の自分の気持ちから目をそらさないと、決して話すことなどできないのだから。



「天使だと……? 俺を殺しに来たっていうのか」

 私がすべてを話し終えると、ユーマはその表情を驚愕に染めた。

 それはそうだろう。自分が世界の中での異常値扱いされ、自分を殺しにきたのが一緒に居る冒険者仲間であり、その冒険者仲間は三大天使の一人だったのだ。普通は夢にも思わない。

 ユーマが今の話をどう受け止めたのかわからない。けれど、その受け止められ方がよい印象であるはずがない。

 けれど。

 一緒に居た時間、楽しかったのは本当だ。

 好きになったのも本当だ。

 この私の気持ちが少しでもユーマに伝わっていれば、もしかしたら。


 そんな期待は、抱いた瞬間、打ち砕かれた。

 ユーマは無言で立上がり、部屋から出ていこうとしたのだ。


「……ユーマ」

 無意識のうちに手を伸ばす。決して届くはずのない右手は、当然のことながら空を切った。

 視線の向こうでユーマはゆっくりとドアの向こうへ消えていった。姿が見えなくなっていく。

「――まっ」

 ドアの閉まる音で、私の言葉は掻き消えた。

 湧き出てくる悲しみ。彼を傷つけてしまったという罪悪感。

 逃げ場のない感情は、私のなかで激しく暴れまわっていた。

「っ、ん……くぅ――」

 嗚咽を必死で押し殺す。

 おおっぴらに泣く資格など私にはない。そんな、悲劇のヒロインのような真似、ずうずうしすぎて私にはできない。


 泣いていいのは、傷つけられたユーマだ。私は傷つけただけなのだから。


 だから、泣いてはいけない。

 それだけを心の中で唱えながら、私は感情を押し殺していった。 

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