リファエルの場合①
――天使。
それは全てを作りし神がつかわした使者のようなものだ。だが、その実態は中間管理職といったほうがただしいのかもしれない。神が作りし世界のうちの一つを私は任されていた。任されていた、といっても三人で一つの世界を管理していたのだから、それほど大変なものではなかった。
世界を構築する綻びを修復し、生み出される廃棄物を処理し、世界を維持するためのエネルギーを与える。
要は、天使の仕事は世界を循環させるという一点につきるのだ。
私はリファエル。その世界では三大天使と呼ばれ、人々に敬われていた。
だが、その実態は単なる雑用係だ。世界の循環が滞りなくおこなわれるための調整役、それが私だった。他の二人はもっと世界の根底に関わっているから下界のことなど知らないが、私はこまごました調整を行うために下界は常に監視していた。そうしなければ、細かな綻びは見つけられないのだから。
綻びといっても、見ただけではわからない。
突如として現れた異常値――バグのような存在を見つけてはそれを抑え込んだり、排除したりしていた。延々と続く作業は一人では難しく、部下を何人も監視係として使役していたが、いつのまにかそれらも天使と呼ばれはじめた。
天が使えしもの、というにはおこがましいほどの力しか持っていないが、そんなことは人間は知らない。バグに対処する美しい者――それを天使とあがめてよりどころにしているだけのことだった。
――なんでそう都合よく考えられるのか。
想像の逞しさに、思わず苦笑いを浮かべたことなど一回や二回ではない。
そんな人間を見ていると、ひどく利己的で打算的で自己愛が強く自己中心的かがわかる。私はいつしか、そんな人間達に嫌気がさしていた。
そんな最中、部下から唐突に連絡が入る。脳内に直接響いてくるそれは、念話と呼ばれ天使も人間達も重宝して使っている一つの魔法だ。
「リファエル様」
突然脳内で話しかけられて平然と返すことなどできない。だが、こんなのはいつものことだ。できるだけ平静を装って返事をする。
「なに?」
「中央大陸に、異常値が二点観測されました。今回の異常値の発生源は人間。二点とも、かなり強い力を有しています」
「そう。ならできるだけ穏便に排除を頼めるかしら?」
「かしこまりました」
その返事を聞いて、私は思わずため息をついた。
だってそうだろう。私がやることは、部下が見つけた異常値に対する処置に許可をだし、私自身もその傍ら異常値を探すというひどく退屈なことを延々と続けている。
今日も、その延長であり、単なる一報告の一つでしかなく、これから先、ずっとそれが続くと思っていた。
だが、そうはならなかった。
観測された二点の異常値の排除に向かった部下は、ボロボロになって帰ってきた。
そして、異常値である人間二人は、今もなお生き続けていたのだ。
◆
「うそ……こんなことって」
部下から報告を受けた場所。そこに私がいくと、そこは信じられない状況になっていた。
元々は街並みが広がっていた場所。今では、ただの荒野のなっていた。
至る所にくぼみがあり、抉られた土や岩が乱雑に散らばっている。色という色はなく、小さな生き物の吐息すら聞こえない。
静寂が、訪れていた。
その真ん中に二人の男がいた。
一人は倒れており、一人はうずくまっていた。
一人は息をしておらず、一人は小さく嗚咽を漏らしていた。
二人とも、ボロボロだった。
状況的には、明らかにこの二人が現状を作り出していたのだろう。
だが、どうだ。この状況を人間が作り出すことができるのか。そんなこと、私でも無理だ。三大天使すべての力を合わせても、やれるかどうか。
そもそも、持っている力の種類が違うのだから劣等感など抱くことはないが、それでも、目の前のものがもつ力の大きさに震えた。怖かった。関わりたくなかった。
けれど、私は綻びを治すもの。見て見ぬふりはできなかった。
何かしなければと思っていると、幸いにも、目の前の男は、倒れている男を抱きかかえ去っていった。脅威が去った私はすぐさまその場に生じた綻びの修復に着手したのだった。
結果からいうとなんとかなった。元通りというわけにはいかないが、それでも、この世界に重大な影響を及ぼすほどではない程度には治すことができた。とんでもなく大変だったが。やりながら、二人の男に悪態をつくくらいには不満を抱えて。
そして、私は立ち上がる。
厄災の大元。あの男のものに向かうために。
◆
男は簡単に見つかった。
それは当然だ。世界に綻びを生じさせてしまうほどの存在。そんな人間は、私の関知能力をもってすればすぐ見つけることができた。そして、自ら存在を抹消しようとしたのだが、みつけた状況が状況だ。すぐには手を付けることができなかった。
なぜなら、男は泣きながら誰かを治療していたからだ。
拙い治癒魔法で、必死になって傷を治していた。それはもう、鬼気迫るほどに。
私はその姿にひどく違和感を覚えた。
あたり一面荒野にしておいて。凄まじい力を持つ男を殺すことができる力を持っていて。そんな男が、なぜ命に別状はない程度の怪我にそれほど必死になるのかを。
私は、その様子をじっと見ていた。
怪我が治ったあと、その男はひどくほっとした様子で微笑んでいた。
私はそれから、男を排除しようと機会をうかがっていた。だが、できなかった。
男のもつ違和感が、私の視線を離そうとはしなかった。
怪我を治して、無事な様子を見て、そんな些細なことで、あんな顔で笑う人間。そんな人間を私は排除してしまっていいのだろうか。そんな疑問を抱いてしまっていたから。
男を遠くから監視する日々が続いた。
男は、冒険者となってから日々、討伐や迷宮に潜っていた。当然、監視するために私もそれについていく。もちろん、ばれないように。
その日はたまたま、男達のパーティーが迷宮に潜る日だった。今まで行ったことのない迷宮であり、私も初めて行く場所だった。
といっても、迷宮程度にいる魔物が私の敵であるはずもなく、危険なことは全く持ってなかったのだ。
だが、どうしてだろう。
男の横顔をみつめていた最中、私は不注意で足を滑らせてしまったのだ。
「あっ――」
咄嗟に声が出る。
ひねった足には痛みが走り、あわてて立とうとすると痛みのせいか立ち上がることができなかった。
あえて言わせてもらうが、天使とて怪我はする。神のような万能ではないからだ。
しかたない、治癒魔法を使わなければならない。
そんなことを考えていると、不意に後ろから声をかけられた。
「大丈夫か?」
どこか頼りないような、優柔不断そうな声。けれど、不快ではない声。
私がずっとみてきた声が、私のすぐそばで響いた。
とっさに振り向くと、そこには男の顔があった。
私が監視していた男。
ユーマトリス・グレーザーがそこにはいた。
◆
「あ、あの……えっと」
私は咄嗟のことで二の句が継げない。
目の前の男――ユーマトリスはそんな私を見て怪我をしているのを察したのか、すぐさま治癒魔法を私にかける。それと同時に痛みは引き、治ったところはほんのり温かみを増していた。
「ほら、これで立てるか?」
無言を貫き通す私に、ユーマトリスは、そっと手を差し出してくる。思わず、その手を握って立ち上がると、ユーマトリスは周りを見回してあたまをぐしゃぐしゃとかきむしった。
「痛みはあるか? 大丈夫か?」
口を開かない私に、ぐっと覗き込むような視線をむけてくるユーマトリス。急に近づいてきた顔に驚き、慌てて口を開いた。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そっか。よかった」
その時うかべたユーマトリスの笑顔。
私はそれをみて、なぜだかわからないけど、早くなっていく鼓動を止めることができなかった。
顔が熱い。
理由はわからないけど、これをユーマトリスに知られたくなくて思わず俯いた。こんな顔、見せられない。
「んで……その、お仲間はどこにいるんだ?」
どこか気まずそうに聞いてくるユーマトリスだったが、私にはわけがわからない。けれど、仲間なんていないし、部下も連れてきていない。嘘をつく理由もないため、私は素直に答えた。
「いないですけど」
「まじかよ」
目を見開くユーマトリス。
ころころと変わる表情がなんだか可愛い……ってかわいい? なんで私がこの男のことを可愛いと思わなければならないのか。
まあ、みていて飽きないのは確かだけれど。
そんな世迷言はいい。とりあえず、排除する対象と関わるべきではない。早々に立ち去らなければならない。
「助けていただきありがとうございました。ではこれで」
そう言って背中を向ける私だったが、そのまま前にすすむことはできない。
なぜなら、ユーマトリスが私の腕を掴んで離さなかったからだ。
「ここは一人だと危険だ。俺達のパーティーと行動したほうがいい」
「えっ、あっ――の」
わーっ、わーっ、きゃー!
握られたところが燃えるみたいに熱い。顔もさっきより熱い。全身が燃えるように熱い。
私の身体はどうにかなってしまったのだろうか。
だが、すぐさま、この状況から抜け出さなきゃならない。
私は急いでユーマトリスの手を振り払うと、きっと目の前の男を睨みつける。
「なんのつもりですか!」
「いや、だって、この迷宮を一人ですすむなんて自殺行為。見過ごすことはできないよ。俺達もちょうど帰るところだったから……大変だったな」
どこか憐れまれるような視線を向けられ、そして、ユーマトリスは私の頭をがしがしと乱暴に撫でた。髪の毛が乱れるくらいに。
「……そうですか」
本当に私はどうしてしまったんだろう。
こんなにも、胸が締め付けられるような想いになったことはなかったのに。けれど、どこか心地よくて、それでいて苦しいような。こんな感情味わったことがない。
そもそも、排除対象と関わって話をしてって。そんなこと女神としてあってはならないことなのに。
いつか、この世から消さなければならないのに。
私がそんなことを考えている脇では、ユーマトリスがパーティーメンバーと帰る算段を話し合っていた。
◆
私はそのままユーマトリス達と近くの街に帰った。そして、ユーマトリスは別れていく。パーティーメンバーと。
「お仲間と一緒にかえらないのですか?」
帰るまでの道中で少しだけ人間と話すことに慣れてきた私。当然もつ疑問を、ユーマトリスにぶつけてみた。
「ああ、俺は臨時で雇われただけだからな。自分の身が守れる治癒術師。使い勝手がいいからな。それなりに稼いでる」
誇るように腕を折り曲げて力瘤をつくる仕草は、どこか芝居がかっていたが不愉快ではない。
「そうですか。私もありがとうございました。助けていただいて」
「ああ、いいんだ。魔力には余裕があるからな。で、君はこのままどこかに行くあてはあるのか?」
「あて……ですか?」
思わず私は首を傾げていた。
あて、などあるはずもなく、私はこれから目の前の男を世界から排除し元の仕事に戻るだけ。それだけしたやるべきことはなかった。
だから、これからどこに行くかなど、聞かれても答えられない。
口ごもる私をみて、ユーマトリスは険しい顔になり、そしてまた髪の毛をぐしゃぐしゃとかきむしる。
これが癖なんだろうか。
困っているときや悩んでいるときによくやっている。
人のくせに気づくなど、生きていて初めてのことだった。
「まあ、あれだ。きっと迷宮でつらいこともあったんだろう……。気を落とすな」
何の話だろうか。私にはよくわからない。
けれど、ユーマトリスは急に明るく装いはじめ、不自然なほどの笑顔を浮かべた。
「とりあえず、一緒に飯でも食べるか? 腹、減ってるだろ?」
信じられないことに、私はその誘いに思わず首を縦に振っていた。
ご飯を食べた。
お酒も飲んだ。
同じ宿に泊まった。
部屋は別だった。
次の日もなぜだか一緒に行動した。
そのまま、二人でパーティを組むことになった。
ユーマトリス・グレーザーという名前であるのにユーマと名乗っていることをしった。
私は必要性もなかったためリファエルと名乗った。
何かと気にかけてくれる理由をしった。
迷宮で仲間が殺されて一人になったのだと思われていた。
否定はしなかった。
そしたらこのまま一緒に入れるから。
たくさんのことをユーマとした。
楽しいこと。
悲しいこと。
苦しいこと。
喧嘩もした。仲直りもした。
そんな日々は楽しかった。
今までの女神としての日々に戻りたくないと思った。
けれどいつしか、ユーマを排除しなければならない。
それが仕事であり女神の役割だから。
世界の綻びは増えていく。
ユーマが生きているだけで増えていく。
私は早く役割を果たさなければならない。
けれどやりたくない。
なぜなら、私は――。
彼を好きになってしまったから。




