六
悠馬は、リファエルを包み込んでいた金色の魔力を受け取るために、そっとリファエルの手を握る。
すると、その手を伝って、魔力がゆっくりと悠馬へと流れていった。
「くっ……」
顔を歪める悠馬。その表情は苦しげだ。
「……ユーマ様」
「だ、大丈夫だ、続けてくれ」
本来であれば自分のものではない魔力。そして魔力は血液型のようにそれぞれが違うものを持っている。その魔力を自分の身体に取り込もうというのだから、悠馬の身体にはかなりの負担がかかっていた。
だが、悠馬がやめることはない。すべては自分の信念を突き通すため。ヴォルフとの約束を果たすため。
やがて魔力が悠馬へと譲渡される。体の内側から何かがはじけそうな感覚を必死で押し込めながら、悠馬はしゃがみこみイルマの両手を握った。
「いくぞ」
大きく息をすって吐く。
自分を落ち着かせる一つの儀式を終えて、悠馬はこれから訪れるであろう苦しみに備えるために歯を食いしばった。
そして、イルマへとリファエルからもらった魔力を右手から流し込む。そして、左手からはあふれ出てきたイルマの魔力を吸い上げていく。高度な魔力操作が必要とされる技術であり、力押しで戦ってきた悠馬にとって苦手な部類だ。
それと同時に、悠馬の右手の皮膚は弾けいくつもの裂傷が生まれ、左手は段々と褐色に染まり激痛に襲われた。
「ぐ、ぐお、ううぅ、う」
「悠馬殿!」
「……悠馬」
叫ぶサラと呟く大人ミロル。リファエルはつらそうな表情を浮かべ自身の身体をぎゅっと抱きしめていた。リファエルは当然だが、ミロルも気づいていたのだろうか。この治療が、悠馬にとって想像を絶するような苦痛を与えることに。
本来、自分自身の魔力しか内包しない。それに加えてリファエルが作り上げた魔力を体内に宿した悠馬。それと交換で受け取っているイルマの魔力。合計、三種類の魔力を身体に宿した悠馬の身体は、治療を初めてすぐに限界を超えた。
人間で例えると、二種類の自身とは異なる血液型を輸血したとか、人間が許容できる三倍の量の点滴を投与されたとか、そういったものだと考えればいいのだろうか。普通ではありえないこと。それが悠馬の身体で起こっていた。
「がああああぁぁぁぁ!」
そうこうしている間にも、悠馬の左手、いや左腕はどんどんとその色を変えていき、右腕は最早血だらけだ。叫び声をあげながら耐える悠馬の様子は、見ている側からもつらかった。
「悠馬殿! もういいではないか! こいつは魔王。多くの人々を苦しめた根源だ。悠馬殿がそうまでして助ける存在ではない!」
「そうじゃぞ、悠馬。お前は十分やったではないか。じゃから、もういいのじゃ。やめるんじゃ!」
思わず側に駆け付けたサラと大人ミロルの制止に、悠馬は苦笑いで応える。
「何いってんだ……それじゃあだめなんだよ。医者としても……、ぐ、人間としても、それはやっちゃならないことなんだ、うううぅ、あああぁぁぁぁぁぁ!」
「ユーマ様……」
「し、親友を殺しておいて……自分は何もせず逃げるとか、そんなのもう嫌なんだっ。やれることはやる。目の前にいる助けられる人を放っておいて、何が医者だ。笑わせるな」
だんだんと語気を荒くしていく悠馬。もうその両腕はもともとの面影などない。腐り落ちてしまいそうな左腕とちぎれ落ちそうな傷だらけの右腕。その真ん中で叫ぶ悠馬のまなざしは、まっすぐ、そして強かった。
「こいつはこのままだったら殺すか監禁しておくしかなくなるんだ! 親友の孫娘を助けられずに生きてたら、俺は、俺をもう二度と許すことなんかできないんだよおおぉぉぉ!」
悠馬の想いはただそれだけ。親友との誓いを果たす。すべてを救うと告げた、あの約束を守る、ただそれだけを願っていた。
そして願っていただけでは叶わないことも知った。無益な時間を過ごしたが、無駄だとは思わない。
こうして支えらてくれる人々を得て、悠馬は現実へと向き合うことができたのだ。
「ユーマ様! 魔力交換はあと二割程度で終わります。あと少しの辛抱です!」
「こなくそーーーーーっ!!」
全ての神経を魔力操作に集中させた。
両腕に襲っていた感覚は痛みを通りこし、既に何も感じない。
気を抜くと、全身がはじけ飛びそうで、それはどんどんと強くなっていく。
腕だけでなく、悠馬の身体中の皮膚が内側からさけはじめ、血を流していった。
――無理なのか? 俺なんかじゃ、目の前の人、一人助けることができないのか?
肉体も精神的にも限界をとっくに超えている悠馬の脳裏にそんな疑問が浮かぶ。その疑問を必死でぬぐい去ろうにも、どうしてもちらつく弱さ。
その弱さにすがりつきあきらめたらどんなに楽だろうか。親友の孫娘といえどもすでに血は薄い。自分には関係ないのではないだろうか。
そんなとき耳元で声が聞こえる。囁くような優しい声が。
『我はその想いを信じるだけじゃ』
振り返るとそこには声の主、ミロルがいた。今では姿は変わったが、あのときと同じ眼差しで悠馬を見つめていた。自分にすべてを託してくれたミロル。そのミロルの信頼に応えられたことが悠馬の誇りとなった。
『私は奈緒殿を助けに行こう。勇者として』
そう言って背中で叱咤してくれたサラ。そのサラが、今後ろで自分を見ていてくれている。身体を張って、悠馬のやるべきことを示していてくれたその存在は、悠馬にとってどれだけ助けになっただろうか。
『お前には、まだ他にできることがある』
悠馬は目をつぶると、権蔵のいかつい顔が浮かんでくる。あれだけの強面でありながら、どれだけ優しい言葉をかけてくれるのか。だらしない悠馬を見守り、大事な娘を任せてくれたその大きさに悠馬は感謝の念しか感じない。
自身の名前を呼んだ奈緒の顔。今でも、鮮明に思いだせるあの表情は不安と恐怖。今も、それらと戦っている奈緒を思うと膝を折ることなどあり得ない。
振り返ると、そこにはリファエルが微笑みながら立っていた。目が合うと、リファエルはちいさくうなづき返してくれる。
いつでも自分を支えてくれた天使。自分の葛藤や苦しさ、すべてを隣で見てきたリファエルが後ろにいると思うと、不思議と力がわいてきた。
『頼むぜ、ユーマ』
ヴォルフの残した言葉を胸に、悠馬は最後の力を振り絞った。
「いっけええぇぇぇぇぇぇぇ!」
すべてを出し尽くした悠馬は、イルマに覆いかぶさるようにその場に倒れ込んだ。
◆
「ユーマ様!」
崩れ落ちる悠馬に真っ先に飛び込んだのはリファエルだ。それに続いて、大人ミロルもサラも駆け付ける。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
「すぐに治癒魔法を――」
「大丈夫だ」
慌てふためく三人に声をかけたのは悠馬だ。悠馬はなんとか身体を動かし仰向けになると、辛うじて動く色の戻った左腕で右腕をおさえながら話し始めた。
「俺はとりあえず大丈夫だから、まずは奈緒を探してくれ。サラ、お前ならイルマの亜空間を探して奈緒を引っ張り出すことくらいできるだろ? 俺達は奈緒を助けにきたんだ。まずは奈緒を探さないとな」
「あ、ああ、そうだな。すぐに探そう」
そう言うと、サラはその場からはじけるように飛び出した。その頼りになるサラの背中を見て悠馬は自然と笑みをこぼしていた。
「それから、ミロル。お前、まだ魔法使えるか?」
「ん? ある程度は大丈夫じゃが」
「なら、この壊れた街並みを戻してくれよ。このままっていうのも、あんまり気分がよくないからな。再生の魔女と呼ばれてたらしいお前ならできるんじゃないのか?」
悠馬の言葉に、ミロルは心底嫌そうに顔をしかめた。
「なんで、その名を……」
「サラが、エルフの話をしてくれてな。シチュエーション的に、お前しかいないだろ? ほら、やってくれよ」
「二度とその名を口にするでない!」
そういって、頬をふくらせながら魔法の詠唱に入るミロル。姿が子供なのだからなんとも様にならないのだが、悠馬はあえてそれに触れはしなかった。
そうしてようやく悠馬とリファエルの視線が合った。リファエルは泣きながら微笑んでおり、悠馬はどこか気まずそうに顔をしかめている。
「無茶しすぎです……」
「ごめんな。でも、まあなんとかうまくいってよかったよ。あとは、治療結果がどうでるかだけどな」
「きっとうまくいっていますよ。これだけがんばったんですから」
そう言いながら、リファエルは悠馬へ治癒魔法をかけ始める。その様子をみて、申し訳なさそうに悠馬は息を吐いた。
「ふぅ、悪いな。さすがにもう痛くて泣きそうだ」
「これに懲りたら、もうあんな無茶やめてくださいね」
「ああ、わかってるよ」
そう言って悠馬は空を見上げた。真っ青だったけれど、もう不思議と悲しくはならなかった。
ひとしきり空を仰ぐと、いつのまにか周囲の建物は元通りになり、遠くではサラが奈緒を背負って歩いてきていた。
「ああ、疲れた。なぁ、リファエル?」
「なんですか?」
「帰ったら、またみんなでご飯食べような。皆の好きなもんばっかり並べてさ……。ご飯食べたいな」
「そうですね」
そんなことを言いながら、悠馬は目を閉じ眠りについた。
悠馬の戦いは終わったのだ。




