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異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる  作者: 卯月 みつび
カルテNo.4 百数十歳、女性。魔族、紫髪。強制入院。先生の言うことは聞きなさい。
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「ななな、何をいっているのだ、悠馬殿! たったいま、そう……たったいまその伝説の『一閃』で魔王を倒したばかりではないか!? 血迷ったのか?」

「そうじゃぞ、悠馬。お主は伝説の勇者なのだろう? ならば、魔王にとどめを刺すべきではないのか?」

 悠馬の発言に、思わず詰め寄るサラと大人ミロル。しかし、悠馬はそんな二人を見ながら笑みをこぼす。

「まあ、普通はそうだよな、普通は……。でもさ、俺は医者なんだ。なら、俺のこの手は人を治す手でありたい」

「そ、それはそうなのだろうが……」

「治して再び人々が苦しめば、今までのことはなんじゃったのじゃ……」

 どこか不満げな、それでいて面と向かって否とは言えない二人は、思わず悠馬から視線をそらす。そんな二人を見て、悠馬はリファエルへと目配せをした。

「最初からこのつもりだったんだよ。リファエルに頼んで、こいつも助けたいってお願いしてたんだ。まあ、ヴォルフの孫娘だってのはびっくりしたけどな。親友の孫なら、俺が助けないでどうするよ」

「真魔王を親友などと」

「最早、わけがわからんな」

 突飛なことを言い続ける悠馬に、サラも大人ミロルも段々と批判の色は薄くなり、どこか呆れたような表情を浮かべていた。

「まあ、悪いことにはしないから。見ててくれ」

 悠馬はそういうと、倒れている魔王――イルマをまっすぐと寝かせてその横にしゃがみこんだ。そしてイルマを覗き込むと、うめき声を挙げながら意識を取り戻すところだった。


 ゆっくりと目を開けたイルマは悠馬や、取り囲んでいるリファエル達を見て思わず歯噛みする。顔をこれでもかとしかめた後、あきらめたかのように力を抜いた。

「我は敗れたのだな」

「まあ、そうだな」

「変身までして敗れたとは、魔族の恥。殺せ」

「そういうなって。ヴォルフに頼まれてるんだよ、すべてを救えってな」

「な――何を」

 悠馬は身じろぎすらやっとのイルマに向かって手を当てる。小さくつぶやき唱えたのは睡眠魔法の詠唱。

 すっと息を引き取るかのように眠りについたイルマは、ぐったりと地面に寝そべった。

「じゃあリファエル、やるか」

「ええ、準備はできていますよ、ユーマ様」

 そういってリファエルは天を仰ぎ、両腕を空へと向けた。


 すると、天から降りてきたのは金色の光。それは強力な魔力の集合体であり、戦いの場についてからリファエルがずっと準備していたものだ。

 というのも、悠馬はイルマを元々助けるつもりでこの場に来ており、そのためにリファエルにイルマの魔力の分析と、それに相反する魔力の生成を頼んでいた。


「あれは……」

「神々しい光じゃの……」

 サラと大人ミロルはその光を見つめながら思わずつぶやく。同じように魔力を見上げていた悠馬は、ほっとしたように肩をなでおろした。

「うまくいってる……のか? よくわからないけど、大丈夫なんだよな?」

「はい、言われた通り、イルマさんの魔力の分析を行って、その特異点に相反する要素をもった魔力を作り上げてみました。ユーマ様のご希望には沿ったかと」

 傍で聞いていた二人は頭の中に疑問符だ。それを感じ取った悠馬が、簡単に二人に説明を始める。

「今からやるのは、魔力交換。人間でいう血漿交換とかあるいは人工透析みたいなもんだな。……例えば、身体の中の免疫が自分を攻撃しちゃってる状態でそれが顕著な場合、免疫系の一端を担っている血漿を丸ごと交換するんだ。そうすると、今まで悪さをしていた免疫は正常化されて症状が安定する。もちろんその後の免疫抑制剤やステロイドの投薬は欠かせないがな。もしくは、血液中に悪さをするサイトカインってものがたくさんある場合、それをろ過して身体を正常化させるような治療もある。俺はそのどちらかをやりたかったんだが、魔力をろ過する方法がどうしても思いつかなくてな。だから、人工透析ではなく、血漿交換ってわけだ」

 きょとんとした顔を浮かべるサラと大人ミロル。二人はうなるようにして考えながら、かろうじて大人ミロルだけが口を開く。

「つまり、この魔王の身体には何らかの悪いものがあるということじゃな?」

「その通り。ただ、俺にはそれが何かわからなかった。だからリファエルに頼んでいたんだが、うまくやってくれたよ。ファインプレーだ」

「ありがとうございます、ユーマ様!」

 うれしそうに跳ねるリファエルは、満足げな笑みを浮かべている。

「じゃが、それはなんなのじゃ? 悪いものをとって、何をしようとしておる」

 核心をついた大人ミロルの質問。悠馬は、よくぞ聞いてくれました、とばかりにどや顔を浮かべると、腕を組んで答えた。

「決まってるだろ。魔王の根源、いや元凶ともいえるかな。魔王がもつ『悪しき心』の正常化さ」

 

 ――いや、わからねぇだろ。


 そんな突込みが、きっとサラと大人ミロルの中では行われたに違いない。


 ◆


「あれ? なんかピンと来てないみたいだな。しょうがない。一から説明するとだな――」


 悠馬が語るのはこういうことだ。

 

 そもそもなぜ魔王と勇者がずっと争ってきたのか、ということが悠馬には疑問だった。自分がヴォルフと戦ったときは信念の違いのみが争う理由であった。しかし、サラの話を聞いていると、どうにも自分達のそれとは違う様に思えた。単なる種族間の抗争とも呼べる規模でもなくなっていた。

 そうまでして争う理由はなんなのか。

 そこで、悠馬が思いついたのは『人の悪感情を増進させるウイルスのようなもの』の存在だ。

 もし仮に、最初は互いの信念のぶつかり合いで争っていたとする。しかし、だんだんとその争いの本質は見失われ形骸化されていったのではないか。それでも争いを続けるのは、どちらか、もしくは両方に、相手方に憎しみを生み続けるような要素があるに違いない、そう考えた。

 その正体は差別であったり、上に立ちたいという虚栄心だったり、見下すことで生まれる優越感だったのかもしれない。ただ、本当にそれだけだろうか。


 異世界はファンタジー世界である。だが、いくら魔族だからといって変身までできるのはおかしいだろう。話を聞いてみれば元は同じ人間たるヴォルフの子孫であるはずなのだから。では、なぜこうまでして魔族と言う種族が変わったのか。

 そこには、もしかしたらなんらかの介入があると考えた。


 人の身体の作りを変容させ、精神的な面にまでも影響を及ぼすウイルス。悠馬がその存在を懸念し始めたのは、ミロルと語ったエルフに対する認識の相違だ。


 ミロルは語った。森に一人きりだったと。悠馬の記憶では、集落が存在していたのだ。それも世界各地に。

 二人がいた時代は確かに離れているのだろうが、悠馬が知るかつての異世界では、エルフは少数であるが存在していたのだ。そして、その存在は容認されていた。

 ヴォルフが懸念していたエルフの奴隷化も、外に出てきたエルフを人間が捕えたものだった。エルフの領域である森に入り込み、わざわざ奴隷にしようなどと考える輩は存在しなかった。それは、損得で言えば、あきらかに割に合わない話だったからだ。

 エルフの領域である森での戦闘など、人間がエルフに敵うはずもない。

 だから、はぐれのエルフだけが捕まえられ奴隷化させられていた。


 サラの存在も悠馬には疑問だった。

 自分は確かに、後世で真魔王とよばれるヴォルフを殺した。そして勇者と崇められた。だが、繰り返し生まれる魔王とそれに相対する勇者。その構図のなんたる不自然なことか。

 ヴォルフは魔王と呼ばれていたとしても、元は人間だ。先導していたものが死んだとしても、想いはつながる。

 そうして相対していたとしても、それは人間と人間の争い。決して、魔族と人間との争いにはなりようがない。そして、変身する能力を持ちようがない。


 ならば、『悪感情増進ウイルス』のようなものが悪さをして、必要以上に敵愾心を煽り、変身する能力まで身につけさせたのではないか。エルフが絶滅に追い込まれようとしていたのも、その影響がなかったとは言い切れない。



「だから、その悪感情増進ウイルス(仮)がどこにあるかをリファエルに調べさせたんだ。予測はしていたが……案の定、魔力の構成が俺達とは違うことが分かった」

「ユーマ様が戦っている間に、なんとかウイルスに抗う力を持つ魔力を作り出しました。それが、これなんです」

 サラは頭から煙を出しており、ミロルは思わず手で頭を抱えている。すでに話についていけていないサラをスルーし、大人ミロルがやっとのことで口を開いた。

「魔族そのものの存在を否定しようというのか?」

「ああ」

「はい」

 明るい返事にため息をつく大人ミロル。かつて、魔族にも人間にも虐げられてきた記憶を持つミロルは、目の前の規格外の二人を前にしてどこかやりきれない感情を抱いていた。

「これが伝説の勇者と大天使リファエルの力か……。我など遠く及ばぬものじゃな」

「心配するなって。ミロルには大仕事が残ってるんだからな」

 悠馬のその言葉に訝しげな表情を浮かべる大人ミロルだったが、それに構うことなく悠馬は横になっているイルマを見据えた。

「さぁ、始めるか。異世界すべてを巻き込んだ、感染症の治療をな」

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