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異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる  作者: 卯月 みつび
カルテNo.4 百数十歳、女性。魔族、紫髪。強制入院。先生の言うことは聞きなさい。
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「ぐるるあああぁぁぁぁぁぁ!」

 最早、人間とは思えない叫び声を上げるイルマ。そんなイルマを見上げつつ、悠馬は何度かエクスカリバーを握りなおす。

 はた目からではわからない、かすかな震えをその手に宿しながら。


 先ほどまでの攻防。

 圧倒的に悠馬が優勢ではあったのだが、その実はかなりぎりぎりのラインをわたっていた。というのも、悠馬は戦いへの恐怖から。ユーマは誓いが邪魔をして。自分の信念を優先させようと決意はしていたけれども、それですぐ割り切れるわけではない。

 現世界で培ってきた倫理観を、恐怖心を。異世界で自分が犯してきた罪を、簡単に忘れられるわけではないのだ。だからこそ、イルマという魔王と戦いながら、悠馬は必死で言い聞かせる。

 奈緒を、助けるんだ、と。


 エクスカリバーを持つと手が震えた。

 剣を振り下ろそうとすると、腹の底がかき混ぜられ激しい吐き気をもよおした。

 イルマの骨を砕く感触に、悠馬は必死で涙をこらえた。

 それほどまでに悠馬の傷は深い。多くの命と引き換えに、親友の命と引き換えに得たものは何もなかったのだから。


 それでも悠馬は立ち向かう。目の前の敵と。自分自身と。

 そうしなければ、ヴォルフに、奈緒に、顔向けなどできないのだと、何度も自分に言い聞かせながら。


「うおおおぉぉぉぉぉ!」

 悠馬は全身に魔力を集中させすべてを強化する。叫び声とともに高まる魔力を剣に乗せ、はじかれるように飛び出した。

 イルマはすでに自分の魔力を超えている。それに伴って、身体能力も上がっているだろう。

 震えながら剣を振るう人間に、目の前の化け物が敵わないはずがないのだ。だが、引かない。


 イルマに先ほどつけた傷はいつのまにか治ってしまっている。再びそこに剣を切り付けるも、今度は容易に受け止められてしまった。

「く――っ」

「がああぁぁぁ!」

 力任せに振り回され、悠馬は瓦礫へと飛んでいく。しかし、そのままぶつかるような真似はしない。空中でくるりと身体を反転させて、再びイルマへと飛びかかった。

「ぐらぁっ!」

「ぐ――」

 金色に光るエクスカリバーは文字通り目にもとまらぬ速さだ。今度はその剣がイルマの身体に届くが、切り裂けない。吹き飛ばせない。まるで固定された鋼鉄のように重いイルマに向かって、悠馬は何度も切り付ける。剣が食い込む度にうめき声が聞こえるが致命傷にはならなかった。

 イルマは周囲を飛び回る悠馬をとらえられる苛立ちを思えたのか、両腕を無造作に振り回したが当たらない。悠馬がさけ、イルマが食らう。この構図を打破しようと、イルマは先ほどまでの魔力弾とはけた違いの、濃縮された魔力を手のひらに集めた。


 そして何を思ったのか。それを目の前で、両掌で叩き潰した。


 瞬間――凄まじい爆風が全方向へと放たれた、いやおうなしに、悠馬は吹き飛ばされ、そのまま瓦礫へとぶち当たる。

「がはぁっ!」

 魔力弾が潰された余波と身体を打ち付ける痛み。思わず顔をしかめた悠馬の視界に飛び込んできたのは、傷だらけのイルマだった。自身が叩き潰した魔力弾の余波にやられたのだろう。両腕の皮膚は剥がれ落ち、血を滴らせながらの突進だ。

 悠馬は慌てて剣を構えるも間に合わない。


 突き刺さるイルマの頭突き。全体重を乗せたその攻撃は、悠馬の内臓を簡単に破壊する。悠馬が吐き出した血が、イルマの背中に飛び散った。

「コレデ、ドウダ」

 どこかこもったような、そんな声をイルマは発した。その声に悠馬は答えられない。

 距離をとったイルマもかなりのダメージを受けているようだが、それでも悠然と宙に浮かんでいた。見下ろす先には、悠馬が倒れている。



「ユーマ様ぁ!」

「悠馬殿!」

 リファエルとサラの叫び声が響く。二人の目にうつる悠馬は、地面に倒れたままピクリとも動かなかった。




 倒れながら悠馬は考える。


 恐怖に抗った。

 誓いを破った。

 信念を貫いた。

 それでも、トラウマは拭えなかった。

 全力を出せずボロボロになった。


 結局、自分とはこの程度の人間だったのだろう。全身を襲う苦しみの中、悠馬はそんなことを考えていた。


 立ち上がらずとも立ち上がろうとも、結局は以前と同じように誰も救えない。ヴォルフを殺した自分が、ヴォルフの残した子孫に殺される。あぁ、なんという美しい構図だろうか。そんな考えさえ浮かんできた。

 思えば、ヴォルフの特徴でもあった褐色の肌。そしてそれを持っている魔族。その魔族達の長を魔王と呼び、人間達に立ち向かう一大勢力として世に残った。

 それは、元々悠馬自身がヴォルフの決意を折っていなかったことと同じではないか。あの時も今も、本当はヴォルフにずっと負けっぱなしだったのだ。それならすべて納得がいく。何も守れないのは今だけじゃない、昔からだ。所詮は、何も救えない口先だけの男だったのだ。悠馬は。


 遠くでリファエルやサラの声が聞こえる。

 その声を聞いて、申し訳なく思うが、悠馬にはその声にこたえることはできない。もう立ち上がれない。内臓を損傷して、現世界ならば集中治療室に入らないといけないレベルだ。もう十分だ。もう疲れた。


 だが、倒れている男は――悠馬は、歯を食いしばりながら、血反吐を吐きながら起き上がろうと躍起になっている。


 何故だろうか。

 想いとは裏腹に、身体は必死でイルマに立ち向かおうと頑張っているではないか。動かない身体を引きずりながら、立ち上がろうと頑張っているではないか。

 悠馬はそんな自分の行動を、自分自身で理解ができなかった。


 ――早くあきらめろよ。そしたら楽になれるだろ?


 そう自身に囁くも、倒れている男は、重い剣を握りしめながらイルマを睨みつけている。

 心とかみ合わない身体を見ながら悠馬は思う。何故そうまでして頑張れるのか。その理由を探すために悠馬は問い続ける。


「助けたいからだよ」


 もう無理だ。これ以上やったら死んでしまう。そうまでして助けたいものってなんだ?


「家族だ、仲間だ、幼馴染だ、そんな括りなんかいらない。目の前にいる全てを助けたいんだよ」


 そんな理想論、いい加減捨てたほうがいい。誓いを立てたじゃないか、誰かを傷つけることはもうしないって。


「俺は俺にできるすべてのことをする。たとえ、それが誓いに反しようとも」


 不可能だ、絶対に、そんなことできっこない。


「最後の望みが尽きるまで、俺は誰かを助けることをあきらめない、それが、俺の中の唯一の絶対だ!」



 悠馬は再び魔力をエクスカリバーに込めていった。だが、今度は先ほどとは違う。身体にあるすべての魔力を剣に乗せていく。膨大な量の魔力をエクスカリバーはその身に宿した。金色に光るエクスカリバーの光は、その剣先にすべてを収束させていく。

 太陽のようにまばゆい光を、その先端に。


「もう二度と使うことはないと思ってた俺の奥の手だ。ヴォルフの子孫――いや、もう孫娘でいいか。頼むからこれで倒れてくれよ」


 目の前の光景を茫然と見ていたイルマは、起こっている現象を慌てて妨げようと近づいてくるがもう遅い。悠馬は、にこりと微笑みながら剣を引く。


「一閃」


 そう呟きながら、イルマ目がけて剣を前に突き出した。

 悠馬の剣先から放たれる閃光。それは、イルマの胸元を貫き、目に見えぬ彼方まで飛んでいく。その閃きは、まるで地平線から出ずる日の出。目が眩むような光が、周囲を照らしていく。


 その光が晴れた時、そこにいたのは肩で息をする悠馬と倒れているイルマだった。



 勝負はついた。


 ◆


 サラは目の前の光景に唖然としていた。

 キラリと剣先が光った瞬間に、イルマが倒れていたのだから。勇者であるサラの目を持ってしても、悠馬の奥の手である一閃は見切れない。つまりはそういうことである。


「ま、まさか……あれは『一閃』……」

 だが、サラは目の前の技の凄さよりも、その技そのものに驚いていた。足の力は抜け、今は膝立ちで悠馬を茫然と見ている。

「そして、あのエクスカリバーという剣……。聞き覚えがあると思ったら、神々より授けられたとされる伝説の剣ではないか……」

 大人ミロルも、サラと同じように茫然自失としていた。その横で、リファエルは満面の笑みで立っていた。

「お二人とも大正解です。まさか、お二人がそれをご存じとは」

 そう答えるリファエルはどこか自慢げだ。

「世界を混乱に陥れた真魔王――。ヴォルフガルド。その魔王に立ち向かいし勇者は、たった一つの剣で強大な魔王に立ち向かったとされているのじゃ。まさか、伝説をこの目でみることができようとは」

「まさか、まさかだとは思うが……ユーマ殿が、初代勇者であり真魔王を打ち滅ぼしたとされる、ユーマトリス・グレーザーなのか」

 そんなサラの呟きは、さらなるドヤ顔のリファエルに肯定されることとなった。

「その通りです……昔の話なのですがね」

 そう言いながら、リファエルは悠馬に近づき、そして治癒魔法をかけていく。少しずつ塞がっていく傷とともに悠馬の顔色はよくなっていった。


 その傍ら、混乱の極地にいたサラと大人ミロルだが、悠馬達が彼女達にかけた言葉で皆現実へと引き戻される。だが、その言葉の内容が二人には理解できなかった。というよりも、なぜそんなことを言うのか理解できなかったのだ。

「まだ、仕事は終わってない。今からこいつの治療を始めるぞ」

「んなあぁ!?」

 そんな、素っ頓狂な声が出ても、誰にも責められないだろう。

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