一
至る所に立ち上る白煙。燃え盛る炎。
崩れ落ちたコンクリートからは、鉄骨がむき出しになっている。ひしゃげたそれは、受けた衝撃の激しさを物語っていた。鼻腔をくすぐる焦げ臭さが胸をざわつかせる。
ここは病院からほど近い、日本一の高さを誇る電波塔がある街だった。それを背景に赤く染まった景色は、これでもかと熱を帯びている。
だが、その電波塔の高さはもう過去の話。何年もたてて建てられたテレビ塔は崩れ落ちていた。ぽきりと折れた先端が、周囲の街並みを踏みつぶしていた。
泣き叫ぶ人々の声。響き渡る怒号。戦乱の最中のような目の前に広がっていた。
そんな中、サラは白く光る両手剣を構えながら、目を皿のようにして周囲を警戒していた。
その姿は、満身創痍。身体の至る所に裂傷と打撲。外からはわからないが、身体の張れ具合から、どこかの骨はひびなり折れていたりするのかもしれない。
それでも膝を折らず、剣を構え、鋭い眼差しを絶やさないこの少女は、やはり勇者なのだろう。
魔王を追ってきてみれば、そこでは無残な破壊活動が行われていた。それを止めるべく全力を出してきたが、サラの体力は底を尽きかけている。最低限の治癒魔法を自身にかけつつ、それ以外の魔力はすべてを剣に乗せていた。一振り一振りにすべてをかけた。その一振りは容易に大岩を切り裂くほどの威力をもっていたが、魔王はあざけるようにそれを避ける。もちろん何度か直撃はするのだが、大岩のようにはいかない。
魔王と自分との差を感じつつ、サラはそれでも止まることはなかった。
『ほら。この女を助けたければせいぜい必死になるんだな』
そんな月並みな台詞を聞いて、魔王の作った亜空間に放り込まれた奈緒を見たサラ。
剣を降ろすわけにはいかなかったのだ。
周囲を警戒していたサラの右手の方で、唐突に爆発音が響いた。咄嗟に視線を向けるサラだったが、からかうような声色がサラの耳元で囁く。
「よそ見をするでない」
「な――っ」
反射で声がしたほうに剣を振るうも、宙を切る。
振り返ったサラの前には魔王が佇んでおり、その手のひらに黒く光る球体を携えていた。
「もう限界か?」
魔王の手から放たれた黒い魔力。
凄まじいスピードで打ち込まれた魔力を必死に剣腹で受けながらサラは吹き飛んだ。瓦礫をかき混ぜながらサラは落ち、そしてすぐさま体制を整える。
――が、サラの背中に強い衝撃。
魔王が、サラを踏みつけていた。
「ぐっ、がぁ……」
口から血を吐き出しながら、サラは腹這いになる。背中は魔王に足蹴にされており、食い込むつま先がサラを苦しめていた。
「勇者よ……。つまらないなぁ。この世界はこんなにも物珍しいというのに、なぜ我の心は踊らないのか」
そう言いながら、ぐりぐりとサラの背中に足を食い込ませていく。それとともに漏れ出るのはサラの喘ぎ声だ。どんどんと顔は苦痛で歪んでいく。
「現世界……そういうのであったな、こちらの世界は。異世界でも現世界でも、我は孤独だ。誰もが我にかなうことはない。この空虚な心は誰が埋めてくれる? 我はお前だとおもっていたのだがな、サラ・アルストラ。封印されたときは肝を冷やしたが……詰めが甘い。お前も、あの男も、我を楽しませるには足りない、足りない。この、イルマ・クリスタスを満たすものは現れぬものか! なぁ、神よ! 答えてみよ!」
魔王――イルマ・クリスタスはそう言って高笑いを上げた。
足元では、サラは屈辱に身を染めていた。
勇者であるのに、勇者でしかないのに。
自らの存在価値は、勇者であり、その卓越した力であり、魔王を打ち倒すという役割であるのに。
こうして魔王にいいようになぶられ、侮辱され、そして殺される。
なら、自分の価値はなんだったのだというのか。自分は、ただ屈辱の中に潰えて、そして死んでいくだけの存在なのか。
なんて神は無情なのだろう。誰かのためと、死にもの狂いで戦ってきた自分の末路がこんな形だとは。
その事実に、サラは思わず涙する。戦場に落ちた涙は、炎の熱気ですぐに蒸発していった。
それでも、勇者として。一つだけやらなければならないことがある。
このまま朽ちていく運命だとしても、一つだけ。
「……魔王よ」
絞り出すように声を発したサラに、魔王が見下すような視線をむける。
「なんだ、虫けらよ」
「私の命はいい。このまま殺されても構わない……だが、奈緒殿はっ、奈緒殿だけは助けてはくれないか? 恩人のっ……悠馬殿の大事な人なのだ。一度は私を助けてくれた恩人のっ……。頼むっ、頼む!」
そう、サラは助けられた。
悠馬という医者に、治癒魔法師に、いずれは解けるだろう封印の問題から自身を解き放ってくれたのだ。
自らの詰めの甘さでこうした事態に陥ってしまったが、あの男は助けてくれた。だから、奈緒のことはどうしても助けたかった。
――最後は、ひどいことを言ってしまったな。
そんな罪悪感を少しでも拭いたかったのかもしれない。あれだけ憎かった魔王に、懇願する日がくるとは思ってもみなかった。
サラは少しの希望を込めて、踏みつけられながらも魔王に視線を向けた。もしかしたら。もしかしたら、最後である自分の願いを聞き入れてもらえるかもしれないと、そんなことを思いながら。
「わかった」
「――っ!?」
「助けてやろう。お前を殺し、そして、あの女も殺してやろう。こんなつまらない世界に生きるという罰から救ってやろう。魂の解放という名の救いを与えてやろう」
そういって口角を上げた魔王は、醜くい笑顔を浮かべていた。
「き、きさまーーっ!!」
「ははっ、はは! あはははははは!」
激昂するサラを踏み台に、魔王は空高く舞い上がった。
宙に浮かぶ魔王の手元には、先ほどの数倍の大きさの魔力塊が浮かんでいる。サラでは決して抗えない。そんな、暴力がサラに向かって振り下ろされていた。
サラは起き上がろうと腕に力を入れる。しかし、それは叶わず、うつ伏せだった身体を仰向けにするのが精いっぱいだ。
目の前に迫る黒い光。確実に歩み寄ってくる絶望に心を焦がせ、そして歯を食いしばる。
悔しさや無念。それを胸に抱いて、空に浮かぶ魔王に憎しみを抱きながら、こらえきれない涙をその頬に垂らしながら――。
サラは黒い光に飲み込まれる。
視界が、黒く染まる。
2016/5/10 修正




