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異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる  作者: 卯月 みつび
カルテNo.3 二十七歳、男性。人間、黒髪。主訴、誰も何もわかっちゃいない
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 顔を上げると、目の前には見知った男が立っていた。褐色の肌をしており、たくましい身体を持ち、禍々しい黒い鎧を見に纏い、黒く太い剣をこちらに向けている。その剣先は、まっすぐと俺に向かっており、それを見てなぜだかとても悲しかった。


「やっぱり、だめなのか?」

「だめだなぁ……。だめだよ、ユーマ。お前は何もわかっちゃいない」

「そんなこと――そんなことはない! 話せば、そう! 話せばわかるはずだ! だって、俺達はずっと仲がよかったじゃないか。ずっと一緒に生きてきただろう……」

 なんでだよ、ヴォルフ。なんでなんだよ。

 俺はそんなことを考えながら、あふれ出そうになる涙を必死に堪え、目の前にいる親友を見た。親友の名は、ヴォルフ――ヴォルフガルド・グレーザー。


 幼少の頃から同じ釜の飯を食べて育ったヴォルフは親友であり兄弟だった。それほど近しい存在だったヴォルフを遠くに感じはじめたのは、俺達が冒険者になってしばらくたったときからだろうか。


 孤児院育ちの俺達は、ある程度の年齢になると出ていかなければならなかった。幸いなことに、俺もヴォルフも腕っぷしは強かったから冒険者には向いていた。最初は二人で稼いでいたが、だんだんとヴォルフの顔つきが変わってきたのだ。荒んだというか、なんというか。

 その時は、大したことじゃないと思っていたんだろう。冒険者らしくなったと誇らしげですらあったのかもれない。


 そうこうしている間に、いつしかヴォルフは悪事に身を染めていくこととなる。だが、悪事は悪事だが、弱きものからむしりとるのではなかった。強きものや悪しきものに立ち向かうその姿は、俺から見ても格好良かった。だが、それは次第に規模を増し、今では全世界に脅威を及ぼす悪となってしまった。全世界の人々から、忌み嫌われるものの象徴、すべての罪悪の権化――魔王と呼ばれる存在として。


 俺達、いや人間達の国に真っ向から立ち向かう魔王。それが俺の親友のヴォルフだったのだ。


 そして、俺は親友を止めるべく、こうして目の前に立っている。全世界を巻き込んだ戦争を止めるために。


「お前は知ってるか?」

「ん?」

 唐突なヴォルフからの問いに、俺は思わず気の抜けた声を出してしまった。だが、そんな俺に構わず、ヴォルフは流れるように言葉をつなげた。

「俺達のような孤児。この世界に一杯いるよな……一応住む場所と生きていくだけの食い物を、死にもの狂いで働くことで与えられてきたよな。そうして、俺達はこうして生きている。幸せだ、幸せだと思わないか?」

「何を……」

「でもな、俺達みたいな幸せな奴らだけじゃない。世界には、もっとつらい想いをしている奴らがいっぱいいるんだよ」

 俺を見つめるヴォルフの瞳は、潤んでいるような気がした。

「エルフが迫害を受けているのを知っているか? あいつらは静かに森で暮らしていたいだけなんだ。集落の中でそっとしといてやればいいじゃねぇか……でも俺達人間は、悲しいことにそこに茶々をいれなくちゃならない性質なんだよ。だから、攫われ、奴隷となり、そうなったらもう人として生きていくことは叶わない」

 ヴォルフは俺に向けていた剣先をゆっくり降ろすと、力が抜けたかのようにだらりと両腕をたらした。

「獣人だってそうだ。あいつらだって、腹が満たせて家族で生きていけりゃあそれでよかったんだ。別に、人間を傷つけようだなんて思っちゃいない。俺達人間が、あいつらの領域に入っていったから怒っただけなんだよ、それだけさ」

 淡々と語られる言葉。俺はヴォルフの言葉を聞きながら、必死で考えていた。だが、考えはまとまらず、答えもでない。しかし、そんな俺とはちがい、ヴォルフの目には迷いがない。

「そいつらだけじゃない。人間の中にだって人間じゃなくたって、ただ幸せに生きたいだけなのに、身勝手な奴らの言い分でいいようにされちまってる。なぁ、こんな世の中正しいのか? お前は我慢できるのか?」

 びくりと、身体が跳ねる。

 ヴォルフの言葉に俺は何も返せない。

「俺は我慢できなかった。それだけの話だよ。だから、そんな世界はぶっ壊して、そしてまた皆で幸せに生きればいい。それだけの話なんだよ」

「だが、そこに巻き込まれる罪のない人々はどうなんだ! その人たちだって幸せに生きたいだけだろう? その命は、ヴォルフにとって関係ないことなのか?」

 俺の言葉を聞いて、ヴォルフはふっと鼻で笑う。そして、再び剣先を突きつけながら叫んだ。

「関係あるに決まってんだろうが! だがな! このままじゃ、弱いもんが苦しんでいくだけの世界がずっと続くんだよ! それじゃあだめなんだ! なんで、わからねぇ、ユーマ……お前だって弱い側の人間じゃねぇか……」

「ヴォルフ……」

 あぁ。

 ヴォルフ、お前は強いな。俺みたいに弱くない。強いから、そうやって切り捨てられるんだよ。俺はだめだ。全部が全部、そうやって割り切れない。ヴォルフの言うことはもっともだし、俺だってそう思う。でも、でも、俺は、そうやって虐げられる人も虐げていた人も見捨てたくないんだよ。全部、助けたいって思うんだ。

「だからもう最後にしよう。俺はお前を止めるよ、ヴォルフ。俺は、ヴォルフみたいに強くなれない。だから、だから……」

「やっぱりだめかよ。そうかよ……なら、お前をぶっ殺してそれで始まりだ。人間だけの世界の終わりが、幸せへの階段が」



 ◆



 ヴォルフとの戦いは二日間にわたって繰り広げられた。まさに死闘と呼ぶにふさわしい戦いだった。互いに血だらけになり傷だらけのまま、互いの信念をぶつけ合った。そして、最後に倒れたのは、ヴォルフだった。

 俺の剣はヴォルフの胸元に突き立てられ、その剣に伝った涙がヴォルフへと滴り落ちる。そんな中、最後の力を振り絞って、ヴォルフは言葉を紡いだ。

「なあ、ユーマ……」

 俺は泣くのを必至で堪えていたから答えられない。だが、そんな俺を見て微笑みながら、ヴォルフは続けた。

「お前はさ……やっぱり強いよな」

「そんなこと――っ」

 おもわず否定しようとしたが、ヴォルフは俺の声が聞こえていないかのように話し続けた。

「強くなけりゃ、全部を救おうだなんて思えねぇよ……そんな桁外れなこと、俺には願えなかった」

 だんだんと力が無くなっていくヴォルフの手を、俺は必死で掴む。だが、重力に引っ張られだんだんとヴォルフの腕は重くなっていった。

「お前がそう思うなら、全部救ってくれよな……俺らみたいなやつらを、もう作りたくねぇんだ。なぁ、頼むよ、親友……」

「そんなのっ! できるわけないだろ!? 俺一人じゃ……俺一人じゃ無理なんだ! お前がいないと、俺は――」

「大丈夫さ。ユーマならできるだろ? なんたって、あの神話に出てくるような魔王だって、偽りかもしれねぇけどそうやって呼ばれた俺を倒せるんだから……それだけの力を持ってるんだ……やれるさ――がぁはっ!」

「ヴォルフっ!?」

 吐血したヴォルフの顔面はすでに蒼白だ。視線もうつろであり、もう俺とは視線は合ってない。だが、わずかに握られた手からは、ヴォルフの命が確かに感じられる。

「頼むぜ、ユーマ……たの……」

 ずるりと力をなくした腕が俺の手から滑り落ちる。途端にぐったりとしたヴォルフからは、まだ熱が感じられた。ついさっきまで生きていたヴォルフの熱が、今、急速に失われていく。


 俺は空を見上げた。


 その空は、嫌味なくらい真っ青だった。 



 ――――――――



 悠馬は泣いていた。空を見上げながら頬に涙を流していた。嗚咽を漏らしながら、誰もいない道場で一人泣いていた。

 

 悠馬はヴォルフを手にかけた後、国へ戻ると、そこではまるで英雄のように賞賛された。魔王を倒したものとして、多くのものから褒め称えられた。親友を失った代償としてはあまりにも安い賛辞だ。

 悠馬が担ぎ上げられている最中も、貧困や飢えで死んでいくものは少なくならなかった。獣人やエルフなどは奴隷として売買され、尊厳を失っていった。魔王を――親友を殺したことで得をしたのは、腹の肥えた人間達だけだった。


 結局悠馬は何もできなかったのだ。親友や親友を信じていた多くの命を失っただけで、ほかには何も。

 悠馬は口先だけだったのだ。口先だけの理由で命を奪い、世の中から親友という希望の光を奪ってしまった。それではまるで、自分こそが罪悪そのもの――魔王ではないか。


 悠馬はそれから剣を捨てた。親友を殺した剣を、多くの命をこの世から消し去った自らの剣を捨てたのだ。それは、忌むべき象徴、奪うだけのもの、誰も救えなかった弱い自分そのものだった。

 そんな弱い自分を捨て去って、人の命を奪う剣を捨て去って、悠馬はその国を去ったのだ。そして治癒魔法師となった。


 治癒魔法は得意ではなかったが、誰も傷つけないのがよかった。

 

 傷ついた人が自分の魔法で癒され笑顔になることに救われた。


 誰かの命を奪わずとも、ありがとうという言葉が投げかけられることに、快感すら覚えた。


 自分が治癒魔法師として生きていくことが、誰かを救うことにつながるのだと思っていた。


 それは現世界で医者になっても同じことだ。こうして誰かを救っていれば、自分の願いは叶うのだ。誰も傷つけずに、ひたすらに命と向き合うことこそが、今の自分の信じる道なのだ。それが自分の誓いであり、その誓いを破ることは信じる道を違えることになる。

 悠馬はそう信じていた。


「おい」

 唐突に聞こえる野太い音。

 あわてて顔を向けると、そこには権蔵が立っていた。泣きはらした目元を隠しながら、涙を拭う。そして、急速の襲われる罪悪感を肩に背負い、その重さで思わず俯いた。

 

 何も話せない。

 言えるわけがないのだ。奈緒がさらわれたなどと、言えるわけが。

 権蔵にとって大事な一人娘である奈緒は魔王に攫われた。そして、自分はこうして道場に逃げ込んでいる。どの面さげて口をひらけば、どんな顔をして視線を合わせればいいのだろう。

 どうしていいかわからず、ひたすらに権蔵の視線から逃げていた。それしかできなかった。


「奈緒が攫われたらしいな」

「――っ!?」

 権蔵の言葉に、悠馬の肩が跳ねる。ますます小さくなってく悠馬だが、そうする以外にはやりようがない。いっそ逃げ出したいと思ったが、そうさせるには、悠馬と権蔵との関係性は希薄なものではなかった。

 むしろ、逃げ出して、そのまま知らん顔できたらどんなに楽だろうか。悠馬はそんな事を切に願う。その考えが、いかに自分本位で自分可愛さからくる思考か、そんなことをかけらも思わずに。

「リファエルちゃんから聞いた。今はあのサラって子が奈緒を助けに行ってるっていうこともな」

 道場には、悠馬と権蔵が二人きり。

 逃げ場などない。

 権蔵は真実を知っている。そうであるならば、これ以上自分は何を語ればいいというのか。

 魔王には歯が立たなかった。

 リファエルには失望されて、リファエルからは逃げ出してしまった。

 今の自分は、戦いの恐怖に怯え、過去を思いだし苦悩しているどうしようもない人間だと語ればいいのだろうか。

 

 だが、そんなことをして何になる?

 リファエルもサラも、自分に何を期待しているというのだろうか。悠馬自身は下町の一部の人たちの病気や怪我の治療を少しだけ手助けするだけの矮小な存在だ。そんな自分に、魔王をどうこうできるなどと、思うことこそがばかばかしい。むしろ、傲慢だとも思った。

 そう思うと、途端に怒りが沸いてくる。むしろ、自分を攻めたて、それで何もできなかった自分達の罪悪感を消そうとでも言うのだろうか。

 自分勝手にもほどがあると、悠馬は思った。

 さらに言うならば、権蔵はどうしてここに来たのだろうか。

 事実確認だろうか。否。そんなものをするために来たわけではないだろう。なら、リファエルやサラと同じように悠馬を攻めたてに来たのだろうか。目の前の男はそんな小さい男だったのだろうか。それなら、悠馬から話すことは何もない。ゆえに、口を閉ざしていても構わないのだ。そう構わない――。


 そんな思考に陥っていた悠馬に、権蔵は一言だけ告げた。

「これを持て」

 そう言って悠馬の目の前に木刀を置いた。目を向けるが、悠馬にはその意味がわからない。権蔵の意図がわからない。

「殺されたくなかったらな」

 その言葉と共に膨れ上がった殺気。悠馬はそれに反応して、思わず木刀を取り剣を構えた。


2016/5/8 修正

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