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異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる  作者: 卯月 みつび
カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい。
12/26

 ミロルが倒れるほんの少し前。悠馬とリファエルの所には奈緒が訪れていた。通っている大学の講義が終わり、夕食の準備のために買い物にでかけるところなのだという。

「それでさ、今日は何か食べたいものある?」

 リファエルが診察室の物品を片付けているところに問いかけた。

「私ですか? 私はなんでもいいですよ。奈緒さんの料理はいつでもおいしいですから」

「またなんでもいいって言うー。それが一番困るんだから。じゃあ、悠馬は何かある?」

「俺? そうだなぁ……。サラが病み上がりだから消化にいいものがいいな」

 悠馬の言葉を受けて、奈緒がうんうんとうねりながら考え始めた。

「ならおうどんとか、お鍋にして雑炊とか、炭水化物系がいいよね。あんまりお肉とかたくさんはよくないかなー。お野菜も食物繊維は控えめにして……」

 そうぶつぶつと自身の頭の中で計画を煮詰めていく。そんな奈緒をみて、意地悪そうな笑みを浮かべたリファエルが一言告げた。

「私は、本当に奈緒さんの作る料理が好きですよ。……胸が小さくなる効能がないかどうかだけは心配ですけどね」

「今、なんていいました?」

 例のごとく、奈緒の額には青筋が浮かびあがり、握られた手には血管が怒張している。そんな奈緒の様子を気にもかけずにリファエルは言葉を重ねた。

「だって、奈緒さんは自分の料理ばかり食べているからそんなにスリムでいられるんでしょう? なら、奈緒さんの料理で私の胸がなくなってしまう可能性だってあるじゃありませんか。あ、間違えました。私のではなくユーマ様のものですね」

 そういってリファエルは悠馬の腕にからみつき胸を押し当てる。その胸は大きくたわみ、盛り上がるようにしながら悠馬の腕を包み込んだ。

「な、ちょっ、おい! カルテが書けないだろ? 離してくれよ!」

「そんな恥ずかしがらないでください。いいんですよ? ユーマ様の好きなようにいじっていただいても――」

「待て! 待てよ! いろいろとそれはまずいって」

 逃げようとする悠馬とそれを離さんとするリファエル。傍からみると、単にいちゃついているようにしか見えない二人。おそらく、全世界の男達は悠馬に爆発しろと願っていることだろう。

 奈緒は、プルプルと全身を震わせて怒りに耐えていた。だが、それも限界にきているのだろう。真っ赤な顔をして勢いよく両手を上げたと思ったら、大声で叫び始めた。

「だから、毎度毎度失礼ですよ! いい加減にしてください!」

「そんなに目くじら立てなくても……そんなに不満なら、奈緒さんも一緒にどうですか?」

「なっ――!? なにいってるんですか!? そんな、リファエルさんと一緒にだなんて……一緒に、そんな、恥ずかしい……私、胸ないし……」

 急にすぼんでいくかのように奈緒はさらに顔を赤らめ小さく縮こまる。リファエルと同じように胸を押し付ける場面を想像してしまったのか、もじもじと指をいじりながら恥ずかしそうにしていた。

「ゆ、悠馬がしてほしいっていうなら、別に考えなくもな――」

 奈緒が決死の覚悟を伝えている最中、そう、最中であったが唐突に、悠馬とリファエルを何かが襲う。


 それは違和感。

 

 二人が感じたのはまさにそれだった。唐突にすさまじい量の魔力がうごめくのを感じたのだ。だが、魔法が行使される気配もなく、うごめいた魔力は唐突に消え去った。それは異常。そう、魔力を操るものからすると、考えられない非常識な出来事だったのだ。

「ユーマ様!」

「ああ! なんだよ、今のは。うちの庭のほうだぞ!?」

 今までの騒動がなかったかのように、慌てて診察室を飛び出す悠馬とリファエル。その様子をみて、状況を飲み込めない奈緒はおろおろと慌てていた。

「え? なに? なにがあったの!? ねぇ、ちょっと!」

 そして、ようやく奈緒も二人の後を追った。すでに二人の後ろ姿はなく、庭という言葉だけを頼りに走る。

 奈緒が庭に行くと、そこには妙な光景が広がっていた。


 それは、庭に倒れるミロル。険しい顔をした悠馬とリファエル。そして、二人に睨まれている見たこともない浅黒い美女だった。

「ミロルちゃん!? 大丈夫?」

 慌てて倒れているミロルに駆け寄る奈緒。ミロルを抱き上げると、暖かく、呼吸をしているのが抱きしめた腕から伝わってきた。

 なにかあったのでは、と思った奈緒は、思わずほっと息とつく。それと同時に、ミロルが倒れているのに突っ立っている悠馬とリファエルにふつふつと怒りがわいてきた。

「ねぇ、ちょっと! あの女の人は知り合いなの? 知り合いの人が気になるのはわかるけど、ミロルちゃんが倒れてるならそっちのほうが先じゃない!?」

 ミロルを抱き上げ、悠馬へとつっかかる奈緒。だが、奈緒の怒りの言葉を受けた悠馬は、微動だにしない。目の前の美女から決して目をそらさない。

「ちょっと聞いてるの? ねぇ――」

「すぐにミロルをつれて家の中に入ってろ」

 奈緒の言葉を遮り、悠馬が堅い口調でそう告げた。その言い方にさらに怒りを燃え上がらせる。

「何その言い方。私が言いたいのは」

「いいから行け。二度も言わせるな」

 そう告げた悠馬の身体から青白い炎が吹き上がった。思わず奈緒は二、三歩後ずさるがすぐにそれが勘違いだったと知る。

 悠馬からほとばしる青白い炎。それは単に悠馬から感じる圧力だった。冷たさと熱さを内包したかのようなその圧力に奈緒は思わず唾を飲みこんだ。そして、今までずっと一緒にいて、初めて感じた圧力だった。初めて、恐怖を感じた瞬間だった。

「ゆ、うま……」

 そして、その圧力はいまだ収まることがない。奈緒の知らない人間がそこにいた。


 悠馬はそんな奈緒にかまっている暇はなかった。この場合、暇というか隙とでもいうのだろうか。すべてを目の前の美女に傾けていないとできないと思ったのだ。この病院を、自分の大切な人達を守るには。

 そうさせるだけの力を目の前の美女は持っていた。

 誰だかはわからない。しかし、ミロルが倒れていたことと何か関係があったことは明白だ。

 ミロルからは魔力がすっかり抜け落ち、美女は魔力で満ちているのだから。

 リファエルも同様に考えたのだろう。魔力を解放して目の前の美女に対する警戒を最大限に引き上げていた。

「ミロルに何をした」

 腹の底から絞り出すかのように言葉を練り上げる。普段からは考えられないほどの緊迫した声色だったが、目の前の美女はさも世間話をするかのように微笑みながら口を開いた。

「別に何もしておらぬ……我がしたのは、その幼女の魔力核から魔力を借りただけだ。少々物入りだったものでな」

「あの魔力核に蓄えられていた魔力はミロルさんに必要なものです。それを勝手にとるだなんて……なんて図々しい」

「別に勝手ではない。我はその幼女に頼んで幼女は了承した。それだけの話だ」

 空気が張りつめる。バリバリと鳴り響きそうなほどに引き絞られた空気は、奈緒には痛いほどの迫力を持っていた。額から流れる汗。乾く口腔。奈緒は、既にその場に飲まれて動けずにいた。

「わかった。ならそれはいい。ただ一つだけ質問に答えてくれるか?」

「なんだ?」

「お前は魔王か……?」

 悠馬のその問いかけに、魔王はにぃっと口角を上げる。その隙間からは真っ赤な粘膜が見えており、さながら赤い三日月のようだった。

「だったらなんだ?」

 

 美女が嬉しそうに疑問を返したその刹那――リファエルは空に飛びあがり両手を天にかがげた。

 そして、口の中で素早く詠唱を済ませると、頭上に白い球体を練り上げた。魔力の塊だ。


『その存在だけではなく その気配だけではなく そのものがいたという痕跡そのものすらも 消し去れ』


 両手を振り下ろすと、リファエルの練り上げた魔力が美女へと襲いかかった。

 美女はすかさず両手を目の前で交差。が、白い魔力は美女ごとすべてを包み込む。

 魔力は、弾け、吹き飛ばし、風を起こす。中心がうねりを上げてすべてを消し去ろうという瞬間、悠馬はというと、周囲に被害が及ばないように防壁を張っていた。故に、奈緒もミロルも病院も無事だ。


 ようやく魔力の暴力が止もうというころ、目の前の視界も開けてくる。美女のまわりにあった植木や地面がかなりの範囲で消し飛んでいるというのに、美女はそこに悠然と立っていた。


「まさか聖魔法が飛んでくるとはな。あの幼女から魔力を奪っておかなかったら危なかった」

 いまだ、ニヤリと微笑んでいる美女に向かって、すぐさまリファエルは距離を詰める。

 

 地面を蹴り飛びながら、空中から抜いた細い剣を取り出した。その勢いのまま胸元目がけて突き刺すが、かすかに服をかすめた程度で身体を傷つけるのは敵わない。

 なんども切り付け、突き刺すも、どれも通じない。

「――ぁ」

「魔法に比べてお粗末な剣だな。もう店じまいか?」

 そういいながら、美女はリファエルの剣をかわし懐に入り込んだかと思うと、そっとリファエルの腹部に手を添える。

 ――瞬間、リファエルは大きく後ろへ吹き飛び、家の窓を突き破りながら転がっていった。

「リファエルっ!?」

 吹き飛ぶリファエルを一瞥し、すぐに視線を戻した悠馬。すると、そこには、浅黒い肌をした美女が、じっと悠馬を見つめていた。

 悠馬の背筋にじとりと汗が滲む。心臓を掴まれたかのような感覚が悠馬を襲った。

「お前が本気を出すのなら、我も危ないと思ったのだがな」

 悠馬はそれを聞いて思わず身体をこわばらせた。両手は強く握りしめられており震えている。

 先ほどまでの威圧感が嘘のように、怯えた小動物のようになっていた。

 そんな悠馬の様子をみて、目の前の美女はどこかあきれたように息を吐く。それは、おもちゃから興味を失ったような子供のように。

「まあ、いい。やる気がないのなら殺すまでだ。苦労はしないに限る」

 そういうと、美女は片手を掲げる。

 そこには急速に魔力が集まっていった。集まった魔力は黒い球体を作り上げ、どんどんと密度を増していく。

「消し飛べ」

 その号令と同時に振り下ろされた腕。勢いのついた球体はまっすぐ悠馬へと飛んでいく。黒い光は、悠馬を吹き飛ばしていった――。


 ――かに見えた。しかし、球体は何かに弾かれ空に飛んでいく。そして、悠馬の結界に阻まれ消えて行った。


 魔王の球体を弾いた何か。それが飛んできたところを見ると、そこには赤い髪をひるがえし肩で息をしているサラが立っていた。その目は、しっかりと魔王をとらえていた。

「ほぅ。お前もここにいたか……勇者よ」

「お前が現れるところには勇者がいるものなのだよ、魔王。あいにく、今はそこの姫にお茶を持っていかなければならないんだ。無粋な真似はするな」

 言葉は軽いが、そこ込められたるは強い意志。視線とともに、魔王を貫いて離さない。

「ずいぶんと余裕なのだな。この前の戦いを忘れたのか?」

「よく覚えているとも……。間抜けなことに封印された魔王がいたことは記憶に新しい」

「言ってくれるな」

「今度はお前を殺すチャンスを神が与えてくれたんだ。こんなに喜ばしいことはないだろう」

「やはり、勇者よ。お前の記憶力はあてにならん。封印もなしに我と戦うことの愚かしさをもう一度教えてやろう」

 魔力を高めていく魔王と勇者。そんな二人に割って入れる悠馬ではなかった。悠馬は、二人が相対しているところを見ていることしかできない。

「わかっていてもやらなければならないんだ。それが勇者だ」

「かっこいいことを言ってくれる。さぁ、かかってこい、力の差を思い知らせてやる……とでも言えればよかったんだがな」

 魔王はそうつぶやくと、すぐにその場から飛び上がった。すると、今までいたところに高速で横切る白い球体が見える。

「避けられましたか」

 それは先ほど吹き飛ばされたリファエルだ。ようやく戻ってきたリファエルは先ほどと同じ魔法を何度も連続で放っていた。魔王はそれをすんでのところでかわしていく。

「お、まず、いな。二人がかりでは到底かなわん。これはまずい」

 周囲の家々の屋根をつたいながら、徐々に距離をとっていく魔王。そんな魔王を、サラは必死で追いかける。

「逃がすかぁ!」

 あっという間に屋根の上に飛び乗って追う。木刀を持ちながらまるで弾丸のように飛んでいく様子はまさにファンタジーだ。その勢いはすさまじく、周囲の木々が折れそうなほどに揺れた。

「いいのか? ここはもう結界の外だが」

 魔王の言葉にサラの動きが唐突に止まる。その隙を見て、魔王は大きく上空へと飛び上がった。

「今日のところはお暇するが、次は楽しい時間にしよう」

 そういって、魔王は背中を向けるが、すぐに振り返ると何かを思いついたようにぱっと笑みを浮かべた。

「ああ、そうだ。こういう趣向も面白いだろう?」

 そういうと右手で何かを招きよせた。すると、悠馬達の後ろでミロルを抱きしめていた奈緒がふわりと宙に浮かんだ。

「きゃっ――!?」

「奈緒!?」

 慌てて悠馬が奈緒を捕まえに行くが、一瞬のうちに空高くへ飛んで行ってしまう。悠馬の手は届かない。

「悠馬!」

「奈緒さん!」

 リファエルもサラも慌てて奈緒に追いすがるも、奈緒はすぐさま魔王の胸元に抱きかかえられてしまう。

「これで再び会う理由ができただろ? はははっ!」

 そういって今度こそ背中を向け、すっと空気に溶け込むように消えて行ってしまった。その残像を掴むがごとく、リファエルとサラが飛び込むも、二人の手に触れるものは何もなかった。

「う……そだろ」

 悠馬は力が抜けたかのようにその場に崩れ落ち膝をつく。サラは地面に落ちてきてしっかりと立ってはいるが、その顔は悔しさで歪んでいた。リファエルは空中に浮かんだまま微動だにしない。


 魔王の封印が解け、そして奈緒が攫われた。

2016/5/4 修正

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