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異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる  作者: 卯月 みつび
カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい。
11/26

 次の日、サラは何事もなかったかのように起き、朝食を食べていた。身体に不調はなく、痛みもほんのわずかということだ。

 その様子をみて、悠馬もリファエルも安心して通常の診察に臨むことができていた。いつもとなにも変わらない、日常だ。


 それはそうと、主に奈緒の家にいるミロルだが、住んでいるところは悠馬の家だ。一階が診療所の診察室、待合室、そして二部屋の病室になっている。その二部屋のうちの一つを手術室として使っていた。二階には、悠馬とリファエルの寝室がある他、あと二部屋が空き部屋としてあったのだ。

 今現在、ミロルはリファエルと共に寝ている。昼の仕事中は、在宅ワークである道場主の権蔵に世話を頼んではいるが、基本的には悠馬の家に住んでいる。そして、今度やってきた勇者であるサラも悠馬の家に厄介になっている。外で寝ると言い続けたサラを、奈緒や悠馬で必死に説得して今に至るが割愛しよう。

 それゆえに、権蔵にわざわざミロルのお守を頼まずとも、サラに面倒を見てもらえればよくなった。サラはこちらの世界の料理を作れないため昼食は今までどおり秋瀬家で用意してもらってはいるが、これまでのような面倒をかけなくてすむ。悠馬とリファエルは、サラの存在に大きく助けられていたのだ。まあ、今日からミロルの世話をしなくていいと告げたときの権蔵は、いつにもまして顔が険しかったのだが……。


 そういった経緯で、今は庭でミロルとサラが遊んでいた。といっても、サラの修行の様子をミロルがみているだけだが。


「はっ、はっ、はっ」 

 サラは秋瀬家の道場から借りてきた木刀を持ち、ひたすらに素振りを繰り返す。空気を切る音が周囲に響く。そして気のせいだろうか、剣が中空を通った勢いで、わずかにそよ風がそよいできている気さえした。すさまじい迫力だ。

「さらねぇ、すっごいねぇー……」

 ミロルはそんなサラを見ながら感嘆の声をあげていた。そんなミロルの様子に気づいたサラは、一度素振りをやめるとニコリと微笑んだ。

「ミロル殿も頑張れば私よりも強くなる」

「ほんと!?」

 すでに憧れのお姉さんと化したサラからかけられた言葉に、ミロルは途端に上機嫌だ。

「ああ。私のように剣を振るうことは難しいかもしれない。だが、ミロル殿はエルフだ。その魔法の才能は確実に私よりも上だろう」

「ねぇ、なら、ならさ! 私もゆうまや、りふぁみたいに魔法つかって、さらねぇよりも強くなれるの?」

「頑張ればな」

「そっか! なら頑張る!」

 そういうと、ミロルは庭に下り、とたとたと走り出した。

「さらねぇもさっき走ってたから、みろるも走るんだ」

 そう言って走り始めるが、子どもにペース配分などない。全速力で庭を何周かするとすぐに息切れしてしまい動けなくなってしまった。

「はぁ……はあっ、ねぇ、さらねぇ、強くなった?」

 どこか期待するような目でサラの顔を覗き込んでくるミロル。そんなミロルを見て再び微笑んだサラは優しく諭すように告げた。

「ああ。だが、少しだけだ。それをずっと続けなければ私より強くなることは難しいかもしれないな」

 サラの言葉に少しだけむっとしたミロル。だが、その苛立ちも空を見上げるとすぐさま雲散していた。そして何かを思い出したかのように口を開く。

「さらねぇはさ、勇者だったんでしょ? いろんな場所にいったこと、あるんだよね?」

「ん? そうだな。世界中を旅したな」

「そっか……ならさ、みろるの仲間、見なかった?」

 唐突な問いかけに、サラの表情が歪む。

「ミロル殿の仲間とは、エルフのことか?」

「……うん」

 サラは腕を組むと少しだけ思案してそして口を開く。

「エルフというのはとても珍しくてな。大昔はエルフの集落があったようだが……それはもう滅びていると言われている。かつて、再生の魔女と呼ばれるエルフを統べる女王がたった一人で森に住んでいたと言われているが、再生の魔女の話はもうおとぎ話の世界の話だ。世界各地に数人のエルフはいるようだが……もうたくさんはいないかもしれないな」

「そっか……」

 表情を変えずに、ただじっと空を見上げるミロル。そんなミロルを見ながら、サラはなんと声をかけていいかわからなかった。そして、なんとか沈黙をかき消そうと、ふと疑問に思ったことを口にする。

「そういえば、ミロル殿の名前はその女王と同じだな……きっと、ミロルという名前は、その女王のように立派に育ってほしいという親の願いが込められているのだろう。きっと、ミロル殿は愛されていたのだ、両親に……」

「そっかな……」

「そうだろうな」

 そうつぶやきながらミロルは立ち上がる。立ち上がりふらふらしながらも、また走り出した。こどもとは単純なものである。

「がおぉー! もっとがんばってー、みろる、さらねぇみたいにつよくなる!」

 勢いよく飛び出したミロルは、やはり全速力だ。

「しょうがないな……、ミロル殿、すぐ戻るから待っていろ」

 

 ――これはまたすぐに体力がつきてしまうな。


 そう思ったサラは、走っているミロルをおいて家の中へと入っていった。ねぎらいの飲み物を持っていってやろうと思ったからだ。当然、冷蔵庫の存在と使い方についてはレクチャーを受けている。

 

 ミロルはというと、やはりあっというまに体力が尽きて庭にへたり込んでいた。上下する胸元は普段よりも早く激しい。額ににじむ汗が、精一杯やったのだと必死で主張する。

 だが、サラはまだ戻ってこない。段々と息が整ってきたミロルは手持無沙汰になったのか、庭をうろうろと歩き出した。


「だんごむしー」


「あ、ありさんだ。いっぱいだー」


「わ、わ、わ、く、くもだ……」


 なぜだか虫の捜索を始めたミロルだったが、ふと、奇妙な気配を感じて振り向いた。そして、その気配を感じた茂みの奥を覗き込む。そう、何の気なしに。

 すると、そこには鈍く光る黒い球体が転がっていた。それは、今まで見たことのないくらい美しい輝きをしていた。

「なんだろ……」

 ミロルがそれを手に取ると、わざとらしく目の前にもってきて覗き込む。だが、透けてはおらず球体の奥は見えなかった。妙に心を揺さぶるような輝きがそれにはあった。

「きれーい……」

 その美しさに魅了され、ミロルはニマニマと笑みを浮かべる。いいものを見つけたという満足感や、悠馬に自慢できるという優越感もろもろをない交ぜにして、ミロルは嬉しそうにその黒い石を空に掲げる。

 そして、すぐさま誰かに見せたい衝動にかられ、家の中へ入ろうとする。だが、そんなとき、唐突に話しかけてくるものがいた。

「待つがよい」

「え――」

 ミロルは立ち止まりあたりを見回す。だが、誰もいない。勘違いかと思って再び走り出そうとすると――。

「待てと言っている」

 今度こそは勘違いではない。そう判断したミロルはやはり周囲を見回した。だが、誰もいない。

「こっちを見よ。聞こえるか? エルフの少女よ」

 そうしてようやく、声の出る先に気づき目を向けると、声を発していたのは自らが手に持っていた黒い石だったのだ。

「え? なんでしゃべるの?」

「エルフの少女よ。話を聞いてほしい。少し時間はあるかな?」

「うん」

 その返事を待っていたのだろうか。すぐさま黒い石は声を発した。

「我は悪い奴に囚われているのだ。囚われたまま動けない。ずっとこんな小さなものの中にいては窮屈なのだ、エルフの少女よ」

「とじこめられてるの? かわいそーだな」

「そうだろう? だから、ここから出る手伝いをしてほしいのだ。エルフの少女よ、君にしかできないのだ」

 いきなり現れた正体不明の声。その声から感じるのは重厚な大人の雰囲気だ。そんな大人から頼られて喜ばない子供はいない。まして、今は悠馬といいリファエルといいサラといい、信頼している大人にほったらかしにされている最中なら余計だ。

「みろるになにかできるの? どうしたらいい!?」

 嬉しそうに笑いながら跳ねるミロル。あやうく球体を落としそうになり、必死で両手で包み込んだ。

「慌てるでない。簡単なことだ」

「かんたん?」

「うむ。そなたが持つその首飾り。それに付けられている石があるな?」

 ミロルは自身の首に下げられている宝石を見て途端にむくれた。その石は、ミロルの身体の中にあった魔力核だ。この魔力核を常に側に置いておかないとミロルは生命維持ができない。

 むくれた理由としては、この石が悠馬からもらった大事な石であり、これは常につけていないといけないと悠馬からきつくいわれていた。外すと、悠馬もリファエルも怖い顔をして怒る。だからこそ、これは外してはいけないのだと、ミロルは理解していたのだ。これに興味を持った黒い石の声も、これを欲しがっていると思った。

「だめだよ、これはみろるのだ!」

「わかっている。それをよこせ、などと言うつもりはない。ただな……我をその石にそっと触れさせてみてはくれないか?」

「ん? いらないのか? 触らせればいいのか?」

「ああ、それだけでいい」

「それなら――」

 大事なものとられない。それがわかればミロルは安心だった。黒い石と自らの持つ白い石。二つが並んだらそれはそれは綺麗だろうな、とミロルは想いながら声に従う。

 

 ゆっくりと、互いが惹かれあう様に、近づいて、近づいて……。


 触れ合ったその時――。


「ぁ――――」


 ばりん、という何かが割れるような音とどさり、という鈍い音。それは、ミロルが地面に倒れ込み、そして黒い球体が真っ二つに割れた音だった。

2016/5/3 修正

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