三
次の日、悠馬とリファエルとサラは、診療所の休憩時間に診察室に集まっていた。
昨日は、憔悴するサラをリファエルが風呂にいれ、布団へと突っ込み一日が終わった。当然、血なまぐさい防具や剣は部屋に置かせ、今はリファエルが持っていた簡素な白いワンピースを着ている。赤い髪も縛られてはおらず、どこか年相応の幼さを醸し出していた。ちなみに、サラは十七歳だそうだ。
そんなサラを診察室に呼び出した悠馬は、ナース服のリファエルとともに顔を突き合わせていた。当然、話すことといえば一つしかない。魔王についてだ。
「サラ、一つ聞きたいんだがいいか?」
「なんだ」
「サラが魔王を自分に封印したのもわかったし、封印せざるを得なかったこともわかった。だが、なぜ自分の身体に封印したんだ? 俺達は封印魔法のことがよくわからないから少し疑問に思ってな」
悠馬の問いかけにサラはすっと顎に手をやった。そして少しだけ考え込むと、顔を上げて悠馬を見る。
「簡単に言うとな、私の魔力が必要だったからだ」
「サラの魔力?」
「ああ。というよりも、封印を施す場所に宿る魔力が必要だったんだ。つまりは、何もないところに封印することもできるが、結局は最初にこめた魔力と魔石に込められた魔力しか力を持たない封印になってしまう。封印をより強固に維持するためには、封印する場所に常に魔力を供給する必要がある。そのために、私の身体なのだ」
「戦いの後、封印魔法の使い手を探せなかったのですが?」
リファエルが当然の疑問を口にしたが、それを受けたサラは少しだけ顔を歪めた。
「当然、そうするつもりだったさ。だが、魔王を封印するために、魔力のすべてを解放したら……もう私は見覚えのない場所にたたずんでいた。魔力の高いお前達の元に向かってきたところ、あの老婆に話しかけられたのだよ」
「そりゃ探せないわな」
悠馬はため息をつきながら頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「なら、たとえば、その封印を一度解除して、そして三人でもう一回別の場所に封印するっていうのはできないか? もちろん術者はサラだけど、俺もリファエルも魔力の補助はできると思うんだが」
「それも難しいと言わざるを得ない。この封印を解いたら魔王がどうなるかわからん。危険を野放しにする可能性がある以上、それを看過することはできない。結局は、封印する場所をどうするか、という問題点は消えないのだから、あまり意味もないだろう」
まっすぐな目で悠馬をつらぬくサラの目は澄んでいた。そんなサラを見ながら、悠馬は考える。そして、いわゆる外科医的な目線で物事を考えると、意外にも抜け道があるような気がしていた。
「なぁ、サラ。その封印がお腹の中に埋め込まれてるのって、サラの魔力を供給し続けるためなのか?」
「そうだが?」
あたりまえの質問に、サラはどこか訝しげに悠馬を見た。
「ならさ、変な話、その禍々しい変なのを腹から取り除いても封印は解けないんだよな?」
「ん……? まあ、そんなことができればそうなるが……さっきもいったが魔力の供給源がなくなるわけだからいつか封印が解けてしまう」
「つまり、問題点は魔力の供給ってことだよな。ふむふむ」
腕を組みながら立ち上がった悠馬は、うろうろと部屋の中を歩きはじめる。そして、最後に大きくうなづくとリファエルを見据えて口を開いた。
「俺達の魔力がなくなっても回復してるってことは、この世界にも魔力はある。そうだよな、リファエル?」
「はい、魔力は確かに存在しますが、あちらの世界よりも密度は薄いですよ?」
「うん。それはそれでいいんだけど、俺達と同じように、ミロルの魔力核もミロルに魔力を供給しつつも尽きないってことは、あの石みたいのには魔力を取り込む性質があるってことだよな」
「そうだと思いますが……」
「なら、まずはサラに封印された魔王を取り出す。そしてその後、魔力核から魔力を供給するようなシステムを構築する。もし、急ぎで作れないなら、とりあえずミロルの魔力核から魔力を分けてもらえばいい。そうすれば、サラのお腹からは、封印が取り除けるんじゃないのか?」
「――っ!? ちょっと待ってくださいね……」
にこやかに話す悠馬と考えむリファエル。そんな二人を見ながら、もしかしたらという気持ちがぬぐえないサラは、座っていた椅子から少しだけ腰を浮かせて、リファエルの言葉をこれでもかと待っていた。
わずかな時間。だが、サラにとって、リファエルが口を開くまでの時間は、文字通り永遠にも近いものだった。胸の中をさまざまな想いが駆けぬけ、そして、期待と疑惑とあきらめがないまぜになったかのようにぐるぐると心は揺れる。
そして、リファエルはおもむろに口を開いた。
「おそらくは、可能かと思います」
「本当かっ!?」
勢いよく立ち上がったサラ。その後ろでは椅子が派手に転がっていた。ガランガランと跳ねる椅子の音の余韻を感じながら、サラは悠馬とリファエル、交互に目線を送っていた。
「やりますか」
「ええ、ユーマ様ならできますよ」
買い物を引き受けるかのような軽い様子で頷く二人。そんな二人を見たサラは、思わず力がぬけ膝をついた。
「ありがとう……」
サラの輝く瞳から零れ落ちるのは二筋の涙。その涙は、静かに、それでいて止まることなく床へと滴り落ちていた。
◆
さて。
前回のミロルの手術と同様に、悠馬は準備を整えていく。
日時は週末の診療所が休みの日を選んだ。何かあったときのために、夜間ではなく昼間。場所はミロルの手術をした場所と同じ、病室兼手術室だ。
滅菌された機械類、手術台、手袋やガウン、そしてリファエルによる部屋の滅菌。当然、悠馬の睡眠魔法とリファエルによる風魔法による呼吸維持をすることでようやく準備が整う。
「リファエル。とりあえず確認なんだが、この魔石の中に魔王が封印されているんだよな?」
「そうだと思います。ただ、この血管のようなものは……」
「それは、封印に必要な魔力を供給するための管のようなもんだろうな。だから、それはあえて残し、魔石部分だけを切除する。お腹にグロテスクなもんが残っちまうが、そっちは後々なんとかしよう」
そう言うと、悠馬は慣れた手つきでメスを魔石と魔力の供給管の間に差し込んだ。当然、前回使用した電気メス変わりに火の魔法を行使しながらの切除だ。
魔力供給管を切り取ってもそこから漏れ出るのはサラからあふれ出る魔力のみ。当然、サラから封印に供給される魔力が途絶したからといってすぐに封印が解けるわけでもなく、血がでるわけでもない。だからこそ、手術はとても早くすすみ、あっというまに魔石を身体から取り除くことができた。
「よし。っていうか、おもったより、このグロテスクな管たちは切っても身体に影響がでなそうだな。ついでだし、サラのお腹を少し見栄えよく仕上げるか」
「ええ。それがいいと思います。さすがはユーマ様です」
二人は微笑みながら手術を再開する。
その二人の作業は段々と動作を早めていく。
かちゃかちゃと機械同士がぶつかり合う音と、時計の秒針の音。それだけが、部屋に響いていた。悠馬が顔を上げると、もうそこには悠馬の欲しいものが差し出されており、悠馬はそれを受け取り再び術野へと向かった。二人三脚という言葉がひどく似合うようなシンクロ。そんな領域での手術を二人は繰り広げていた。
ここで特筆すべきは、リファエルの働き様だ。風魔法で呼吸を維持。そして、身体には体力を増進させる魔法をかけ続けている。それにより、身体は呼吸と循環を維持できていた。さらに、悠馬の手元を見ながら次に何をやるのか把握しつつ、一般的な機械出し看護師の仕事もこなしている。一人で麻酔科医と看護師、両方のことをこなしているからこそ、悠馬は手術に集中して挑めていた。
だからこそ……、二人の意識は目の前の術野にしか向いていない。怪しい濁りを帯びた魔石の変化に気づかない。
「よっしゃ! これで皮膚を治癒術で治していけば……」
「はい……」
悠馬とリファエルは向き合って頷く。そして優しく微笑んだ。
「手術終了だ、サラ」
「よくがんばりましたね」
そういいながら、悠馬は手を降ろした。
それは、すなわちもう悠馬の手は清潔ではないことを示している。それと同時に手術の終わりを告げる動作でもある。悠馬は打ち勝ったのだ。人の命の重さに。
「そしたらリファエル。サラの身体を拭いてやってくれ。消毒液がひどいからな」
「はい。自発呼吸が出てきたら一度、風魔法の補助をやめますか?」
「ああ。その時は呼んでくれ。俺は、とりあえず切除した魔石を片しておくよ」
そう言いながら、悠馬は先ほど魔石を置いたトレイを覗き込む。そこには黒光りする魔石が確かにあった。悠馬はその魔石を綺麗に拭き、そして瓶へと詰めてふたを閉めた。
サラの話だと、魔石が持つ魔力だけでも数か月は封印は解けないらしい。とりあえずは一安心と、瓶をその場に置いた。
悠馬はとりあえずほっと息をつき、すぐさまサラへと回復魔法をかけ始める。これは、皮膚を治すためではなく、全身の体力回復のためだ。やはり、開腹しているためか身体への侵襲は避けられない。目が覚めてすぐに行動できるようにと、それは念入りに行った。
二、三時間もするころになると、もう睡眠魔法は解けており呼吸も自分で行い、すっかりと目がさめていた。起きてすぐお腹を確認した瞬間のサラの顔は、どことなく間抜けで悠馬もリファエルも笑ってしまったが。
「ユーマ殿……本当だったのだな」
「ああ、そうだよ」
「本当にこんなことが可能だったのか……夢を見ているようだ」
「夢だと思うならこれを見てみな?」
そういって持ってきたのは、魔王が封印されている魔石だ。瓶詰されたそれは、カランカラランと軽い音を立てながら瓶の中を転がっている。
サラは、その瓶をそっと受け取ると、胸に抱きしめ肩を震わせた。その様子をみて、ようやく悠馬もリファエルも心から安心することができたのだ。
「感謝する……ユーマ殿、リファエル殿」
「まあ、俺は医者だからな。気にするな」
「そうですよ。ユーマ様ならこんなこと、朝飯前です」
そう言いながら、リファエルはサラを手術台からベッドに案内する。サラはまだ何か話したそうだったが、疲れていたのだろう。すぐに眠りについてしまった。
それを見た悠馬も、おおきく欠伸をして両腕を天井に向かって伸びあげた。
「くうぅぅ、身体固まった。腹減った。疲れたー」
「はいはい。それならユーマ様は休んでいてください。私はもう少しサラさんのそばにいます」
「あ、いや、それは悪いからな。俺ももう少しいるよ」
「何言ってるんですか。ユーマ様は手術を終えられたばかりじゃないですか。少しでも休んでおかないと、身体を壊しちゃいますよ? そうなれば来週からの診察に支障がでます。ここは私がみていますから……ね?」
ぐっと近寄ってきたリファエル。リファエルの大きな瞳が途端に目の前に現れ、悠馬はおもわずドキドキしてしまった。赤い顔をして顔をそむける悠馬に気をよくしたのか、リファエルはそっと悠馬の肩に両手をまわした。
「もし、少しでも私に申し訳ないって思うなら……後で一緒に寝てくれてもいいんですよ?」
頬を赤らめ上目使いでそんなことを言うリファエルのあざといことあざといこと。だが、いかにも誘っているという言動にも関わらず、初心な印象を持たせるのはリファエルが天使だからだろうか。思わず、リファエルの美しさに心を傾けそうになった悠馬だったが、横から飛んでくる言葉にすぐさま背筋を正す。
「情事にふけるのはかまわないが、できれば別の部屋で頼む」
背中を向け、顔をそむけていたサラがポツリとそんなことを呟いていた。
「ば、馬鹿! 情事とかそんなんじゃねぇよ! 病人は余計なこと言ってないで寝てろ!」
「あら、私は別に誰に見られていてもいいですよ? ユーマさま?」
「私は困るのだが……」
「だからしないって言ってんだろ! 二人とも馬鹿言ってないで、患者と看護師としての仕事しろ! 仕事を!」
そういって悠馬は逃げるように病室から去っていった。そんな悠馬をみてリファエルはくすくすと微笑んでいる。
そんなほほえましい三人のやり取りの最中、コロンと小さな音が響いた。その音は、三人に聞こえない程の小さな音。
魔石が入れられた瓶から聞こえたその音は、誰にも届かず消え去った。
2016/5/3 修正




