ぼうけんのしょ その2の1
ぼうけんのしょ その2の1 新たなる階層
ふんふん っふ っふす へちょへちょ
日の昇り始めの目を覚まして活動するにはいつもより早い時間、私はほっぺたをなめたり、息を吹きかけるポティの行動で目を覚ましました。
「んんー。まだねむいです」
そういって顔の近くにいたポティを抱き寄せお腹のあたりをコショコショして私が起きたことを教えてあげます。そうでもしないとこの子はいつまでもほっぺたをなめています。塩気のあるものが足りないのかと思ってこの間塩漬け肉を出したら嫌がったので単純にスキンシップが好きな子なんでしょう。
「ふみ、ふみゅ、みー」
いかに魔物調教師の私であっても魔物語は理解できません。喜んでいそうなのは体を擦りつけて、もっと撫でてとでも言わんばかりの態度で判るんですが甘やかすだけが躾ではないのです。
「ん、じかんどうりですね。よくできました」
そう、今日はいつもより早くに行動を起こす必要があるため、前もって早めに起こすように言いつけておいたのです。私自身より寝起きが早いポティがいるからこそ出来ることですね。ポティがいなければカカスさんに頼まなければいけないところでした。
「ほら、トゥラもおっきしてください。じゃないとあさごはんをたべるじかんがなくなりますよ」
部屋の隅にあるペット用の寝床で、まだ夢の中にいるのか丸くなって動かないトゥラをすこし揺すって覚醒を促し、私も出掛けるための準備をしに洗面台に向かうのでした。
×××
ことの始まりは先日の迷宮探索中にしたタナさんとの会話の内容でしょう。釣りや、幼獣の扱いになれ、そして草原をそれなりに歩く体力ができ始めた私の様子を見て、そろそろ別の階層にも潜ってみてもいいと自称凄腕冒険者のタナさんは判断したのです。
しかし、ここの迷宮“大地下世界”において別の階層というのは全く違う環境を内包している場所です。つまり別の階層を進むということは、それなりの準備がいるということである。
「それにしても、ほんとうにこんなものでいいんでしょうか? だいちかせかいがあんぜんなめいきゅうというのはわかっているんですけど……」
そう、今回準備しておくようにいわれたもの、帽子、シムトリ網、シム籠、片手用スコップ、鉢植え……
やはり幾つかは冒険者には似つかわしくなく、そして、迷宮探索用にもおもえないラインナップである。
「まあ、いってみればわかることです。さ、いきますよポティ、トゥラ」
「みゅ、みー」「ばふ、わふ」
私の足元でちょこちょこしている二匹の幼獣でもある自分のペットに声をかけ私はタナさんが待つであろう迷宮の入口を目指すのでした。
×××
迷宮“大地下世界”の二階層。通称“成虫たちの密林”そこは外の世界と隔絶している迷宮の中で成虫として生まれ“成長をしない”“幼獣並みに安全な”、“脅威度を持たない”魔虫が存在する学者泣かせの階層らしい。
というのも、魔虫はとくに毒やその大きさからは考えられないほどの速さで飛ぶことから下級冒険者殺しと呼ばれることも多い魔物の一種である。そんな魔虫もこの大地下世界においては、鈍重で大きく飛びあがることもなく、木の蜜を食みのんびり暮らしているらしい。
「あのほんとうにあぶないまものがいないんですね、このめいきゅう」
「うん、いたら武器の持ち込みを禁止することなんてしないからね」
目の前をぶおんぶおんと、羽音の割にゆったりと飛ぶ甲殻系魔虫ブナカを見ながらタナさんと話をする。
「ちなみにこのかいでわたしたちはなにをするんですか?」
「この階層では、指定魔虫の回収と薬草類の採取になるかな」
「していましむですか?」
薬草類の採取については分かるが指定魔虫とはなんでしょう。疑問に思いタナさんに聞いてみる。
「ん、指定魔虫というのはね、ギルドからの依頼で回収してほしい魔虫や、益虫と呼ばれる一部の魔虫のことだよ。とくに益虫と呼ばれる類の魔虫は常時ギルドで回収依頼が出ているから回収してからギルドで売ることで依頼達成として扱われる。採集型冒険者にとってはこれ以上ないいい獲物だよ」
「していましむにはどんなしむがいるんですか?」
「チハやフテなんかがそうらしい、特にチハは高く買い取られているよ。ほかにも鑑賞用に大型のトブカやタガワクなんかも依頼が出ていたから、みつけたら捕まえていこう」
そんな話をしながら密林の中に足を進める。歩きながらもタナさんは密林の中の歩き方や迷子にならないように目印の付け方、そのほかに密林に生っている野草の種類についても説明していく。
薬草になる種類は持ってきた鉢植えの方に少しばかり拝借して、けれど絶対に全てを摂ってはいけないこと。鉢に移すさいも違う種類の薬草はできるだけ離すように移すこと。そういった冒険者としての知識を惜しまずに私に伝えてくれる。
「むむ、けっこうおもくなってきました」
「ふむ、なら魔虫を一匹捕まえたら今日の探索は終わりにして帰ろうか」
「だいじょうぶですよ、このくらいなら……」
「だめだよ、持って帰るまでが探索なんだから限界まで荷物を積めると途中でへばって依頼を失敗することになりかねないよ。まあ、今回は依頼を受けていないんだけどね」
タナさんは、私が無理する少し前にこうやって引くことを指示してくれる。それはとてもありがたい。
「そうですね、はじめてのかいそうのぼうけんでむちゃしちゃだめでした」
「そうそう、無理も無茶もできるだけ知らないことが少ないところで安全にやるんだよ」
「あんぜんなばしょでやるのはむりでもむちゃでもないきがします」
「そうかなぁ、そうかも」
なんて二人して取り留めもない会話をしながら密林の中をゆっくり元来た道を戻ります。足元にはあいもかわらず二匹の幼獣が構ってほしいのか体を擦りつけてきたり、鼻を鳴らしたりとやりたい放題ですが、今日は初めての階層なので私が緊張してあまり構ってあげていなかったな、と思い至りました。
×××
うう、私もまだまだ冒険者としての心構えができきっていないと考えさせられる一日でした。次の探索の日には今日みたいにガチガチに緊張なんかしていられません、ポティやトゥラのことを構ってやれないとか心に余裕がなさ過ぎです。
私の第二階層探索はこんな調子で始まったのでした。
×××