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ぼうけんのしょ その1の5

ぼうけんのしょ その1の5 恐るべき迷宮の罠


 これは、タナさんとの第一層の攻略という名の釣り会が十回目という大台になったころに起こった事件のお話です。


 その頃には、カカスさんからも褒められるくらいには魚釣りの腕前が上がり将来は釣り師として名を馳せるのもいいかもしれないなんて、自惚れるくらいには一回の迷宮探索で稼げるようになっていました。


 隣にいるタナさんの笑顔が若干ひきつるくらいには、一回の探索で釣れるのです。大物を釣るには、筋力が足りないため遠出をすることもなく、小物から中くらいの物をぼちぼち釣っては、昼頃には様子を見に来るジノカさんに売りつけたり、自分達でさばいたものを幼獣達にふるまったり、迷宮探索を楽しんでいる私たちの前にそれは唐突に姿を現したのです。


 何もなかったはずの地面が急に盛り上がり、小山になったかと思うと、盛り上がった土がこぼれおち中にあったと思われる“それ”が姿を現したのです。


 灰色の壁に四方を囲まれた立方体、しかし、入口と曇りガラスが付いている。部屋のようにも思えるが、迷宮の中に突然現れた部屋というだけでとてつもなく危険なものを感じずにはいられなかった。


「む、迷宮の成長か? 時期はずれの感じはするがそれにしても、大地下世界でも部屋型の罠が発生するんだな。こればかりは初めて見た」


「はじめて、ですか?」


「ああ、この迷宮では罠らしい罠は、三層くらいにしかなかったから。もしかしたらこの迷宮の難易度も変えなきゃいけなくなるかもしれない。まさに大事件だよ」


 なんということでしょう、私は世紀の大事件の立会人となってしまったのです。突然現れた不自然な部屋、タナさん曰く迷宮内に生まれる部屋は、罠か宝箱、もしくは階段のどれかである。とのこと、そして、上位冒険者であるタナさんにはそういった部屋を確認した時点で中を調査し報告する義務が生まれるのだという。


「では、わたしもタナさんといっしょにこのへやにはいってもいいんですか?」


「いや、駄目だ。これは私に課せられた義務であり、危険性を判断できていない以上君を連れては入れない。それに、他の冒険者が入るかも知れないからそれに注意をする人が必要だ。だから、私がこの部屋の調査をしている間ここで待っていてほしい。ただ……」


「ただ、なんですか? なにかほかにありますか?」


 いつもと違い、すこし沈んだタナさんの表情に胸がざわつく。自称凄腕冒険者のタナさんがなにかをこらえるように私をみる。ただ、かすかに震えているのが私を不安にさせるのだ。


「この迷宮の成長自体は別段珍しくはないんだ、ただ第一層に罠が生まれたとしたらもしかしたら、魔物のランク自体も上がってしまっているかもしれない。場合によってはここに残る君の方が危険になるかもしれない」


「ふぇ、もしかしてここにもまものがくるかもしれないんですか」


「ああ、私の傍が一番安全かも知れないしそうでもないかもしれない。くそっ、未知というのは、いつも恐ろしいものだ。そんなこと判っていたはずなのにな……」


 私の傍には、ペットのトゥラとポティだけ、どちらも私に抱えられる程度の小型の幼獣である。もし普通の魔物が現れてしまったら、私たちはすぐに殺されてしまうかもしれない。


この時初めて私は死が思ったよりも身近にあるのだと実感したのかもしれない。いつも、傍にタナさんがいた。守られているという感じはなかったが、大人が傍にいるそれだけで安心できていたのもまた事実なのだ。


「でゅ、だいじょうぶですよ。わたしつよいこですし。まものがでてもちょちょいのちょいです。べこべこにしてしまえます」


 肩が、体が震えているが、それでも虚勢をはってタナさんに言う。私は大丈夫だと。自分の義務を果たしてほしい、と。そうしないとタナさんが冒険者としての資格を失ってしまうと知っているから。


 ここで逃げてしまっては、助かるのは命だけだ。タナさんと冒険できなくなるし、なによりも私自身が胸を張って冒険者を名乗れなくなる。誇りを捨ててしまってはいけないことくらい幼女である私も知っているのだ。


「っ、すまない。私もこの部屋の調査をささっと終わらせるさ、すぐに終わらせて、何もないことを証明して報告すれば、またいつも通りの冒険に戻れるさ」


 私の強がりに、さらに強がりで返すタナさん。大丈夫だ、私もタナさんも少なくとも冒険者としての誇りを胸に持っているのだ。生きることを諦めるなんてことはない。


「いってくる、待っててくれ」


「いってらっしゃい、きをつけてくださいね」


 私たちの別れは、簡単な言葉で終わった。しかし、言の葉に乗せたのは言葉に出せないさまざまな想いだ。必ず戻るというタナさんの想い、生きて待っていますという私の想い。たとえその想いの万分の一でしか届かなくてもいい、それでもどうかどうかこの想いがお互いを守ってくださいますようにと、それは神への祈りにも似た、特別な儀式のような瞬間だった。


別れが終わり、タナさんが部屋のドアに手をかけ扉を開ける。


私はそれを離れた位置から見届ける。


トゥラとポティが周囲の警戒をし、


開ききった扉から部屋の中をうかがうタナさん。


部屋の中の溢れんばかりの幼獣。


徐々に閉まっていく扉。


…………


頭を抱えるタナさん。


恥ずかしさで真っ赤になる私。


私たちが再起動するのに1刻の時間を必要とした。


×××


 なんということでしょう、迷宮の成長により第一層に生まれた部屋は、迷宮の罠としては定番の通称モンスターハウス。その階層にいる魔物を一か所に集めて数の暴力により冒険者たちを亡き者にする、極悪非道の罠であったのだ。


そう、その(・・)階層にいる魔物を集めて数の暴力で……いや、幼獣を集めて何をしろと、冒険者どころか幼女である私ですら特に恐怖を感じることもなくすごせる癒しルーム的な扱いですが。


 この迷宮の成長において発生したモンスターハウスは、第一層内において二十程の数が確認され、その全ての脅威度が最低ランクを更に下回るというこの迷宮特有の現象を生み。更にこれらの部屋が、この迷宮の観光スポットとして有名になっていくのはそう遠くない未来のことであった。


 私とタナさんは、この事件を乗り越えまた一つ仲が深まった気がするのである。


×××





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