ぼうけんのしょ その1の4
ぼうけんのしょ その1の4 水竜の子と回収班
なな、なんということでしょう、初めての釣りの成功を喜んだ後何気なくステータスボードを確認すると、釣り師のスキルが調教師のそれを大きく突き放すほどの急上昇をみせているではありませんか。
「おお、これはこれは」
隣で、私のステータスボードを見ていたタナさんも驚いているようです。壊れたわけではないですよね?いやですよ、初日から修理に出さないといけなくなるなんて。
「ん? ああ、壊れたわけじゃないよ。君の素質とスキルがかみ合ったのと、ついさっきの本来なら達成できないような大物を釣り上げたのがこれの理由だよ」
「そうですか、やっぱりあれおおものですか」
「うん、大物だね。私も初めて見たよ。“水竜”の幼獣は」
そうなのです、恐ろしいことに初めての釣果は幼獣でした。ただし、可愛くない。大きな口と全身のぬめり。のたりのたりとした遅い挙動にぎょろりとしたおめめ。もう一度言う、可愛くない。
「でも、ほんとうにあれ“すいりゅう”ですか? かわいくないですよ」
「“水竜”だね、間違いない。私も成体の水竜の方はよく知ってるから断言できる。それと可愛くないのは、雑種だからだろうね」
「ざっしゅだからですか? ゆうりょうこたいならかわいいですか?」
「可愛いのもいる、が正しいかな? 何かしら特化した個体は独特なものも多いから」
私達は傍でのたりのたりと逃げようとしているのか、戦おうとしているのかよくわからないほど挙動の遅い水竜の幼獣を眺めつつ、のんびり雑談に花を咲かせていました。
ぱたぱたぱた
そんな軽い足音をたてて、私たちの方に近づいてくる人影があるのに音が聞こえ始めてからやっとこさ気付くことができました。
「タナさん、タナさん。だれかちかづいてきてますよ」
「ああ、あれは迷宮内素材回収班の子だよ。商会ギルドの関係者」
「そざいかいしゅうはん? わたしのしょうばいがたきですか?」
「違いますです。わたしら迷宮素材回収班はお荷物持ちや迷宮内で持ち帰れなくなったお素材を何割引き下で引き受けるお商売人ですますよ」
急に話に入ってきたと思ったら、自己紹介もなしにこちらの勘違いを正してくる。せ、正論がいつも受け入れられると思うなよ。とタナさんの後ろに隠れて睨んでやる。
腰に届くくらいの長い髪を後ろでひとまとめに無造作にまとめている、厚手のシャツとズボン大型の鞄を背負って腰にはポーチまで。わたしたちより冒険者らしい格好をしている女性。そんな彼女にたいしてとくに気負った様子もなくタナさんは話しかけます。
「それでジノカ。なにか用か? 私は見ての通り、彼女と迷宮探索中だ」
「それは見たら分かりますです。わたしが言いたいのはそこのお水竜についてのことですます」
どうもこの素材回収班の女性。私が釣った水竜の幼獣が狙いだそうです。タナさんがどうする?とこちらをうかがってくるが、何をどうするのかよくわからない。というか、彼女の言葉使いからしてよくわからない。
「つまりですますね、そのお水竜のお幼獣をわたしたちにお売りになりませんか?ってことですますよ」
テイムしてない幼獣を売る?どういうことなのかよくわからない、助けてタナさん、なんて私が思っていると。
「つまり、この幼獣を欲している人がいるかもしれない。だから、商会ギルドに任せないか、ということでいいのか?」
「ですです、そういうことですます。仮に貰い手が見つからなくてもお水竜はまだ生態が解っていないこともおおいですますからお研究用に育てたいってお偉方もいるかもですますし」
聞いてると、研究用だとか恐ろしい単語が出てきた。解剖とか、標本とか、もしかしたら剥製なんてことになるやもと思考している私に、シャナルさんとやらはちょっと困った顔をして苦笑いしているではないか。
「ん~。珍しいお魔物はすぐにはそういったお扱いはうけないですますよ? きちんとしたお研究所なら好き嫌いから、どういう環境でお生活できるか、なんてお研究から始めて寿命の確認まで終えてからになりますです。お解剖やらといったお研究は。それに、そういったお研究は討伐されたお素材からでもお研究できますですし」
「ということは、いきていればひどいあつかいはうけないんですか?」
「そうでもないですます。あくまでもお人間側のほうで用意したお環境ですから合わないお魔物がいることも結構多いですますし」
あっちも地獄、こっちも地獄。ならば逃がせばいいのかといえばそれも違う。いると知れた以上ここで逃がしても上位の冒険者によって捕獲されるのは間違いないのだ。では、自分がテイムするべきか?とも考えるが、私自身水竜の生態を全く知らない。つまるところ、ここでは売るのが一番正しいのである。
「ということで、いくらでかっていただけるんでしょうか」
「賢いお子様ですますね。お幼獣自体はお雑種なんで血統価値はなし、未発見のお幼獣の発見としての金貨一枚、お水竜としての価値として更に一枚、お怪我らしいお怪我もないことでマイナスはなし、発見場所の情報料も兼ねて合わせて金貨二枚と銀貨二十枚といったところですますね」
「うん、いい値だが子供に持たせるには多い額だ」
「ふむ、その子お奴隷のお子様ですますよね。どこのお商会か教えていただければお手形を発行しますからお商会の方にお代金を預けることもできますですよ。タナさんの方はお商会からお取り分を受け取る形にしていただきたいのですますが、よろしいですますか?」
「そうだな、そうしてもらえるか。それとこの子はカカスの旦那のところの子だから、手形の方よろしく頼む」
「じゃあ、このお手形を持っていてくださいませです。わたしはこのお水竜をテイムできるか試してからもどることにしますですので」
そういうと、のたりのたりと水場に戻ろうとしている水竜の幼獣のほうにむかいその顔の前に座り込み、腰のポーチから干し肉をだして水竜の口の前の方で振って反応をみることにしたのかのんびりしだしたジノカさんなのでした。
そんなこんなで私の初めての釣果である“水竜の幼獣”は金貨二枚と銀貨二十枚という大金で売れたのです。
×××
「それにしても、ジノカさんでしたっけ。すごいよくわからないはなしかたですよね」
「ああ、あれはなぁ。初めて聞くとよくわからないだろう。あの子の親とあの子自身がちょっとばかだからなぁ」
どういうことですか、と詳しく敷いてみたら。なんということでしょう、小さい頃の躾で丁寧語を間違えて覚えてあんなしゃべり方になったとか、いや、どう間違えたらあんなしゃべり方になるんですか。
え、『です』『ます』『お』をつけたら代替いけると教えられた?おもえばそういった感じの話し方してましたけど付ける場所違うんじゃないですか?家族の方何も言わなかったんですか?黙認してる?楽しそうだから?
……都会って怖いところなんですね、タナさん。
×××
こうして、私の初めての迷宮探索は思った以上の成功をおさめて終わった、そのことをカカスさんに夕食の席でお話したら我がことのように喜んでもらえ、私の部屋にカカスさんからペット専用のトイレと寝床を用意してもらえた。
トゥラとポティの生活の準備すっかり忘れていました、カカスさんには頭が上がらなくなりそうです。
×××