ぼうけんのしょ その1の2
ぼうけんのしょ その1の2 現れた魔物
私の腰よりやや低い位置にまでとどく草原が広がる迷宮の第1階層。吹いている風は緑の香りをとどけ、迷宮でありながら降り注ぐお日様でぽかぽかの陽気はお昼寝とかにぴったりなのではないでしょうか。
この迷宮に慣れることができたらお昼寝しにくるのもいいかもしれません。なんて考えていたらタナさんに声をかけられた。
「む、さっそく魔物が近づいてきているが、どうする」
「ふぇ、どうするとは?」
「ああ、相手をするか、それとも避けるかどっちにするかってことだよ」
迷宮といえば魔物、当たり前だがここはすでに敵地の中であるともいえる。だが待ってほしいのです、タナさん。
「あいてをするにしてもぶきないですよ?」
「武器はいらないよ」
「まものですよね?」
「うん」
どういうことでしょう、ここにきてタナさんと意思の疎通がうまくできていないことが発覚しました。どう考えても幼女の私が魔物を相手にはできないというのに、でも、いや、しかし、一般人が武器を持たずに入れる迷宮の最低ランクを下回るという魔物ならもしかしたら幼女である私でも倒すことができるのでしょうか?
そんな途轍もなくくだらないことに思考を割かれていたわずかな時間の間に魔物たちは私たちを囲むように近づいてきていたのです。
がさがさ、がささ。こてん。
音にするとまさに、気が抜けるような魔物の登場に、私は思わず目を丸くしてしまったのです。そんな私の隙を見てとったのか、現れた複数の魔物の内の一匹が牙をむいて私に躍りかかってきたのです。
「わひゅん、わふ」
はむはむ、ぺろぺろ、かぷかぷ。
襲うというより、じゃれつかれるというのが正しい表現になりそうなそのあり様に大変困惑する私を尻目に、タナさんは残る数匹の魔物を転がしてお腹のあたりを撫でていたりします。まさにモフモフナデナデ、いや説明をお願いします。
「うむ、見ての通りこの階層の魔物は、ヌイやコネを中心とした獣型の魔物、その幼獣なんだ」
説明をしながらも、魔物のお腹辺りを中心に撫でまわしているタナさん。魔物たちは撫でまわされている仲間を助けよう(?)としてしっぽを振りつつタナさんに向かっていく。
「ようじゅうなんですか?」
「ふみゅあ、みー」「わふ、わひぃ、ばふ」「きゅん、くー」
タナさんに撫でられ続け、すでに屈服状態の幼獣達、私にじゃれついてきた個体もすでに私の手の中で撫でまわされ体から力が抜けている状態です。はっ、知らず知らずのうちに撫でまわしていました、恐るべし幼獣。
「ああ、幼獣なんだ。調教しやすいから、見習い調教師にとってはお宝そのものでもある。この街の住人なら、中級調教師のスキルを持っていてもおかしくないぐらいだ」
中級調教師って、数年修行して手に入るかどうかのスキルですよね。可愛がるだけで手に入るんですか? そう思って、昨日登録した迷宮探索者カード――通称“ステータスボード”を見てみると、あるじゃないですか、昨日はなかった初級調教師の文字が、え、嘘ですよね、普通こんな簡単にスキルって手に入らないですよね。
「スキルの成長率は、迷宮内では地上の数倍から数十倍なんだそうだ。だから、こういった難易度が低く、かつ、安全度が高い迷宮は国が保護する意味合いも込めて砦を作るんだ」
「このまちのかべがじょうへきみたいなのには、そんなりゆうがあったんですか」
「さらにだ、この街の迷宮が今尚攻略者を出さず、迷宮核が奪われないのには最大の理由がある」
「めいきゅうをそんざいさせつづけるめいきゅうかくを、とらないりゆうですか。あんぜんなめいきゅうであるだけではないんですね」
「ああ、安全に素材を取れるだけでも価値はあるが、迷宮核にはそれ以上の価値がある。それだけなら冒険者の誰かがすぐにでも迷宮核を取ってきてるよ」
この“大地下世界”という迷宮を存続させることで、得られる素材以上の利益。考えてもなかなかその実態がつかめない。先に話していた複数の環境という物珍しさも評価されているのだろうが、そんなもの他の迷宮を複数探索することと変わりないともいえる。よもや、この幼獣が? なんて荒唐無稽な考えが生まれてしまう。
「うん、それもある」
「あるんですか、そうですか」
迷宮核よりも価値があるのかこの幼獣達、とうろんげな目をむけていると、苦笑しているタナさんが言葉を続ける。
「下の階層の在り方も評価されているんだけど、一番はここにいる魔物だね」
「そうなんですか、どこにでもいそうなヌイとかコネですけど」
そんな風に言う私にたいして、ふふふと意味ありげに笑いながらタナさんが解答を教えてくれた。
「ここにいる魔物は、“雑種”なんだよ」と、タナさんがいうには、迷宮に限らず魔物というのは、弱肉強食が原則としてあるため、どうしても血統や属性が偏りがちになるらしい。気候や周辺環境、に適合した属性。より強い個体を望まれる血統主義によりうまれる優良個体。そのさきにあるのが、違いの少ない魔物の誕生なのである。
つまるところ、個性の埋没。みんな同じ顔の魔物の誕生である。違いとしては、せいぜい環境ごとの属性ぐらいらしく、魔物使いも相棒を育てる楽しみがないとか何とか。
そんな外の世界に比べここの魔物は、優良個体こそ非常に少ないが、愛玩用の魔物としての価値は計り知れないらしい。
言われて周りの魔物を見てみれば、先ほどより集まっているくせに同じ顔の魔物がいない。へちゃむくれなヌイがいれば、しゃきっとしている気がするヌイがいる。耳の垂れたコネがいれば、毛がモシャモシャしているコネがいる。
そのどれもが、遊んでほしいとばかりに私たちに懸命に飛びかかってくる。体重の軽さもありどんなに頑張っても幼女の私ですら倒すことができないのに、近づいてはかみつき、なめ、ないてはしっぽをふる。なんだこの癒し空間。お昼寝なんてしている場合じゃないし、できないかもしれない。
つまり、ここは、幼獣のパラダイスだったのである。とりあえず、幼獣達を満足いくまでモフモフナデナデしてやった。
「きゃきゃん、わふ」「みゅー、みゅあ」「くぁふわふ」
ふふん、私はとても満足できた。
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