ぼうけんのしょ その1の1
ぼうけんのしょ その1の1 小迷宮“大地下世界”
ちゅん、ちゅん、ちゅちゅん。
そんなかわいいリトの鳴き声が朝の訪れを告げるころ。私は迷宮都市“ララバイ”についてから初めての朝を迎えました。結局昨日は迷宮に潜ることなく、自称冒険者のタナさんに言われるまま、迷宮に行く前に準備しておかなくてはいけないものの買い物をすることで終わってしまいました。
買い物をしている間はとくに気にすることはなかったのですが、一日おきすっかりおのぼりさん気分が抜けるとだんだんとタナさんに対して不信感が募ってきました。
「なんですか、つりざお、つりえ、ざんぱんって。これほんとにめいきゅうにいくためのじゅんびなんでしょうか?」
そう、買った物の中で本当に必要そうなものが、厚手のブーツと携帯食、そして水筒、魔法具“大きな袋”ぐらいである。そういった道具類をそろえるのに使った金額がすでにカカスさんから預かった今月の生活費の半分より、ええっとちょっとばかり多くのお金を使うことになったのです。
これでもし、駄目だったらカカスさんにお願いして生活費の前借り(最終手段)をしなければいけなくなるかもしれませんと、若干落ち込みつつタナさんが待っているだろう迷宮前冒険者待合室に向かうのでした。
「はぁ、ほんとうにだじょうぶでしょうか?」
どうしても初めてのことを行うときには不安というのはなくならないものである。
×××
そして、迷宮前冒険者待合室にはすでにタナさんが待っており少なくても迷宮に行くという言葉に嘘はないことが分かりました。
「よし、準備はしっかりしてきたようだな。あとは迷宮入口で入場手続きをしてだな……」
「いえ、それよりたいへんなことにきづいてしまったんですが」
タナさんに会っていよいよ迷宮に入るぞ、といった段階になって私は大変重大な失態をおかしていることを理解してしまったのです。こればかりは、準備の際になにもいわなかったタナさんにも非があるだろうと少しばかり怒りが湧いてくる。
「うん? どうしたトイレなら待合室左奥にあるぞ」
「ちがいます、そんなことじゃなくて、わたしぶきをかってません」
そう、武器と言う武器、ナイフでも剣でも棍棒や杖でもなんでもいいのですが持っていないのです。今あるのは人を殴ったら折れそうな釣り竿だけです。このまま迷宮に潜ったらいい魔物の餌にしかならないではないか。
「そうだね、武器は持ってないね」
そういうタナさんなんて武器を持ってないどころか、シャツにすねだしズボン、つっかけサンダルといった本当に迷宮に入るのか疑わしい格好です。っこれはもしや、“迷宮入る詐欺”とでもいうのでしょうか?
「というより、ここの迷宮は武器の類は持ち込み禁止なんだ。持ち込むと罰金がある。それぐらい一般の人も入る迷宮ってことなんだけど」
なんということでしょう、一般人も入る武器の持ち込みを禁止する迷宮、聞くだけで大量の死者を生み、私のような奴隷や生活の苦しい人たちにとっての自殺の名所のような場所か処刑場を想像させる迷宮です。あぁ、恐ろしい。
「わたし、しんでしまいます」
「いやいや、魔物の脅威度は最低ランクを下回る世にも珍しい迷宮だから。階層も少ない小迷宮だしね」
最低ランクを下回る脅威度の魔物ってどんなでしょう?本当に幼女である私でも安全だとこの人は本当に思っているんでしょうか、いやそれよりもだ、小迷宮?
「えぇ? ここ“だいちかせかい”ってよばれているのに、しょうめいきゅーなんですか」
名前負けどころか誇大広告しょってる迷宮なんですかこの迷宮? 誰が言い出したんだ、訴えるぞ。
「階層は少ないんだけど変に広いんだよ。で、ついた名前が“大地下世界”」
「どのくらいひろいんですか?」
「うん、今年の計測では早マウを使って10日って言ってたから、千キメロってところか、ならここから王都に行くよりも遠くまで続いてることになるな」
思った以上に広いんですね、誇大広告どころか看板に偽りなしでした。そんなに広いのに階層が少ないのは確かにおかしいことですが、それ以上に、魔物の脅威度が低いというのが気になります。
「まものがでるのに、ぶきはだめなんですか? あぶなくないですか?」
「ふふ、そこは迷宮に潜ってのお楽しみに取っておこう。さぁ、体操をして体をほぐしてから迷宮に潜るぞ」
魔物についての説明をほとんどされることなくはぐらかされてしまい、しょうがなく体操を一緒にしていざというときは一人でも逃げると心に決めた。
こうして、私の初めての迷宮入り(事件簿ではない)は、体操をしてからという健康志向第一に考えられたタナさん監修のもと始まりました。
×××
迷宮の入口とされる石を積立てたような洞窟、そこから延びる地下への階段を下りついた先にあったのは、まさに異世界といってもいいような不思議な場所でした。迷宮の外とは、季節も時間も何もかもが違うのだと、言わんばかりのその変わりようは目を疑わずにはいられないものでした。
「ふふ、驚いたろう。これが“大地下世界”と呼ばれる所以だよ」
「ふぇー、ここちかですよね。なんでおそらがあるんですか、かわがながれてるのも、そうげんがひろがってるのも、なにもかもがおかしなことだらけです」
目の前に広がった世界は、今までいた街とは一変して自然の中そのものでした。吹き抜ける風に乗って緑の匂いがすることから、幻覚の類ではないかもしれない。けれど、信じきれない、まさに大混乱中。
「すごいだろう、入口の方を見たらわかるだろうがここは壁で囲まれている密室なんだが向こう側はまったく壁がみえない。それだけでその広さを実感できるってものだよ」
「ほんとうにひろいんですね。こんなにひろいとしたのかいそうにいくかいだんとかさがすだけでもたいへんじゃないですか?」
「いや、ね。ここの迷宮の階段は入口にまとめられていてね。一番奥まですぐに行くことができるんだ」
「え? ここってほんとうにめいきゅーですか?」
迷宮なのに迷わず進める新設設計?斬新を通り越してもはや狂気的な感じがぷんぷんです。本当にこの迷宮大丈夫なんでしょうか?
「ああ、だからこそ一般の人も頻繁に入るんだろう。ただ、それぞれの階層の特色が極端に異なるからきちんと準備をしないと危ないからな、今回の準備ではこの階層だけの探索しかできないよ」
「きょくたんにちがう? ですか。えと、ここがへいげんだからしたのかいはもりとかですか」
「そうだよ、平原、森、山脈、水源、この“大地下世界”は複数の環境を内包している“無限種の迷宮”なんだ」
なんですかそれ、この迷宮絶対おかしいです。脅威度が少ないのに環境が複数っていうのも間違っているんじゃないですか?冒険者ギルドは何を考えてそう判断しているんでしょう。
「ほかのかいそうもきょういどはかわらないとはんだんされているんですか?」
「ああ、この迷宮の脅威度は半世紀前からかわってないみたいだね。それになにかあれば迷宮賊の方からなにかしら忠告されるようになってるよ」
「そうなんですか、ならあんしんですね」
迷宮賊がすんでいるのなら安心です。なにかあったら助けてくれたり道案内なんかもかって出てくれる賊の方がいるのは、その地域に大きな危険が存在しないことを意味している。誰だって好んで危険地帯に住むことなんてないのである。
「このちかくにも、めいきゅーぞくのかたはいらっしゃるんですか?」
「ん? どうだったかな? 住みやすいのは山脈の方だったから3階層にいると思うよ」
「それならさんかいそうにいくことになったらあいさつにいきましょう」
そう、ご近所付き合いはあいさつが基本です。村にはいなかった同い年くらいの子がいれば友達になれないかな?なんて先のことを楽しみにしながら私たちは迷宮の中に進んでいくのでした。
×××