ぷろろーぐ 幼女来たりて
ぷろろーぐ 幼女来たりて
がたんごとん、ぐらぐら、がたんごとん、ぐらぐら。音にするとそんな感じのマウ車の荷台の中で、私の小さな体はがころころとあっちにいったりこっちに行ったりとせわしなく転がってしまう。クッション代わりになるようなもののない荷台の中で転がるためあちこちにぶつかり痛い思いをして涙がにじんでくる。
「うううぅ~」
うめき声がかすかにこぼれ、それを耳にした御者の男が声をかけてくれるがそんなもの気休めにもならない。
「すまないねぇ、この辺りは道がならされてなくてね。どうしても大きく揺れちゃってね」
本当にすまなそうな声音で謝る御者の男性は、そのふっくらしたお腹のせいかぐらぐらと揺れるマウ車にいながらその実どっしりと微動だにしていない。その様子を恨めしそうに荷車の中で転がっている私は睨むだけである。
「睨まない、睨まない。マウ車での移動なんかは街に着くまでなんだから、我慢してくださいね。そのあとは――」
御者の視線の先にはすでに目的地の街のその入口、大きな門と街を囲む城壁を思わせるような壁砦。一つの街にあるものとしては、不必要なまでに堅牢なそれに守られた、あるいは隔離された街“ハレムラ”
ここから、私の物語は始まるのである。
×××
数多くの迷宮が存在する世界“ララバイ”
人々は、名誉、権力、財宝など欲を満たすものを求め数多の迷宮に挑み、あるものは散り、あるものは諦め、あるものは成功者として名を馳せた。
世はまさに大迷宮時代。
そんな世界の片隅に、最下層まで探索されつくしながら攻略者がでない、不屈の迷宮――通称“大地下世界”――は存在した。
×××
奴隷、それは金銭ないし何らかの契約に基づいて一定期間もしくは、一定額の金銭を稼げるまでの期間の自由を“商品”として扱うことに同意した、あるいは保護者が認めたものの総称であり今現在の自分の境遇である。
しかし、世に出回る“おふぁんたじー”な物語のように酷い扱いを受けることはない。王様や貴族がその超常たる御力を扱うこの世界において共通の財産足る人材“奴隷”の福利厚生は奴隷商の義務となる。法を破るとそれはもう凄いこと“自主規制”になるらしい。
らしいというのは、幼女である私にはまだそこまで詳しい内容を教えられないから、とりあえず子供に言い聞かせる類の“悪いことはしてはいけない”とか聞かせられた話からの推察である。
「いいかい、ここの迷宮の低層は比較的安全だけれど決して無理はしないこと。わからないことがあれば、周りの大人を頼ること。この街の冒険者は基本的にいい人ばかりだから助けてくれるだろうけど、助けられたら必ずお礼を言うんだよ。それから――」
延々と迷宮に潜ることの心得なのか、子供に対する躾なのか違いのわからない口上を述べているぽっちゃりさんである奴隷商のカカスさん。奴隷商を生業にしているというのに、とんでもない心配症である。
私のいた村では、もっと小さい頃から(人目のあるところ限定ではあるが)一人でも遊ぶことが許されていたのに、困ったものである。
「だいじょうぶです。わたし、もうかぞえで6つになるんですよがよなら、おうたいしひにもなれるねんれいです」
「なんで君が悪名高いロリコン王のことを知ってるのかわからないけど、それは例外だからね、ここ300年の中で最も大きい国の不祥事だからね」
ふしょうじ、てなんでしょう。と首をかしげる私に気にしなくていいよ、と苦笑いしながら、がしがしと頭を撫でてくれるカカスさん。
まったく、心配性なカカスさんを安心させようとしたのに難しい言葉で煙に巻くとは大人としてどうなのだ。
「とりあえず、この街での奴隷の仕事は迷宮からの素材収集以外はないといっても過言じゃない。だから、まず自分にあった冒険者を見つけないといけない。一人で迷宮に入ることがどれだけ危険なことなのか、言葉だけでは説明できないことだからね。だからまず、迷宮前の冒険者待合室“トールクリ・ルーム”にいって暇そうなゲフンゲフン、のんびりしている冒険者の方に一緒に迷宮に行ってほしいことを伝えるんだよ」
「はい、わかりました。ぼうけんしゃのかたをつかまえてみつがせるんですね」
「いや、違うから。貢がせるんじゃなくて君も頑張るんだよ。冒険者は基本報酬は均等割りだからね。頑張らないとその次からは組んでくれなくなるからね」
そのほか細かい注意点を、幾つか教えてもらってから心配性なカカスさんと別れ。街の探索をしながらではあるが迷宮前の冒険者待合室を目指し私の初めての冒険は始まったのである。
×××
私の生まれた村はそれはもう小さな村だった、自分の家と村長の家、それから他3軒の家族からなる本来なら村と呼べるほどでもない集まりだ。そんな小さな村に生まれた私は幼いうちから村をでて街に奴隷として行くことがきめられていた。
母親代わりの村長さんが言うには、街に降りてから数年は奴隷として働いて何かしら手に職を持つようにしたら、後は好きに生きていいとのこと。村に戻るのも、街で暮らすのも、そして冒険者として世界中を冒険するのも自由である。ただ一人前になったら一度は顔を見せなさい、とさびしそうに言っていた。
つまり、何が言いたいのかというと、村から出てきたばかりの私は初めての都会にわくわくどきどきのおのぼりさんとなってしまっていたのである。
村にはなかった煉瓦造りの家が立ち並び整然とした町並みは芸術品のごとく、馬車道と歩道を分けるように植えられている木は等間隔で立っていることから自然に慣れた私には不自然にしか見えないがそんなことが面白く、いいにおいをさせている屋台があれば覗き込み初めてみた料理ばかりでとてもおいしそうにみえてくる。
屋台の並ぶ通りの近くにあるベンチとゴミ入れ用の大きな桶、のぞいてみたがゴミは特に分別しているわけではないようで木材や袋。少量の金属が入っていた。
それらのどれもこれもが目新しく、目移りするなんてものじゃ足りないくらい目線があっちに行ったりこっちに行ったりしてしまい、気付いた時には、私は今いる場所がどこなのかさえわからない、迷子の迷子の子コネになってしまっていたのです。
自分が迷子になったという事実を受け入れられなかった私は、不安そうな表情を表に出さないよう我慢をしながら、冒険者待合室を探すことにした。ですが、そんなときにかぎって神様は試練を与えるのでした。
くうぅ~
空腹を訴えるのは、私のお腹の中のいるかどうかもわからないシムの鳴き声である、こうして私は道のわからない不安と、空腹というひもじさを同時に味わうという苦行のなかに身をおいて足の向くまま気の向くままに冒険者待合室を探したのです。
×××
「そうして今に至る、と」
「そうです、わたしのぼうけんはこんなんにたちむかうことでおわりをむかえたのです」
はむはむ、と口いっぱいにパンを詰めながら目の前の女性に返事を返す私。疲れて道端にうずくまっていた私を拾い、屋台のパンをおごってくれた目の前の女性――自称冒険者のタナさん――は苦笑しながら私の頭をなでてくれます。
そして私の頭を適度に撫でた後、軽く考え込んでから、
「君さえよかったら、私と組んで迷宮に潜ってみるか?」
と、カカスさんから課題として与えられていた冒険者探しについても力になってくれるとの申し出をいただいたのである。ですが、駄目です、駄目駄目です。
「おことわりします」
「むむ、なんでだ。こう見えても私はお買い得だぞ、そこらの冒険者なら束になっても勝てない凄腕だよ」
なにが凄腕冒険者ですか、ロングスカートのワンピースにつっかけサンダルって、どう見てもご近所のお姉さんでしかありません。そんなことも見抜けないと思われているのかと、ほっぺたを膨らませて抗議しようかとも思いましたが、大人顔負けの思考をもつ私の頭脳はこの出会いを有効に使うべきであるとの回答を出したのです。
相手が本格的な冒険者でなくても、この街の迷宮の低層なら問題ないというのはカカスさんのお墨付きなのである。ならばこの女性でも問題なく慣れるまでの期間と、次の冒険者を見つけるまでの繋ぎにはなるだろうと、考えたのです。
「ふむぅ、ならわたしとぼうけんしてみついでくだい」
「いや、それはカカスの旦那に駄目だしされただろう」
なんと、なぜカカスさんとのやり取りを知っておられるのですかお嬢さん、と驚いているとお姉さんは苦笑しながら、カカスさんの知り合いからの紹介で奴隷の教育係兼護衛の仕事をしていたとか、なんとか。あれ、マウ車の護衛とかいましたっけ?
そんなこんなで、奴隷幼女の私ことシターと女性冒険者のタナさんの迷宮探索の日々がはじまったのでした。
×××