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アルタナ ―女王への階―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
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6.

 演習場では、昼前になってようやく全員が整列を終えたところだった。人数が多いという事もあるが、エレステル側のやる気の無さが目立つ。しかしそれも当然だろう、本来は準待機という名の休暇中だ。非常招集を受けて集められたと思いきや、そのまま演習への参加が義務付けられたのである。現場にいる以上、サボる適当な理由も見つけられない。

「ったく、迷惑な奴らだぜ…」

「胡蝶館に予約入れてたんだぜ俺! どうすんだよ、金戻ってくんのかぁ!?」

「ダンナの実家に挨拶に行かなきゃなんなかったのにさぁ……これじゃ向こうの家の印象また悪くしちゃうじゃないかー!」

 不満だらけである……。

 そんな士気の低い兵士たちの中央で、朝礼台の上にアケミが立つ―――。

「えー、長らく時間が掛かったが、これより合同演習を始める……オラァ、しゃんとしろ!!」

 メガホンで声を張り上げるアケミ。演習場には一万人近くが集まっているが、実際訓練をするのはイオンハブス三千三百とエレステル四千の計七千三百人程である。士官・指揮官クラスや後方支援担当の者は別棟に集まって講習(という名の懇親会)を行う。この場に整列しているのは小隊長クラスまでの下士官が主である。

 ただし、イオンハブス側とエレステル側では毛色が違う。実力主義であるエレステル軍は能力によって配属されるため、たとえ剣の腕が三流でも才能があれば指揮官になれる。また、本人の希望もある程度汲まれるので、前線に出続けたいというのであればずっと一兵士でいることもできる。エレステルにおいて戦士とは力であり、誇りである。それを目に見える形で証明できるのはやはり前線での任務なのだから、エレステル兵の中には階級が下でも一騎当千の力を持つ強者や、老練なベテランが少なくない。そして軍職ではないものの、アケミも前線を好むタイプの人間であるため、支持を得ている。

「まずははっきり言っておく。イオンハブス軍―――貴様らは、弱い。実戦経験が決定的に不足している。貴様らの弱さはアルタナディア殿下の弱さに直結することを忘れるな。今回の貴様らの従軍はこの合同演習のためでもあると窺っている。貪欲に強さを学べ。そしてエレステル軍―――胸を貸してやる、なんて自惚れるなよ。戦場においての戦いなら貴様らが有利だろうが、訓練の密度なら貴様らを上回る奴もいるだろうよ。急なイベントだが、エレステルの戦士の誇りを持つのなら手を抜くなよ! では、手始めにデモンストレーションを行う。呼ばれた者は前に出るように――……エイナ=クロミクル! そしてカリア=ミート!」

 名前を呼ばれたカリアはぎょっとして、立ち上がるのが遅れてしまった。事前に何も聞いていない上に、もしかしてエイナと戦う……!?

 エイナは、以前アルタナディアとともにエレステルに潜入した際、養成所で一番付き合いのあった女戦士だ。歳はカリアと同じだが実力は上。あのブロッケン盗賊団討伐にも参戦していたというから、実戦キャリアもまるで違う。

 とはいえすぐに打ち解け、親身になってくれた相手だ。

「よ、久しぶり」

 向かい合って小さく手を振るが、無視される。それどころか返ってくる視線は冷たい。

(あ、あれ…?)

木剣を受け取って肩を回しながらも、エイナは硬い表情を崩さない。

「―――えー、これから貴様ら全員にやってもらう本日の課題を説明する。まず得物は木剣。長いの短いの多種あるが、早い者勝ちだ。一対一、時間無制限で一本勝負とする。それじゃあどんな感じになるか、見本を見せてもらおうか……じゃあ、始め」

 やる気があるのかないのかわからないアケミの掛け声を受けて、カリアは反射的に構える―――が、どうすればいい? この試合形式の訓練はアケミもやったことがある。要するに一対一でひたすら乱打戦を行うのだ。ただ、さっきデモンストレーションと言った。じゃあわざと負ければいいのか?

 アケミにちらりと目線を合わせ……ニヤリと笑うだけで特に何もないのを見て、またエイナに戻すと―――脳天に木剣が振り下ろされる直前だった。

「――ぃっ!!?」

 身を沈ませると同時に木剣を振り上げる。辛うじて受け止めることができたが、一太刀目で抑え込まれてしまった。

 エイナは本気だ……とても立て直せそうにない!

「…お前、イオンハブスのスパイだったんだな」

 久しぶりに交わした一言目は硬く、重い。

「いや、その、それは…」

「お前はともかくナディアは美人だから、ひょっとしてアケミ隊長のアレなのかとも思ったけど……ナディアが姫でお前が側近!? 馬車の上のお前らを見た時、さすがに傷ついたわ!」

 手足の長いしなやかな身体を絞るように力を発揮しながらエイナは怒りの文言を紡ぐ。それが紛れもない本心であるとカリアは理解した。

 ……それはそれとして、「アレ」ってなんだ?

「ヌケヌケと紛れ込んで、私らを騙してたのか。じゃあもう手加減はいらないよな…!?」

「騙してないっ……こともないけど…! ああもうわかった、とりあえず普通にやる!!」

 膝をつきそうになっていたカリアは前に踏み込み、体当りを仕掛ける。威力はさほどでもないがエイナは三歩下がり、どうにか仕切り直しとなった。相手が自分以上の体格の男だったら通用しなかった手である。やはり実力差は否めない…。

 エイナは腰を低く、木剣を短く持つ右手側をやや後ろに下げた前傾姿勢をとる。剣というよりナイフの構えである。濡れたようなしっとりとした長髪を揺らしながらカリアの周りをじりじりと回り……胸めがけて一直線に突きを繰り出す!! まともに受ければ木剣といえども刺さりかねない、そんなぞっとする鋭さを持った攻撃…! 肌が泡立つのを感じながらもかわして反撃を試みるが、倍になって攻撃が返ってくる。そして嵐のような打ち合いが始まる―――。

「おおお……!」

 強くぶつかり合う木剣の音と、獣のようにすばやく、獰猛なエイナの攻撃にイオンハブス兵は息を呑む。そして劣勢ながらその動きについていくカリアにも―――。

「このっ…!」

 突きだされた一撃を打ち落とし、一瞬の隙に柄で顔面を狙う。もちろん直撃すれば大ケガは免れないので寸止めするつもりだったが、エイナに見透かされたように左手で受け止められ、逆に脇腹に膝蹴りをくらった。

「く、ぐ…」

「フン…」

 再び距離が離れ、エイナはさらに前のめりに構える。対し、カリアはどう対応すればいいのか考えがまとまらない。

(せめてもう一本あれば……)

 二刀流ならば手数で対抗できるかもしれない。ただ、勝負の途中で「もう一本くれ」というわけにはいかない。限られた条件の中で戦うのも実戦形式ならでは。エイナだって普通の剣は普段あまり使わないという。条件は同じなのだ。ならば、手段を変えるしかない。

 ……どうする?

 自分より強い相手、力のある相手と戦うには――――

「お?」

 アケミの眉がぴくりと跳ねる。

 カリアは左足を引いて、剣を持つ右手を前へ。相手に対して身体をほとんど横向きにして、すっと背筋を伸ばす――。

 ほんの一握り、「あの場」にいた者しか知らない………アルタナディアの構えだ。

「…………」

 カリアの変化にエイナは注意深く目を凝らす。ほとんど自然体で立ち、重心はやや後ろ……剣を手前に持っているが、あの姿勢から体重の乗った攻撃ができるのか? いくらかシミュレートしてみるが、答えはノ―。構えとしては槍に近いから牽制するのには適しているかもしれないが、勝負を決定づけることはできないだろう。それとも何か切り札でもある…?

 やってみればわかる……!

「…しっ!!」

 短く吐き出す一息で突進するエイナ。この勝負で最速の攻撃だ! さらに続けざまに繰り出される連撃をカリアはおっかなびっくり捌きながら、必死に思い出す―――。

(あの時の姫様は…)

 バレーナの強烈な剣と打ち合っていた。だが得物は細身のレイピア、まともに受ければ折れる。それどころか細腕で片手持ちなのだ。ではどうやって戦っていた―――?

 カリアの剣があの時網膜に焼きついたアルタナディアのイメージを追う――。

 相手の剣の軌道に添えるように切っ先を合わせ、ほんの少し力を加えると、剣の軌跡が波打つように曲がった。エイナは空気に阻まれたような違和感にギョッとするが、カリアも続けてできるわけではない。この後何度も試みたが成功率は二割といったところ……それでも何度か対戦経験のあるエイナ相手だからまだ上手くできている方なのだ。そのまま十数度切り結び、どうやら未熟な剣だと見抜いたエイナは、またギアをトップ近くまで上げる。ヒヤッとする場面が幾度となく訪れるものの、カリアはまだ身体に掠らせてもいない。アルタナディアの構えは相手から身体が遠くなる上に、自身と相手との間で常に刃が盾として機能するため、とても防御に秀でた型なのだ。

(だけどこれじゃただ凌いでいるだけだ……)

 どうする? どうしていた―――!??

 もっと、もっと―――「姫様」の影に追いつけ……!

 エイナの胴切りを受け止め、袈裟切りを身を逸らして避け、突きを受け流し―――

「うぉっ――!??」

 予想外のタイミングでカリアの剣がエイナを狙う!!

 近くで見ていたアケミはその動きを正確に捉えていた。相手の攻撃に対してわずかに身を逸らすだけで、相手の力に逆らわず、その動きをコントロールして往なす……カリアは、半歩軸足を下げ、交わった剣を握る右腕を引きながら手首を返しただけだ。そして攻撃を受け流しきったところでくるりとまた手首を反転させ、剣先を相手に向ける。そこから最速のタイミングで、最小の動作で、最短の軌道で相手に致命傷を与える必殺の一撃は―――胸を狙う突き!

 攻撃の動作が終わっていないエイナの重心は前に傾いている。今、身体の中心は捻じることも曲げることもできない。もはや誰の目にもわかる決定的な一撃だったが―――エイナは左腕を胸の前で畳んで辛うじて防いだ! 周囲の群衆からどよめきが起こる……エイナほどの実力者でなければモロに食らっていただろう。

 しかしエイナは心臓を串刺しにされたのと同然の恐れを感じていた。今のはたまたまだ。木剣だったから腕に刺さらず、骨もおそらく無事だ。だが真剣なら貫通していた。それに何より、今度の攻撃は止めなかった。カリアの剣が、躊躇なく急所を狙ったのだ。

 カリアと目線が合って、どっと鳥肌が立つ。

 澄んでいる。

 どこまでも澄んだ眼で、こちらをまっすぐ見ている―――。

(コイツ…トランス状態になってるのか!!?)

 この眼をした剣士を、一度だけ戦場で見たことがある。あのときは……


 ――――――――――。


 ぞっと汗が噴き出す。駄目だ、これ以上モタついたら……死ぬ!? 

 左腕はもう使えない、骨は無事でも筋を痛めた。悠長なことは考えない、すぐに戦闘不能にする…!

 木剣を構えて飛び込む――が、半歩分だけだ。しかしカリアは反射的に一歩下がる。集中力が高まっている状態では意識より先に身体が動いてしまう、だからフェイントが効く。その目論見通りになったのは、偏にエイナの経験値と身体能力の高さがあってこそ、だ。そこでエイナはさらにもう一歩踏み込みながら木剣を振り上げる。このタイミング、上段からの全力の一撃なら防御の上からでも……!

 だが―――振り下ろしたエイナの手にヒットの感触はなかった。それどころかカリアの姿が消えて……!?

「…!!」

 視界の外、右側から怖気を感じる…。こういうことはたまにある。殺気と凶器が迫る時に働く第六感。瞬きするほどの一瞬が止まって見え、思考と感覚が一致する。これはおそらく死の淵に片足を突っ込んでいる瞬間なのだろう。

 長い一瞬の末、ようやくカリアの姿を捉える。カリアは背向きで大きく振りかぶっている。

 …ああ、そうか、斜め前にステップしながら回転して斬りつけるのか。それなら首も飛ばせそうだ……まったく、こんな曲芸みたいな技をどこで覚えてきたんだコイツ……。

 致命的な一撃を受けることを覚悟して、エイナは―――――

「――――あ」

 目を閉じて感じたのは、風圧。豪快な風の音を聞いたが、それに混じって間抜けな声も耳に届いた。衝撃は来ない。気づけば足元で、捻じれた格好で間抜けにうつ伏せになっているカリア……理由は一目瞭然だった。

 空振り……足がもつれて、コケたのだ。

「…………っ」

 コイツ、土壇場で集中力切らしやがった―――!!!

 言いようのない感情を噛み殺し、エイナは地面に突っ伏するカリアの頭を木剣でコン、と小突いた後―――腹に蹴りを食らわせた。

「ぐほっ」

 固唾を飲んで見守っていた群衆は、静寂から一転……大爆笑の渦に包まれた。

「あ~……この勝負、エイナの勝ち。まあなんというか……お前ら、掴みをとるために良くやった」

「私は知りませんよ!? コイツが勝手にコケただけじゃないですか!! ったく…!」

 セリフの裏に複雑な感情があることがアケミにはわかる。エイナの左上腕は赤く滲んで内出血を起こしている。数日は腫れ上がって満足に動かせないだろう。

「…ほら」

 エイナが腹を抑えるカリアに右手を伸ばす。その表情からいくらか強張りが解けたのを感じ取って、カリアは喜んで手を取った。

「やっぱり力を隠していたのか」

「ち、違う! あの構えは見様見真似で初めてやって、……でもやっぱ、上手くいかないなー」

「真似? 誰の?」

「え? あ、えっと…」

 アルタナディア様、とは言えない。バレーナとアルタナディアが決闘を行ったことについては戒厳令が敷かれているのだ。それにアルタナディア様が自分より凄い剣技を隠し持っていたと知れば、むしろアルタナディア様の印象が悪くなるだろう。

 上手く言葉が出ずに口ごもっていると、エイナが大げさに溜め息を吐いた。

「もういい。仮にも姫…じゃない、女王の側用人なんだろ。言えないこともあるだろ……適当なウソくらいつけるようになったほうがいいと思うけどな」

「うん?」

 あれ? 今のは正直者だと褒められた? バカだとからかわれた? まあ、わだかまりが解けたようだからいいか……。

「――よーし、いいか! 今日のメニューは今見たような乱取りだ! 時刻は日没まで! 相手は誰でもいいが、イオンハブス兵、エレステル兵と一戦毎に変えるように! 一番勝ち星を挙げた奴には賞金三十万……そしてあたしをやるぞ!」

 エレステル側から(主に男の)歓声が上がる。最後の一言は聞き間違えかと思ったが、どうやらいつものことらしい…。



「おお……やっておるなぁ」

 開始から一時間。早くも乱闘状態になりつつある演習場を一望できる、物見塔の屋上。アケミが座る席の後ろに現れたのは、軽装ながら鎧を纏ったバラリウス将軍だった。

「まずは互いを知る……レクリエーションといったところか?」

「戦い方、実力、性格……検問もザルの隣国とはいえ、軍の交流は百年以上なかったからな。偏見は早々に取り去ったほうがいいだろ」

「なるほど、広い視点で考えておるな。…お主、やはり今からでも将軍にならんか? ワシが推薦してやってもいい」

 アケミは過去にバレーナからの正式な誘いを断っている。もし将軍になるのなら、それこそバラリウスクラスの推薦が複数なければバレーナの面子が立たない。が、そもそもそういうことではない。シロモリが軍職に就かないのがルールなのだ。

「バカ抜かせ」

 アケミは鼻で笑ったのだが、

「しかし、将軍でなければ軍を率いることはできんぞ?」

 ――バラリウスの一言に沈黙するしかなかった。

「…時に、女王陛下はいずこへ? ご挨拶申し上げたいのだが」

「知るか。あたしはアイツの部下じゃない」

「ほう? 自らの主君でないとはいえ、女王をアイツ呼ばわりか。ずいぶんと仲がいいのだな」

「あたしは命の恩人だからな。それに敬意を払う事はないって、最初に言ってある」

「フハハハハッ…! よいな、若いというのは!」

 エレステルの誇る猛将は豪快に笑いながら去っていく。その後ろ姿が消えた後、アケミは舌打ちした。

 やはりあの男は気付いている。アルタナディアがどういう予見をして、備えているかを―――そして、その上で味方であるとは言っていない…。


戦闘シーンに手間取り、時間がかかりました。

(カリア意外とすごくね? でも実はアルタナディアのが数段上で、だけどアケミはもっと……といった感じの強さのヒエラルキーを表現したかったのですが…)

もしかすると後で書き直しなどするかもしれません…。

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