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アルタナ ―女王への階―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
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5.

「フン……いい気なものだ」

 馬車の窓から合同演習の喧騒を遠くに眺めながら、男は鼻を鳴らした。エレステルの地方領主であり、最高評議院十三席の一人、サジアート=ドレトナである。昨日アルタナディアとの会合に参席していたエレステルの重臣である。歳の頃はまだ三十四と、評議員の椅子に座るにしては若い。

「よろしいのですか? 会議中にグロニアを離れますが」

 隣に座る部下のダカン=ハブセン(サジアートよりさらに八歳若い)が意見するが、サジアートは一瞬眉を揺らしただけだった。

「言い訳はどうにでもなる。それよりも、だ! あの小娘が現れたせいでこちらの計画を修正しなければならなくなった…!!」

 当然、アルタナディアのことである―――。

「そもそもミカエルが勝手にイオンハブスに部隊を送り込んだからこうなったのだ、あのクズが!」

 ミカエルはサジアートの領地の隣に居を構える貴族で、古くから一族間での付き合いは深い。ただしミカエル自身はまだ若く、頭首の器があるとは言えない。サジアートは勢力に組み込んで上手く使うつもりだったが、今回見事に当てが外れたことになる。

「しかし藪を突いて出た蛇がバレーナ様ではなくあの姫君だとは誰も思いませんでした。おそろしい女です……しかしバレーナ様に剣で勝ったというのは本当なのでしょうか?」

「斬られてやったのかもしれん。城の者でさえほとんど知らんが、あの小娘に対するバレーナの溺愛ぶりは異常だ。幼少のころよりの仲とはいえ、隣国の王族だぞ!? イオンハブスとエレステルの王家が元は同じ血筋という逸話は、家系図が残っていないほど昔の伝説だ。にも関わらず、どうして姉妹と言える? あの思考だけはよくわからん」

「これより先はいかがいたしましょう?」

「うむ………」

 サジアートは顔を掌で覆って一考した後、大きく息を吸ってまた窓の外を眺めた。

「ダカンよ……今この時代は、歴史上稀に見るチャンスだぞ」

「心得ております」

「王が死に、天涯孤独となった姫君……どう転ばせても王になれるチャンスではないか! 数百年に一度の好機に野望を持たぬ男はおるまいよ。まして、俺は十分に釣り合う家柄だ。十三議席に身を置くだけの実力もあるし、バレーナとはそれなりに歳が離れてはいるが、不釣り合いというほどではあるまい」

「若々しく、鋭気に満ちておられます」

「だろう!? ヴァルメア王は身体の弱い男だった、だからこそこの時が訪れるかもと、俺は幼少のバレーナに目を掛けていたのだ。しかしバレーナは一向に俺に興味を示さなかった! なぜだ!?」

「まだ子供の時分なれば、サジアート様の魅力を理解できずとも止むを得ないかと」

「俺もそう思っていた! しかし違うのだ……俺は十年近く前にアルタナディアを市街へ連れ出しているバレーナを見かけたことがあったが、あれはまるで案内させられている従者のようだった。バレーナの方がアルタナディアに夢中だったのだ。それは今も、本質的には変わらん。だから揺さぶりを掛けた―――いや、掛けるつもりだったのだ。まさに奇跡的だが、イオンハブスのガルノス王も急逝し、仕掛けるには最大のチャンスとなった」

「そこでポーズだけをとればよかったのですが…」

「そうだ! そうすればアルタナディアの守備に手を取られるバレーナを糾弾し、早急に王を立てる必要性を説き、堂々と候補として名乗りを上げることができたのだ! なのにあのグズ、本当にに兵をっ……ああくそっ!! 思い出しただけで腹が立つ!!」

 硬いブーツで力任せに壁を蹴る。窓越しにギョッと驚く御者が見えた。

「さて……どうするか」

 アルタナディアの登場で事態は加速した。政治工作で玉座を狙うことは難しくなったが、選択肢は一つではない。それこそ十年以上望み続けてきたのだ、下準備も整っていればぬかりもない。

 ミカエルは残念ながら逮捕間近といったところだろう。勘違いでアルタナディアを襲い、且つシロモリが助けたという嘘みたいな間抜けな話が本当なら、もはや救いようがない。繋がりのある人物として自分たちの名前を吐く可能性もあるが、「イオンハブスに対する不満を漏らしたことはあったが、実際に計画を立てたわけではない」と釈明すれば乗り切れる。イオンハブスへの不満は長年にわたり大衆レベルで浸透していることであるし、そもそも実際にイオンハブスを襲ったのはバレーナなのである。ミカエルもそれを知る立場なのだから、謝罪さえしてしまえば政治取引で釈放される可能性はある。まだ首根っこを掴まれたわけではない……。それよりも問題は、アルタナディアの要求により、バレーナの戴冠が現実のものとなることだ。

 バレーナのイオンハブス襲撃は王になるための評定に致命的な汚点を残した。その点ではミカエルはよくやった。しかしアルタナディアはそれを不問にするどころか、かつてない協力関係を提示するつもりだ。それが評定点に加算されるならば、バレーナ女王の誕生に誰も文句をつけられなくなる。しかも時間を掛けるほどバレーナが回復し、戻ってくることも……

「……ダカンよ、貴様の言う通り、本当にアルタナディアはバレーナに勝ったのだろうか」

「居合わせた者の話では、そうだと」

「本当に血を流して斬り合ったのか? そうは思えん……。バレーナが攻め、アルタナディアが撃退した―――ゆえにエレステル国に負い目ができ、アルタナディアにペースを握られている。しかしこれが計画されたものだとしたらどうだ?」

「なぜそのように考えられるのでしょう?」

「バレーナが襲撃してから約一カ月、イオンハブスには混乱がなかった。バレーナはイオンハブスを解体・吸収することもなく、勝利宣言さえしなかったのだぞ!? しかもその間、アルタナディアは行方不明で……」

「……そこでシロモリと接触していることになりますね」

「そうだ! そうだろう!? 計画性を感じない方がどうかしている!!」

「するとバレーナ様との決闘はブラフ…?」

「かもしれん。だがアルタナディアは傷を負っているようには見えなかっただろう? それでバレーナが重傷というのもおかしな話だ。意図的に隠遁しているとすれば……まだ状況をひっくり返せる」

 クックック、と笑みを浮かべながらサジアートが壁を叩く。また御者が驚いたが、今度は見ていない。

「バレーナがどうなっているのか、調べる必要があるな……」


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