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アルタナ ―女王への階―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
30/35

18.9

「な、なぜこんなことに…」

 オーギンは漏れ出た言葉を呑みこむが、顔面は青ざめたままだ。

 あと百九十四人……七秒前にソウカが確認したオーギン兵の数はそれからすでに二人減っている。

 背後のバラリウス軍はすでに首根っこを掴まれそうな位置まで迫っている。押されるオーギン兵は前へと詰め、オーギン自身もバレーナから十五メートルの位置まで肉迫していた。しかし白兵戦の射程距離となってもバレーナ達は仕掛けてこない。それどころか全く動きを止めていた。前衛で奮闘していたマユラはバレーナの手前に戻っており、正確無比な射手であるソウカは残り三本の矢を右手の指にはさんだまま馬上で動かない。せこせこ動きまわっているのは息絶えた敵からナイフを回収しているミオと、主を失った馬を次々と手懐けていくアレインだけだ。

「あ~あ、こりゃ最悪のパターンだな…とっとと白旗上げりゃいいのによ」

 血で濡れた長槍を肩に担ぐミストリアの言う通り、もはやオーギンは詰みかけている。結果からみれば、残りの兵数が二百……いや、半分の二百五十を切る前に退却しなければならなかった。後方のバラリウス軍に攻め上げられ、前方のバレーナ達はいつの間にかバレーナを中心に椀形に陣形を変えている。これは防御態勢ではなく迎撃態勢であり、はっきりと戦う姿勢を示している。対し、オーギン軍にはバレーナと戦う武力も気力も残っていない。まだバレーナたちに倍の兵をぶつけられるが、オーギン自身それで勝てるとは思えない…。そして攻めることも守ることもできず、前方のバレーナとブラックダガーに退路を塞がれる形となり、兵はどんどん削られていく―――「最悪のパターン」である。

「…オーギンよ。貴様は将どころか、兵士に向いていなかったな」

 長らく静観していたバレーナがオーギンに声をかけた。

「バカな……私は何十年と訓練を重ねてきたのだぞ! 部下とて私が鍛え上げたのだ! 体力的なピークを過ぎたとはいえ、子供に負けるわけがなかろう…!」

「つくづく失望させるな。だがそれも仕方あるまい……貴様は戦士ではない」

「何だと…!」

 オーギンの顔が怒りでどす黒く変わるが、バレーナは堂々と相対する。

「何事も肝要なのは質だ。このブラックダガーはアケミが国中を周って集めた才女たちなのだぞ。そして結成して三年足らずとはいえ、各大隊の猛者達と実戦形式の模擬戦を百戦以上重ねている。まだ気付かないのか? バラリウスは貴様らに阻まれて私を救出しに来られないのではない。私たちを囮にして貴様の戦力を削いでいるのだ」

「―――!!」

「我々はブロッケン盗賊団を始め、実戦も潜りぬけてきた。命懸けで戦い、危機を乗り越えてきたのだ! 自宅の庭で素振りをしていただけの貴様らとは、闘争心からして違うのだ!!!」

 ―――ふるえる。

 味方を奮い立たせ、敵を恐れさせる。

 病み上がりなど関係ない。これが、王者の威風―――!!

「ブラックダガー、並びにバラリウス軍全軍に告げる!! 反乱軍を討滅せよ!! 目の前にいるのはエレステルの戦士を騙る粉い物だ!! その名と誇りを汚す不届きな輩に、本物のなんたるかを教えてやれ―――ッ!!!」

 バレーナの声が響き渡り、戦場から不意に音が消えるような、刹那の静寂。そして……


 ウオオオオオオォォォ!!!!

 

 巨大な獣の如き咆哮が上がる。そう、一斉に目覚め、牙を剥くのだ!!

「いいか!? もう行っていいか!!?」

 ついに暴風の如き荒れる戦場。二百に満たない軍同士のぶつかり合いなど記録上小規模な衝突でしかないだろう。しかし眼前に捉え、今その渦中に飛び込もうという最中―――長槍を握る手が震え、顔は紅潮し、ミストリアは愉悦を浮かべ高揚している。そこに「待ちきれない犬ね」とソウカが冷や水を浴びせるのが常だが、今日は言わない。代わりにバレーナが肩を引く。

「安心しろ。一番深いところへ連れてってやる」

 これを聞いていよいよミストリアは恍惚と唇を歪める。「変態…」とソウカが毒づくがもう聞こえていない。

「イザベラとハイラは私と一緒にバレーナ様のお伴を! アレイン――!」

「準備できてるよ!」

 ミオの指示を受けてアレインが馬を三頭引いてくる。先ほど手懐けた馬だ。申し合わせたようにイザベラとハイラはすぐさま騎乗する。

「マユラとソウカさんは他の皆を守りつつバラリウス将軍と合流を!」

 マユラが頷き、ミオに馬を譲るソウカがさりげなく「お姉ちゃんに任せて」とアピールするがミオには届いていない。

「ミストはバレーナ様の周辺で敵を掃討。ただし、アレインが一緒につくこと」

「えー!?」

「ミストリアの手綱は私が引くよ!」

 嫌がるミストリアの隣で騎乗したアレインがふんと鼻を鳴らす。やかましいアレインは馬の扱いが一流で、誰も追いつけず、誰も逃げられない。暴走しがちなミストリアのお目付け役なのだ。

 そしてこれまでのやり取りの間に残りのメンバーはすでに撤収準備を完了している。バレーナは興奮を抑えきれなかった。

「私もリハビリがてら、久しぶりに暴れてみたい気分だ。しかしここに至ったのも、全てお前達のおかげだ。私は一人では大したことはできん……お前達があってこそだ。だからその功に報いるためにも、完全勝利し、王になる! 皆……行くぞ!!」

「「オオォ―――ッ!!」」

 バレーナが飛び出し、ミオ、ミストリア、イザベラ、ハイラ、アレインと続く。これにソウカとマユラが加わったミオ以下七人のメンバーがブラックダガーの戦闘専門部隊である。突出した才能を持つ七人はベルマンが「口惜しい」と歯噛みするほどの戦闘力を持ち、その先頭を行くバレーナは彼女たちの力を最大限に引き出す礎となる。成果はすぐに示され、獰猛な雌獅子の群れは狙いを定めた獲物を荒々しく狩り回った。

「うっ――らあぁぁ!! あはははは!!!」

 水を得た魚のように暴れまわるミストリアは長槍をどんどん敵に叩きつける。オーギン軍は積み木を崩すようにあっという間に総崩れになり、もはや「戦い」ではなくなった。

「うお!? ひぅ―――!!」

 オーギンは指令を出すのも忘れ、部下も引き連れずに逃げるのに必死だった。戦場を縫うように馬を走らせ、しぶとく生き残っているが時間の問題か―――。

 足を止め、ソウカが矢を番える。まだバラリウス軍と合流できていないが、戦場の外周を行く自分たちを狙う余裕はオーギン軍にはない。他のメンバーもその場に停止し、ソウカを見守る………

「………お先にどうぞ」

 弓を構えたまま、ソウカは左後方でそわそわしているマユラに声をかける。マユラは小さく「じゃあ…」と答えながらも、ちょっと嬉しそうな顔をして自分の弓を出す。サイズの大きい金属性の弓だ。マユラ念願のオウル工房の品で、持つのも引くのも物凄く重い。完全に専用装備だ。これを試したくてずっとうずうずしていたのをメンバー全員が知っている。

 マユラが弓を引く。ギリギリと音を立てるのは弓を構成するパーツの合わせ目か、マユラの柔肌の下に隠れた筋肉か。番えた矢も金属製で、さながら小さな槍を飛ばす、冗談みたいな武器である。

 カン――――ッ!!

 放たれた矢はほぼ水平に、横からの風も切り裂いて一直線にかっ飛び、三百メートル離れたオーギンの馬の尻を射ぬく。馬は吹き飛ぶように倒れ、オーギンは落馬した。

「…お見事」

 ソウカが弓を下ろす。ほどなくして、戦いは終わった。



「バレーナ王女、ご無事で何より。瀕死の状態とも窺っておりましたが、噂が嘘のような戦いぶりでしたな。それにあの檄、鳥肌が立ちましたぞ」

「貴様は貴様で好き勝手戦っていたようだが」

 迎えに現れたバラリウスの賛辞にバレーナは白けた反応を返す。

「まさか、バレーナ様が討たれるのを待っていたのでは……」

 ミオの発言でブラックダガー全員の視線が集中し、バラリウスは慌てて首を振った。

「冗談を申すな!? そのようなことをすれば貴様の姉に後ろから斬られかねん……貴様の姉上は恐ろしいぞ? 公衆の面前でワシを殴り倒した後、三度も『死ね』と連呼したからな」

 ミオは押し黙り、急に気まずい顔になって、頭を下げた。

「恐らく姉が悪いのだと思います。姉に代わってお詫び申し上げます」

「フハハハ! アケミと違って生真面目よのう。それがチームの強さなのであろうが、もう少し肩の力を抜いてもよかろうに」

「………」

 ムスッとするミオの頭を撫でつつ、バレーナは続ける。

「状況を報告しろ。数百とはいえ、オーギンが手勢を率いてイオンハブスに侵入するほどなのだ。それに奴はアルタナを人質に取ることを臭わせていた……戦況はどうなっているのだ」

 冷静ながらも強い剣幕のバレーナを前にバラリウスはしばし沈黙し、緩やかに話し始めた。

「…アルタナディア女王の働きかけにより、バレーナ様が女王になることがほぼ内定いたしました。それを不服とするサジアートが挙兵し、ジャファルス軍と合流してグロニアへと進軍。演習場手前の荒野にて我ら第一・第二大隊合同軍と戦闘になったのが昨日のこと。戦闘そのものは勝利間違いなし、されどサジアートが別働隊を率い、戦地より遠く離れて布陣していたイオンハブス軍を襲撃。陣営は全滅し、アルタナディア女王は連れ去られた模様…」

 バレーナは息を飲み―――…焦燥を押し殺すようにゆっくり息を吐いた。

「それで…どうなった?」

「我らは予めオーギンを注視していたため、部隊を分け、我は配下とともにオーギンの阻止、並びにバレーナ様の救出を。ベルマン御大はサジアート・ジャファルス連合軍の掃討。アルタナディア女王の救出にはアケミ=シロモリが向かっております」

「アケミが……そうか…」

 バレーナは安堵した。アケミほど信頼のおける人間もいない。

「あの……イオンハブス軍が全滅という事は、アルタナディア女王の側近は…」

 ミオの問いにしばらく黙考し、バラリウスはポンと手を叩いた。

「おお、あの女剣士のことか? あの者は前線でアケミと共に行動しておったゆえ、おそらく無事だろう。女王の救出に向かったのではないか?」

「そ、そうですか…」

「何だ? 心配しておったのか?」

「あー…」

「違います! 借りがあるだけです! 誰だ、今『あー』って言ったの!」

 ミオは声の方を振り返るが、ニヤニヤしながらそ知らぬ顔の女が一人……おしゃべりアレインか。

「――とにかく、すぐにアルタナ捜索に向かう。ミオ、準備しろ」

 命令を出そうとしたところ、バラリウスにぐいっと肩を引かれる。

「それは容認できませんな、陛下」

「何だと…!?」

「本心はどうあれ、反乱軍の戦の大義名分の一つは陛下が居られないことなのですぞ。陛下はただちにグロニアに入り、イオンハブスとの友好を宣言されよ。さすれば反乱軍は目的のない謀反人となり、本当の意味で戦は終わりまする」

「だがアルタナがいなければ友好もなにもない!」

「陛下にしかできないことがございまする。そもそも事の発端は陛下が独断でイオンハブスを襲撃したことにあり、その結果、今回の戦で少なからず傷つき、倒れた兵がいるのです。ご自身の責任を果たされよ」

「………っ」

 拳を握りしめても反論できないバレーナ…。それを庇うようにミオが二人の間に入る。

「イオンハブス襲撃は誰も味方がいないあの状況でバレーナ様が選ばざるをえなかった最後の手段です……アルタナディア様に憎まれることを承知で、最悪自らの手で命を奪う可能性も覚悟したバレーナ様のお気持ちが、今さら忠臣面するバラリウス殿にわかるのですか!!?」

「……………」

 今度はバラリウスが沈黙する。その悲惨な様はアルタナディアが曝した傷痕を見れば理解できる。同じ傷を刻み合ったというのであれば、最悪な結果になったということなのだ。しかし……

「…よせ。バラリウスの言うことは間違っていない。感情だけで動き、多くの者を巻き込んでしまった。エレステルの王となるならば、その責任を取らねばならない」

「そんな……オーギン達の反乱はバレーナ様に非がないじゃないですか!」

「それはお前達がわかってくれればいい」

 そう言われてはミオも何も言えなくなる。場を支配する重い空気を切り裂いたのはロナだった。

「こうしてはいかがでしょう。ブラックダガーをバレーナ様護衛班とアルタナディア様救出班に分けます。もちろんバラリウス将軍にも協力して頂きます」

「うむ、無論」

 バラリウスが即座に賛同し、

「…そうだな。やってくれるか?」

 バレーナがブラックダガーの面々を振り返る。皆、快く頷く。

「…では、班分けは…」

「ミオ・ミストリア・アレイン・ソウカが救出班で、残りは護衛班ね」

 ミオが決める前にロナが割り込んでしまう。

「護衛はマユラとイザベラとハイラの三人を中心に。後のメンバーは残念だけど救出任務には力不足だし、疲弊してこれ以上の戦闘は無理よ。それにサジアート軍との戦闘が終わっていても事後処理に手が必要になるわ」

「だけど、私がバレーナ様のお側を離れるわけには…」

「この中でバレーナ様の名代にふさわしいのは、ミオだけよ」

「え? いや、そんなことは…」

 ミオが目を泳がせるが、間違いなく殺し文句である。

「確かに、ミオが行ってくれるなら私も迷いを振り払える。それにこれはあの女に借りを返せるチャンスだろう?」

「アルタナディア様もカリアもいい子だから、助けてあげて…」

 バレーナとマユラ、逆らえない二人の追い打ちを受け、ミオは止むなく首を縦に振った。




 四頭の馬が疾駆する―――。

 アレインが先頭で、その後ろで三人が並走する。アレインの操る馬に引かれると他の馬も驚くべき速さを発揮する。

「ねえミオ……女王の側近に借りがあるって、何?」

「あ、それオレも気になった」

 唐突にソウカが訊ね、ミストリアも乗る。

「ああ、二人はあの時フィノマニア城にいなかったから…」

「ミオはねぇ、カリアとやり合って腕を折られちゃったんだよ」

 アレインがあっけらかんと明かし、ミオは眉根を寄せる。そんなことを聞いたらソウカがどんな反応をするか目に見えている。

「え、マジ? アレだろ、合同演習初日で爆笑かっさらったってヤツ。オレら見てないんだよなぁ、合流早々女王の側に付いてたから」

「??」

 なぜ近衛兵のカリアが離れてブラックダガーが護衛についていたのか、当時のアルタナディアの行動を知らないミオは疑問符を浮かべてしまう。

「その女、どんな顔? 歳はいくつくらい?」

 鋭い瞳のソウカが執拗に追及する。よせばいいのに、アレインはのほほんと答える。

「顔って言われても……歳は私らと同じくらいだよ」

「そう……会えるのが楽しみね」

「お前………今絶対どうやって射殺すか考えただろ」

 唇の端を釣り上げて笑うソウカにミストリアが冷たい視線を浴びせる…。

「ソウカさん……」

「やっ……いやね、前にミオにどんな酷いことをしていても今は助ける対象だもの! お姉ちゃんはちゃんとわかってるわ!」

 否定するが、目が笑っていない……。ミオは不安が増すのだった……。







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