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八日前、アルタナディアとバレーナの決闘直後―――。
斬り合い、血みどろの戦いの末に勝利したアルタナディアだったが、その差は膝をついていなかったかどうかでしかなかった。両者とも出血量は凄まじく、すぐさま緊急手術となる。しかし瀕死の状態でありながら、アルタナディアは鬼気迫るほどに目をギラつかせ、指示を出す。
「バレーナを、優先してください…」
「し、しかし…」
「必ず助けなさい! 身命を賭して!!」
「は、はっ…!!」
集まった医師団は、血の気が引いて青ざめる姫の気迫に圧倒される。とても檄を飛ばせるような状態ではないはずなのに、恐るべき精神力―――。
さらにアルタナディアは剣で刺された胸を押さえながら、数人の人間を招集するように命じる。
親衛隊長グラード。
騎士団長カエノフ。
カカ総務大臣。
侍従長マデティーノとメイドのウラノ。
バレーナの部下である「ブラックダガー」隊長のミオと副長のロナ。
そしてアルタナディア以上に蒼白の面持ちの近衛兵カリアである。
呼吸も絶え絶え、もはや満身創痍である……。しかし手術台の上、治療しようとする医師長を制止し、アルタナディアは集合した一同を一人ずつ見据えてから声を絞り出した。
「これから出す命令は、誰一人として異論・反論を認めません。速やかに命令を遂行してください…」
誰も口に出して返事をしない…。この状況で、一体何をしようというのか。その疑問だけがただただ膨れ上がる。
「私はこれから兵を率い、エレステルへ向かいます…」
「ええっ!?? 姫さ――」
アルタナディアの瞳がぎろりとカリアを捉える。カリアはそのまま言葉を呑みこむとともに、アルタナディアが未だに命懸けで何かを成そうとしていることを直感的に理解した。
「ミオさん…我が国の兵士がエレステルの養成所などに寄宿する場合、最大収容人数は…?」
「え、と…」
答えられないミオはロナに目線を送る。意図がはっきりしないまま兵士を入国させることとなれば大問題だ。アルタナディア姫は戦争をするつもりなのか? そもそもバレーナの直属部隊であるミオたちに軍の施設をどうこうできる権限はない。
「交渉と準備次第ですが、十日後にグロニアに到着するとして……四千弱が限度かと」
ミオに代わり、ロナが答える。さすがロナだとミオは内心安堵した。ロナはブラックダガーの中で唯一剣を持たないメンバーで、部隊の参謀役である。事、交渉術にかけてはエレステルの外務大臣が一目置くほどなのである。おそらく不可能な数ではなく、かつ有事に対処できる数を提示したのだろう。第一、イオンハブスの総兵数は非常勤の者を含めても五千に満たないはず。現実的には千も連れて行けるかどうかだろう―――。
「ではカエノフ騎士団長、今すぐ騎士五百、兵三千を招集し、出立の準備をさせなさい」
「さっ…三千、ですか…!?」
「グラード親衛隊長は残りの兵を指揮し、第二級の警戒態勢を維持してください」
「はっ…!」
「カカ総務大臣、四千人の二週間分の食糧を用意してください。予算に歯止めはかけません、備蓄が尽きても構いません。市民からも無理のない限り協力を要請してください。同時に略式で私を女王に承認する議決を即座に取ってください」
「お…仰せのままに…」
「マデティーノは兵と私の世話係を選抜してください。ウラノはバレーナ殿下の御世話を命じます」
「……かしこまりました」
「ではそれぞれかかりなさい。出立は明日の午後一時とします。これは国家存亡に関わる重大な局面であると心得なさい……―――解散!!!」
アルタナディアの重みのある声が部屋中に響き渡る。手術室は決して広くはないが、今のアルタナディアが出せる声量ではない。そこに王の威厳があった。命じられた各々は弾きだされたように部屋を出ていく。それらを見送った直後、アルタナディアは苦悶の表情を浮かべ、体制を崩す。
「姫様…!」
慌ててカリアが支え、そのまま寝かせた。アルタナディアは血と汗で濡れ、身体は冷たくなってきている気がする…。
「心配、いりません……。ミオさん、お願いがあります…」
「はい…」
「アケミ=シロモリと、連絡が取れますか…?」
途端、ミオは言葉を詰まらせた。唇を噛んだ後、苦々しく返答する。
「姉です…」
「え!? お前、アイツの妹だったのか…!?」
ミオはカリアを睨むように一瞥し、すぐにアルタナディアに視線を戻す。
「…わかりました。私が連絡役になります」
手を上げたのはロナだ。
「ブラックダガー、並びにエレステル軍もアルタナディア様に従事いたします。ただ、ミオはバレーナ様のお側に置くことをお許しいただけますでしょうか」
「……よろしくお願いします…」
そうして二人も去り……医師を除けば、カリアだけが残った。
「姫様、私は何を…」
「…もはや麻酔をしている余裕はありません、このまま治療をしてもらいます」
側で聞いていた医師団だけでなく、カリアもぞっとした。どれほどの縫合をしなければならないか、見当もつかない。消毒薬は焼けつくような痛みだし、自身の身にメスや針が刺さるのを目の当たりにするのは、兵士であっても冷や汗が止まらないと聞く。それをこの細身の姫様が……!!?
「カリア……私が気を失わないように、手を握っていてくれますか…」
声が、指先が震えているのは、血を流しすぎたせいだけではないだろう。硬い表情の中で、瞳の奥が不安に震えているのをカリアは感じ取った。
「はっ…はい!」
そして手術が始まった。
口に布を詰め、声にならない悲鳴を上げて苦しむ姿を、
折れそうなほど強く握り返された手の痛みを、
生に執着するアルタナディアの瞳の光を―――カリアは一生忘れることはないだろう……。
ヘスティア様を讃えるpopを作っていたら前回更新から二週間経っているとは……恐ろしい…。