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アルタナ ―女王への階―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
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 会議室に集まった一同は、硬い面持ちで沈黙していた。

 アケミが招集された場所は、会議室と言ってもグロニア城内ではない。第一大隊駐屯地内にある軍統括本部施設「ニノゼロ」と呼ばれる建物の中の会議室である。ここは年に数度、大隊長クラスが一堂に会して軍の方針を決めるとき以外は使われることがないはずだった。しかし今この場にいるのは第一大隊隊長であるバラリウスと副長のブリッシュ=コースト、第二大隊隊長ベルマンとその副長のナムド=ハース、その他第一・第二大隊の主な上級士官たちばかりが揃っている。

「あ。ナムド副長、お久しぶり」

「ご無沙汰しています」

「ん? お主ら、知り合いか」

 挨拶を交わすアケミとナムドを見てバラリウスが目をぱちくりさせる。ナムドはまだ三十手前と若いが、ベルマンの肝入りである。曰く、「兵としては凡庸だが将としては非凡」らしい。ナムド本人はどちらかといえば大人しいが、人を使う才能に長けていることはバラリウスも認めている。しかしアケミと接点があったとは思わなかった。

「昔からいろいろ世話になってる」

「いえ、私の方こそ助けて頂いてます」

「うむ、お主らのような若者が束になれば将来は安泰……と言いたいところだが、ワシも結構手を貸しておるつもりだが、態度が違わんか?」

「知らん。顔の差じゃないか?」

「うぬ!? ワハハハ、仕方あるまい……しかし並の男がお主にそう言われると心が折れかねんぞ」

「?」

 奔放、豪快、鬼才……型にはまらないアケミだが、紛れもない一級の美人である。アケミは自身の女の部分を武器にして使っているつもりだが、まだまだ本当の意味では自覚していない。

「――しかし、昨日の慌てぶりが嘘のように落ち着いているな、シロモリよ。楽しめたか?」

 何を、とは言わなかったが、昨日の「遊んでくる」を指しているのはわかった。もはや貴族・軍人の間でアケミが花街で女を囲っていることを知らない人間は皆無と言っていい。だからアケミも平然と答える。

「別に……。ケンカになりかけてたから、呼び出されてちょうどよかった」

「ほほう? 何があった?」

「何を興味深々な顔で聞いてるんだ……そっちこそそんなに悠長にしていていいのか。反乱だぞ、反乱! しかもバレーナがいないままで、だ。まあ昨日の会議に参加せず、音信不通の時点で誰が事を起こすかはっきり予想できたからまだ冷静だが……時間がないんじゃないのか?」

 アケミの指摘にナムドが頷いて、全員が囲む机上の地図を指す。

「サジアート=ドレトナが軍を起こしたのは交易都市シーマ。同時に領主四名も連なるように挙兵し、合流。兵力は私兵千二百、傭兵が一千」

「一千!? 多いな…」

「そう、一日二日で集まる数じゃない。それにシーマはドレトナ領に入る手前、グロニア寄りの都市だ。ということは、かなり前から準備していたことになる」

「…そもそもバレーナがイオンハブスに仕掛けるきっかけを作ったのも、元を辿れば奴だ。幼女のバレーナに色目使っていた変態だぞ? いろいろ準備もするだろうさ。ただ……」

 アケミも押し黙ってしまう。その様子を見て、先程からずっと難しい顔で顎髭を撫でていたベルマンが唸る。

「さて、そこよ……今回お主を呼び出した理由じゃ。アケミよ、幼少からサジアートを知っているお主から見て、あ奴は事を起こすような器かのう?」

「……無くはないと思う。それこそ積み重なった野心があったはずだ。だがバレーナを敵に回すかというと……どうかな」

「ふむ…。シーマで挙兵したことでワシらの虚を突いた。内陸寄りの地点からグロニアへ進行することにより国境線に構える大隊の手が届きにくくなり、サジアートに向けば背後をジャファルスに狙われるゆえ追撃することもできん、必然的に中央におるワシらが相手をせねばならん…。間接的とはいえ状況を作り出して情報操作し、自らの正当性を主張する……ここまでを見れば、ワシは正直あの若造をナメておった。サジアートという男の認識を変えねばならん……と言いたいところじゃが、兵が二千ぽっちではどうにもならぬのう」

「伏兵や主張に同調して合流する者が出ても三千がいい所だろうな。対し、第一・第二大隊を合わせた現在待機の総兵数は五千五百。イオンハブスの兵が撤収するタイミングを狙ったんだろうが、それでも倍近い戦力差だ。抑え込むこともできるだろう」

 それはベルマンとバラリウスがこの事態を見越して兵を待機させていた成果である。まさに読み通りなのだが、それでもベルマンは険しい表情を崩さない。

「そうなるといよいよ読めぬ……あのサジアートにとって、どこが着地点なのじゃ? このまま戦っても勝てぬ。かといって時間をかければバレーナ様がご帰還なされ、ただの謀反人となる」

「…シロモリよ、何か心当たりはないのか?」

「……そう言われてもな…」

 アケミも首を捻る。アケミが知る限り、サジアートという男はただのガキである。自分が王になるべきだと信じて疑わず、そのための努力を惜しまない。妙なカリスマ性があって従う者もそれなりに多いが、そのほとんどが自分より年若い連中ばかり。年長者からは相手にされず、だから最高評議院でも発言力がほとんどない―――詰まる所、お山の大将でしかないのだ。しかしベルマンの指摘する通り、全体像を見れば今回の行動に至るまでの流れが緻密に計算された壮大な計画のように思えてくる……この違和感はなんなのか? 

「問題はもう一つあります」

 ナムドが机の上で手を組む。核心を突くときのナムドの癖だとアケミは知っている。

「あちらの主張に対し、こちらが上手く弁明できないことです。バレーナ様とアルタナディア女王の決闘、その結果敗北したことは間違いないですし、それに伴う誓約書は事実上の無条件降伏、さらに多額の賠償金の支払いもあります。これが公になればバレーナ様が女王になることに批判的な意見が続出します。敵がこのカードを切ってきた場合、こちらの兵が大きく減る可能性は十分に考えられます」

 ナムドの意見にその他の多くが溜め息を吐く。士気の低下―――これが目下、一番の問題である。

「こう言ってはなんだが、昨日のミローリ殿の質疑……あのような疑いを持たれるのも当然であろう。我々にもアルタナディア様が味方である根拠を示し様がない。そこでもう一つ訊ねるがシロモリよ、お主、バレーナ様とアルタナディア様のことで何か知らぬか?」

「はあ?」

 バラリウスの質問は抽象的だったが、アケミにとってはぞっとするクエッションだ。

 まさか、二人の関係のことが……

「たとえば姉妹と呼び合う仲になったエピソードとか。ん?」

「…………」

 取り越し苦労か……ならば少々間抜けだ。

「そんなの知らんが、それを聞いて決闘の事を知ったら、二人の関係は決裂したと誰もが思うだろうよ」

「で、あろうな。ならば……お主が旗頭として立たぬか?」

「はああ!?」

 冗談でも笑えない提案だが、周りの目は真剣だ。呼び出されたメインの用件はこれか!

「ちょっとまてちょっとまて、どうしてそうなる!? 軍の総大将はベルマン殿しかいないだろう!」

「無論軍の指揮は御大が執る。そうではなく、お主が立つのはバレーナ様のポジションよ。バレーナ様と入魂の間柄であり、アルタナディア女王とも近いお主がバレーナ様の代役となり士気を高めるのだ」

「無茶いうな!? それにあたしはバレーナからの将軍職の誘いを蹴ってるんだぞ!?」

「だからよいのだ。シロモリとしての立場を貫き役目に一途。ただ君主に迎合するのみにあらず、理を知り道を説く。そのお主が王女殿下を支持することに意味があるのだ」

「え!? いや…!??」

「言っておくが、褒めておるのだぞ」

「いや、褒めるとか褒めないとかじゃなく―――あたしがそんな器じゃないことはわかってるだろう!? 嫌われてるし、敵もいっぱいつくってる! 一般人からの評判だっていいものじゃない!」

「最後のはお主の素行の問題であろう」

「ぐ…!」

 バラリウスに指摘されるとは…! しかし言い返す言葉を持たない…!

「シロモリ殿。敵はあなたが言う所の『変態』サジアート。あなたはそれにまるで対抗できないと?」

「ぐぬぅ…!!」

 ナムドのこういうところは相変わらず苦手だ。何かと協力的になってくれるが、貸した分はきっちり回収する男なのだ。

 ギリギリと歯軋りするアケミだったが、諦めたように深く息を吐きだし、緊張感のある凛々しい表情を覗かせる。

「了解した…。あたしも今回の事態に加担した一人とも言える。元よりバレーナの反抗勢力とは戦うつもりだったし、剣を抜くことになれば先頭で斬り込む位置が合っているだろう。ただし、私はバレーナ王女とアルタナディア女王の関係性を兵に納得させる言葉を持っていない」

 こればかりは本人たちがやるしかない。二人が相思相愛であるのは間違いないが、それをそのまま公表してもマイナスにしかならない。しかしバレーナを女王にするため命を擦り減らすように働きかけたアルタナの努力を無駄にしてやりたくはない。

 あたしはバレーナを親友だと思っている―――。

 アルタナはあたしを親友だと言ってくれた―――。

 今こそ、応えなければならない……!

「…サジアートの目的がなんであろうと、我らが『女王』に立ちふさがる者がいるならば、叩き潰すだけだ」

 口をついて出てしまったセリフにアケミは焦った。ぐるりと目を動かし、周りの反応を窺うと―――皆、ニヤニヤと笑っていた。

「やはり本音はそこではないか」

「これ以上ない人選でしたね」

 バラリウスとナムドが手を叩いてわざとらしく賞賛する。この二人、本当のところどこまで知っているのか?

 ベルマンも大きく頷き、「白き大熊」たる力強い相貌を上げた。

「うむ……それでよい。こちらの動揺は敵の思うつぼ。ワシらは真にバレーナ様に忠を尽くすエレステルの戦士。横綱相撲こそがふさわしかろう」

 全員の意気が上がる。アケミにしてみれば乗せられただけだが、この際それはいいだろう。あとは他の兵士にも意気高揚が伝わるか―――そしてアルタナディアにはどう伝えるか。時間はあまり残されていない。


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