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第六話

フードを脱いで、紅茶を入れる。夜食用に焼いていた小麦粉を溶かしたものを焼いただけのものに、ジャムを付けて出すと、子供は不思議そうに美巳を見上げていた。

「どうした」

「魔法使いなのに、お爺さんじゃない」

余りに正直な言葉に、美巳の口元に浮かぶのは苦笑だけだ。

「爺だと思ってたんだな」

「だって、お母さんの持ってる本では」

子供は口を尖らせる。まだ若い美巳は、子供の持つ魔法使いのイメージからは遠かったようだ。

「これ、食べてもいいの?」

「ああ。こんなものしかないけどな」

子供のおやつとしてはどうだろうかと思いつつ皿を押しやると、子供は目を輝かせてパクついた。

「美味しい。魔法使い、料理上手いね」

「そうか。あまり急いで食べると喉に詰まるぞ」

ストレートに褒められて、美巳は嬉しくなる。こんな風に誰かと食事をするのは随分久しぶりだ。

「にがぁい」

お茶を一口飲んだ子供が、顔をしかめた。どうやら、ラズベリーの甘い匂いに釣られて甘い飲み物だと思ったらしい。

「ジャム入れるか」

「うん!」

ラズベリーのジャムを入れ掻き回すと、溶けきれないラズベリーがキラキラとお茶のカップの中を回った。

「綺麗。魔法みたいだ」

どうやら、子供の中では美巳は魔法使いに決定したらしい。まぁ、夜中に薄暗いキャンドルの光で生活し、フードを被って人目を避けている男など、不審人物以外の何者でもないのだが、子供がそう考えているのなら、そのままにしておいた方が美巳も都合が良かった。

いつか、大人になれば『魔法使い』のことなど忘れてしまうだろう。夜中に何度も抜け出す子供の行動など、親にはすぐにバレる筈だ。

そう思った美巳だが、子供は数日に一度は美巳の元を訪れた。もちろん、全て相手をする訳では無かったが、数度に一度はちょっとだけ話をして、一緒に食事をする。

人懐こい子供の笑顔は、数年は篭っていなければならない美巳にとって、ひと時の癒しだった。

もちろん、期間限定のものではあったが。

『この期間は人間との接触は禁じられている筈だろう』

定期的な報告を入れるための最上階の屋根裏で、相手はそう告げる。考えは全て読み取られているので、嘘や誤魔化しは効かなかった。

『あくまで偶発的なものだ』

ちょっとだけ、深入りし過ぎた感は美巳にもある。本当ならば、二度目は姿を現さない方が良かったのだ。

幾度も通ってくる理由を知りたい好奇心が勝ってしまったのが運のつきである。会話を重ねるうちに、理由を探るよりも人恋しさの方が勝ってしまった。

『次で最後にする』

美巳は自分に言い聞かせるように呟く。次に子供が来たら、理由を聞こう。それで魔法使いは最後だ。

「魔法使い」

子供がやってきたのは、数日後のことだ。たまに間が空くことがある。だが、彼はいつも満面の笑みで掛けてくるのだ。

その日も子供を中へと招くと、美巳はさっそく訳を探ることにする。もう猶予は無かった。

「魔法使いはいつまでここにいるの?」

すっかりお気に入りになったらしいジャム入りのお茶を飲みながら質問したのは、逆に子供の方である。

「何故だ」

「お母さんが、いつかはいなくなるって言ってたから」

どうやら、夢物語だと思っているらしい母親は、常識的な慰めを口にしたらしい。

「そうだな。用事が出来れば、何処かへ行くな。ここは元々仮の住まいだ」

「やっぱり、そうなんだ」

あからさまに落胆を示す子供に、美巳はクスリと笑った。

「お母さんが小さい頃も、魔法使いが住んでたんだって。でもいつの間にか居なくなっちゃったって言ってた」

「お母さんは今、どうしてるんだ」

「夜は働きに行ってる。朝、帰ってくるよ。看護婦さんなんだ」

どうやら、父親はいないようだ。夜に寂しくてうろついていたのだろうか。

「魔法使いはいつか帰ってくるの?」

「ああ。そうだな。でも大人になったら、お前の方が覚えてないさ」

笑い掛けた美巳を、子供はじっと見つめた。そして、下を向く。

「魔法使いもお母さんと同じこと言うんだね」

子供なりに納得しなければいけない事はあると弁えているようだ。幼ささえ感じさせる割りには、この子はしっかりしている。

黙ってしまった子供の顔をキャンドルが照らしていた。


「紅林。これでいいか」

他人がいるという状況に慣れてしまった所為か、それとも勇人の気配が薄い所為か、美巳は勇人が仕事を終えても気付かないことが多く、最近では仕事が終わり、美巳の執筆が一区切り付くのを待って、勇人から声を掛けて来るようになった。

「ああ。勇人さん、ありがとう」

「紅林。いつも思うんだが、PC苦手なんだよな。その後、原稿どうしてるんだ? 編集さんが取りに来ている様子もないし」

勇人の疑問はもっともだ。せっかく入力しても、メールを使用している様子が無いので不思議に思ったのだろう。

「ああ。メモリーカードくらいは使えるよ。それを送ってる」

「それは使えるのか?」

「まぁね。時間は掛かるけれど」

美巳が嫌なのは、むしろ言葉を書くのに機械を用いることだ。自然なそれが変化していくように感じられて仕方が無い。

「やっぱり、俺を雇うよりも何処かの教室に通った方がいいと思うぞ」

言いながら勇人がメガネを外し、肩を回した。

「肩こりか」

「どうしても老眼鏡を使った後は来るな」

どうやら、美巳が考えていたよりも勇人はずっと年のようだ。妙な顔になった美巳に、勇人は珍しく正確な答えを返してきた。

「五十も過ぎれば当たり前だろう」

「いや、ずっと近眼だと思ってたよ」

細かい作業をするときだけメガネを掛けるので、すっかりそうだと思いこんでいたのだ。

「そうだ、今日はこれ借りていってもいいか」

美巳の執筆中に物色していたらしい本を差し出す。紅林美巳名義ではないが、それも美巳が書いたものだ。

「随分古い本だが、それ、読んだことあるのか」

見抜いた上での選択か、それとも単に読みたかっただけで選んだものか。疑問をぶつけると勇人は懐かしそうに目を細める。

「母が持っていた」

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