お見合い
「お父様ったら…」
父が国を守るために自分を嫁に出そうとしていることは分かっている。そのためにはおしとやかで女らしい役を望まれているのも分かっている。けれど、サーシャはその中に押し込まれそうになるとき息が詰まるような気がする。人工的に作られた香水に鼻を捕まれ死にそうになってしまう。自分がそう言う生まれなのは分かっているが、時々それを壊したくなる。
ため息をつきながらサーシャが自分の部屋を開けるとたくさんの女官が彼女を待っていた。たちまち浴槽に放り込まれ、美容に良いというユリのオイルを塗りこまれ、窮屈なドレスを着せられた。それはウエストを細くして腰と胸を強調するような物だった。コルセットがきつい上にごてごてとしたアクセサリーをつけられ、これで本当に歩けるのかと不安であった。仕上げにとおしろいや頬紅が辺りを舞い、サーシャは急いで父である王の元へと送り届けられた。ためらいがちにドアを開けた瞬間、父の表情がわずかに緩むのを見てほっとした。
「遅くなりました」
冷たい玉座に座った王は無言で頷いた。サーシャはこっそり、鏡に映った自分の姿を映し見た。
「そなたをここに呼んだのは二つある。まずは昼間のあの行為は何なのだ。王女らしからぬ行動をとったとして後に罰を与える」
やはり怒られてしまった。罰が軽いものであればいいのだが。
「そしてもう一つは。ただいま、隣国イウェンサ国の王と、王子が我が国を訪問している。イウェンサ国といえばこの辺りで一番の勢力を持つ国だ。好都合なことに王子は結婚相手を捜しているという」
そう言葉を句切って、サーシャをチラッと見た。サーシャが押し黙っていると、気まずそうに咳払いをして後を続けた。
「そこでだ。そなたが王子をどう思うかが聞きたい。頃合いを見計らって入ってこい」
それでも、サーシャが黙っていると、王は言いにくそうに言った。
「…今夜のドレスはよく似合っている。まるでマーヤの再来のようだ」
マーヤとは亡くなった王妃であった。おしとやかだった彼女はサーシャを生んだ直後、体をこわしてこの世から旅立った。それから、王は再婚することなく一人で寝ていた。サーシャも何となく自分が成長するにつれ王の視線を感じていた。
夜会は広いテラスで行われた。空中に張り出した庭には広い葉が張り出し、豪華な噴水が沸きたっていた。その真ん中でたくさんの蝋燭に囲まれて王とイウェンサ国王と王子の三人が会談している。
サーシャは膳にのった紅茶を渡された。目配せの意味からうまくやれということなのだろうか。唇を噛んで意を決して扉の隙間から滑り出る。
三人は蝋燭の林の中、優雅に近づいてくる娘の姿に魅了されていた。がさつで有名なサーシャ姫であるが、それは素である時のみだ。彼女がそうであろうと心がけ、実行した際には、元々生まれ持ったものも助長してそれは誰もが見とれるほどの振る舞いを発揮した。
優雅な手つきで三人に紅茶が注がれて、高価な香りが漂ったとき、イウェンサ国の王はやっと口を開くことができた。
「おいしい紅茶をありがとう。これはどこの物かな?」
「我が国の高山地方でしかとれない高級な物です。王の口に合えば幸いですが」
イウェンサ国王は満足そうに頷き、父の表情も軟らかくなる。
「これは私の娘、サーシャでございます。今年十四になったばかりです」
「ほう、なんと美しい娘なんだ」
王は無言のメッセージを送り、イウェンサ国王はニヤリと笑った。
「どれ、私たちは昔の思い出話でもしようかな。おい、ルッサ、おまえは席を外しても良いぞ。年寄りの話は若者にとってつまらないものだからな」
すると、申し合わせたように父は続ける。
「それではサーシャに我が庭を案内させましょう」
サーシャはイウェンサ国王の隣に座っていた王子を見た。薄い色の髪に王子に相応しい端正な顔。彼はにっこりとサーシャに笑いかけた。
「それでは、お願いします」
サーシャは王子と連れだって歩き始めた。王子は節度を保ちサーシャに話しかけてくれた。しかし、サーシャは国の安否に関わる故、言葉に気を遣ってしまい、しまいには会話が途絶えてしまったりしたが、相手の王子は至って自然で笑ったり新たな話題をふったり、サーシャの話を聞いたりしていた。
ルッサは日ごろの生活についてサーシャに尋ねたところであった。
「―――それでは、王女様はダンスがお嫌いと言うことかな?」
「…あの、私のことは王女様でなくて、サーシャと呼んでください。そうですね、ダンスは大好きです。けれどその前後にやらなくてはいけない作法がどうしても好きになれなくて。どうしてダンスよりも作法が長いのだろうといつも思います」
王子はサーシャの率直な答えに声を挙げて笑った。
「そうですか。いや、確かにそうですね。私もダンスひとつにどうしてこれほどまで覚える前儀が多いのだろうと思います。しかし、作法は女性として大切だと思いますよ」
王子との会話は比較的弾んで楽しかったが、どこかしっくりこなかった。どこか、自分の表面で王子と話しているという感じで、彼が将来の伴侶と言うことは考えられなかった。そして、彼の熱っぽい眼差しと視線が合ってもなぜかしらすぐに目をそらしてしまった。
「危ない」
王子はサーシャの手を引き、彼の糊の利いた服の匂いを一瞬嗅いだ。王子は顔をわずかに赤くして、誤魔化すように言った。
「服に火がつきそうだったので」
王子の手はまだつながっている。冷たいが、湿っている。
「あ、ありがとうございます」
サーシャは何となく手をほどいて歩き始めた。その後から王子が続く。
夜会の後、処分を決めると言いサーシャは呼び出された。酒など飲んでほろ酔い気分の王は上機嫌だった。どうやら、イウェンサ国との交渉がうまくいっているらしい。
「よくやったな、サーシャ」
娘を柔らかく見つめる父に目を合わせられず、俯くばかりだ。
「お前の気品に国王もよろこんでいられたぞ」
王である父はそれ以上に喜びサーシャに命を下した。
「そなたの態度は良かったし、国王もおまえ達の関係に対して好意的だ。そこでだ。よって、罰をなくす。しかし、後で必ず王子の元を訪ねなさい。いいね?」