男勝りの姫
「お待ちください、お嬢様、お嬢様!」
うわずった声は石で出来た城で良く響く。声の後ろには気の弱そうな中年の大男が付いてきた。日に焼けて鍛え上げられた筋肉を持っているがどこかお人好しな顔である。そして彼は重いブーツで音を立てながら階段を駆け上がる。
「お嬢様、またどこにいらっしゃるのですか? 今度ばかりは見逃されませんよ。早くドレスにお着替えください」
彼の前に黒い影が踊って、小さな影が地面に膝をつく。一見男の子かと思うほど、敏捷な動きだが、桃色の唇からは紛れもなく乙女の声が聞こえてきた。
「大丈夫よ。見られたのは一瞬だし、お父様も気づいておられないわ」
大男はあくまで言い張る少女に眉毛を下げた。伸びやかに立ち上がった少女は腰に手を当てまっすぐ男を見上げた。
「いいえ、今回ははっきり確かに見つかってしまいました。私はお嬢様をお呼びするよう仰せつかっております。…ドレスを着て、女性らしい格好をしたあなた様に」
瞬間、少女の愛らしい唇はヘの字に曲げられる。国の宝とも言われる美しい緑の瞳は鋭い光を宿す。
「私が何だって言うの! 剣術を習おうと私の勝手じゃない。それなのにお父様は私に女としての型を押しつけようとする。いいこと、デューセ、お父様にこう言って頂戴。結婚はしないわ」
「そうはいっても、しかし…」
うろたえる男に、少女はぷいっとそっぽを向きバレッタを抜き頭の上でまとめていた髪を解き放った。途端に絹糸より艶やかで柔らかく髪は空中でゆったり泳ぐ。そして少女の細い首筋にフワッと降り立つ。デューセはごくりと息を飲んだ。もし一瞬でも少女がこちらを振り向いたら、運動のため白い頬を淡く染めた端正な顔がこちらを向くだろう。誰もが羨む髪に、輝く瞳。男なら誰でも恋するだろうその姿なのに本人はそれをまったく自覚していない。はっきり言うなら彼女は恋をしなかった。おかげで、それに習う細やかな気遣いはなく誰に対しても正直に悪く言えばがさつに接していた。
しかし、父親である王はこの小さな国を安定させるために美しい娘をどこか大きな大国に嫁に出そうと磨こうとしていた。だが磨く時期が遅すぎたのかとげとげしいイバラは未だバラの花を咲かせようとしない。父の苦労を知らずに少女は兵士達と一緒に豪快に笑い、剣を振るっていた。
「ほら、何しているの。早くお父様にこのことを伝えて」
「しかし、お嬢様を連れてくるまで戻ってくるなと言われまして、出来なかったら私は首だと」
ぱっと、振り向いた顔には驚きが浮かんでいる。
「お父様が? そんなことを? いいえ、私がそれを許さないわ。職権乱用よ。私が直々に言うわ」
そう言う限り、つかつかと自ら歩き始めた。いきり立つ背中を見つめほっとデューセは肩をなで下ろしたが、同時に少女の肩の細さに危機感を感じていた。自分たちが住んでいる国は小さくいつ他国から侵入を受けるか分からない。この国の未来は彼女にかかっているのだ。