ドS? いや、違います。
今回は5000文字前後。
前作『ドМではありますが?』の、常盤尊ちゃんの物語。
――夕暮れの学校で。
光と影のコントラストが美しい放課後の、誰も居ない教室で行われている二人の乙女たちによる密談。
一人は可憐な、黒髪の清廉とした美しい少女。彼女は愁いを帯びた瞳で、もう一人の少女を見つめては溜め息を吐いている。
もう一人は黒茶髪で、見るからに天真爛漫な少女。彼女は溜め息を吐いた方の少女を、まるで恋をしている乙女のような瞳で見つめている。
黒茶髪の少女は、どこか緊張しているような顔付きで、ゆっくりと唇を開いた。そんな黒茶髪の少女に、何かを感じ取った黒髪の少女は、愁いた瞳を退いて表情のない瞳で見やる。
「尊ちゃん! 今日は罵ってくれますか!?」
「床に這い蹲って、三回回ってワンと言ったらな」
* * *
俺の名前は、常盤尊。性別は男。黒髪黒目の、どっちかと言うと美形だと自負してる容姿を持つ一般男児だ。
乙女趣味の両親を持つ為に、幼い頃からフリルやリボンを使われた服を着(せられ)ていたせいか、それとも容姿から性格から、まさに大和撫子と呼ばれるに相応しい姉に憧れたせいか。いつの間にか自分でも、あぁ成りたい、と、女装をするのが好きになり、今では立派な趣味と化した。
俺はこれが変だとは理解している。自分が好きだからしている事であり、誰かに強制されている事ではない。……まぁ、この事は、流石に家族以外で誰にも言えないので、ずっと隠し続けてきた。
俺は、自分で言うのもなんだが、男っぽい格好が似合わない。主にどちらというとか弱い女の子のような容姿のせいで。そのため、中学生の頃は、本当は女じゃないのか? って疑われたり、男でもいいから好きです! って言い寄られてガタイのいい男に襲われたりした。俺は確かに女装好きだが、恋愛対象は普通に女の子だ! クソッタレ!
まぁ、その、襲ってきた奴らは俺に逆らえないように調きょ……関節技の躾はしたけれど。ちょっとワクワクしたのは気のせいだと思いたい。これ以上変人にはなっていけない気がする……。
流石に男に襲われるだなんて、と、この自分の容姿を少しは恨んだりもしたが、自分でもやはりと思う。こんな女の子が居たら、男どもは守ってあげたいとか惚れるに決まっているだろうと。ナルシストではないが、どう見てもか弱そうな女の子にしか見えないのだから、まぁ、仕方がないのかもしれない。
そして、それならいっそのこと、もう全部開き直ってしまえばいいと考えた。家族にそう話したら、我が家の家族は、皆が揃って抜けているのか可笑しいのか、ただ一言「いいんじゃない?」と。
いや、一番の理由は、「正直、あまり似合わない男の格好より似合う女の格好の方が、家にいる時の尊らしいと思うわ!」と、その美しさに憧れている姉に言われた言葉がストンと心に落ちて来て、俺が本格的に女装するきっかけになったのだけれど。
……なので、現在、俺は新しい場所――さすがに中学の知り合いがいるところではできない為――に、大学を理由に一人暮らしをすると言った姉に無理を言って共に引っ越して、自分を知らない学園で女子として女の子に囲まれつつ、平和にこの学校に通っている。
――筈だったんだけど、なぁ?
よくわからないままに、いつの間にか知らない女子生徒に濡れ衣を着さし、その悪事を見破られたと言わんばかりに、現在、濡れ衣を着せられているのだが。ドウナッテンダ。
言葉が出ない。何故か、異様に過保護にされているなと不思議に思っていたら、どうやら俺が、いつの間にか東間幸乃という女子に、虐めを受けていることになっていたという意味不明な実態になっていた。
しかも、そのことに気が付いた瞬間、今度はそれが俺の演技だったと、桐栄陽子に証明されたらしく、全校生から虐めを受ける羽目になっている。いや、俺、演技も何もしていませんでしたけど? 何これ。ドウナッテルンデス?
濡れ衣にもほどがある。……いや、そもそも、東間幸乃って子、つい先日までインフルエンザで欠席してたんだよな? それにその子と俺のクラスは三クラス分は離れていたし、お互いに相手の事を知らないと思うんだけど。俺は、今回で初めて知ったんだけど? 何が何だかさっぱりである。
よく現状も解らず、しかし、今ここで男だとバレるのだけはごめんだった。それに痛いのは嫌いだし、何とかして走り回っては授業の始まりと共に教室に戻り、走り回っては暴行から逃げていたのだが……ある日の事、散々逃げ続けていた俺にとうとう痺れを成したのか、クラスメイト達が男女関係なく結託して俺に襲いかかってきた。流石に、今回ばかりはもうだめだと思った矢先に、アイツに出会った。
俺を庇うように前に飛び出してきた、東間幸乃に。その時、俺が当たるはずだった拳が彼女の腹を直撃したらしく、彼女は苦痛に顔を歪ませていたように見えたんだが……実際は違ったらしい。今思い返せば、あぁ、確かに良い笑顔だったな、と分かるけれど。いや、解りたくは無かったけれど。
その時は本当に、何故見ず知らずの人間を庇うなんて真似ができるのか、そんな彼女に本当に驚いた。
「殴るなら、蹴るなら私を倒してからにしなさいよ。
そりゃ、きっかけは尊ちゃんかもしれないけど、実行したのは君たちでしょ? 何、自分達は尊ちゃんのせいでやってたんだとか言ってんの? 馬鹿なの? ドSなの?」
何処の漫画のセリフだ。
なんか聞いた事があるような言葉を並べていた彼女は、とてもいい笑顔だった。なんで、このタイミングで笑みなんて浮かべられるんだ? コイツ、もしかして、変態か? と、俺が初めて思ったのはその時だった。
けれど、それと同時に自分を信じてくれる人間が居たという事実に、俺はある意味、心を救われたのは確かだった。誰も知り合いがいない中、誰も俺の事を信用してくれない中、彼女だけが俺を身を挺して助けてくれた。
そこにどんな欲望が溢れ塗れていたとしても。
* * *
ふと、あの時の出会いを思い返していた。
今となっては美化された思い出だ。ちょっとでもあの時、ヒーローだと思った自分に鉄拳を入れたくて仕方がない。
隣を横目で見ると、床に這い蹲ったまま、ぐるぐると回っている彼女の姿が目に入る。……本当にやるのかよ。何で俺、コイツと友人になってしまったんだろう……謎の後悔が身に染みる。
「尊ちゃん! 這い蹲って三回回ったよ! 罵って!!」
「キモイ」
「あぁん! ちがうの、そんな生易しいのじゃなくって! もっと!」
本当にキモイ。
いや、見た目は良いんだから、絶対性格で損してるだろ、本当に。女の子だから、俺は手を上げられない――本人が望んでいても断る――し、何より、俺はコイツの言うドSとかそんなんじゃない。ただ、女装が好きな口の悪い男子であって、……いや、十分変態か? でも、とりあえずコイツの願うドSとは程遠い人間であることを自負している。
なので、無視をする。
「尊ちゃん……っ!」
「…………」
そんな潤んだ瞳で見られても、俺にはどうにもできないんだぞ? くそ。ちょっと黙っていれば可愛いのになって思ってしまった自分に反省したい。もう面倒くさいから、無視することにする。
下手に刺激を与えると、幸乃が調子に乗るから、できるだけ放置するのが良いという事も付き合いの中でなんとなく理解しているつもりだ。
無視をしていると、幸乃から艶めいた声が漏れる。放置プレイ!? 好きだよ! という言葉が隣から聞こえてくる。心底どうでもいい。
……話は戻るが、そもそも、どっか可笑しいんだよな。この学校。
桐栄陽子で学校が回っているような仕組みに、その異変に気付いているのが俺と幸乃と保健の先生だけってのも。だいたい、幸乃曰く、桐栄陽子なんて人間と同じクラスメイトにはなったことが無いという。しかし、確かに一年次の名簿には、桐栄陽子の名前が載っていて、幸乃と同じクラスだったことを表していた。
気持ち悪い。なんだ、この状況は。
それに、俺への虐めが降り掛かろうとした最中、真っ先に保健の先生が気付いて何度も保健室に囲ってくれた時、先生は確かに言っていた。
――桐栄さんの瞳は気味が悪い物だからね、見てはいけないよ。――
意味がよく解らなかったが、確かに、桐栄陽子の瞳を見ていると何とも言えない気持ち悪さを感じた気はする。保健の先生の忠告はそれっきりで、後は普通に可笑しな事は何も言わなかった。……いや、桐栄陽子他の情報源は、ほとんどが先生からだったけれど。報酬がイケメンの写真と言うのも、変な先生には違いないが。
その忠告は、俺から幸乃へも教えて置いたが、あれで教えていなかったらどうなっていたのだろうか……? もしかして、幸乃も桐栄陽子側になっていたかもしれない? なんて推測をしてはぞっとした。有り得ないが、この学園の現状を考えれば、有り得そうな話だ。恐ろしい。
幸乃から聞いた、桐栄が勧誘を仕掛けてきたというあの日から、俺は、コイツにちょっかいを掛けてくる、桐栄陽子が大嫌いになった。それまではキモチワルイ、ただのバカだと思って無視していたけれども。
「ぶぅ。尊ちゃん! 何考えてるの? 今日はもう帰っちゃう?」
「そんな顔をしても罵らないからな。……そうだな、そろそろ帰るか」
「えぇー!? 約束が違うよ、尊ちゃん!!」
「約束? 俺の言う事に従うのが、犬の役目だろ?」
「ワンッ!」
あ。やべ。また無意識に変なこと言ってしまった。最近こう言った無意識言葉が本当に多くて困る……自分の事なのに、つい、ポロッと出てきてしまうのがいけないんだろうが。幸乃だって調子にすぐに乗るし。ったく……コイツといると調子が本当に狂う。まぁ、気楽に接せられる相手ではあるけれどな。いやいや、何流されているんだ俺は、全く。流され過ぎにもほどがあるぞ?
とりあえず、先日のあのバカな女の馬鹿な独り言を全生徒に向けて放送で流したいところなんだが。
何時にしようか……? 一番のおススメは校長の朝礼がある日の体育館内で流してしまう事だけど。
保健の先生の言葉を鵜呑みにするのもどうかとは思ったが、何故かあの先生だけは幸乃以外で信頼できた。だからこそ、情報源を元に、桐栄陽子が馬鹿な独り言をいうであろう場所に隠しカメラとボイスレコーダーを設置し、こうして準備を整えたのだから。
これを放送してしまえば、俺のこの面倒くさい学園ライフも終わり、コイツとの関係はそのままだろうが、とにかく平和になるのは間違いないだろう。
いや、そうでなくては困る。
――それにしても、あの日のクソ女は滑稽だったな。あの女は気付いたんだろうなぁ……? 他は気付いた素振りすら見せなかったのに。まぁ、気づいたところで、誰にも何も言える訳がねぇだろーがよぉ。
あの日、幸乃の言う作戦――暴露しちゃいなyou大作戦――むしろ、言ってしまえば、何故、女装男子な俺が、この東間幸乃という女子生徒に虐められているという、そんな嘘をつく必要があるのか? といった根本的な謎が生まれてしまう。大方、現在の噂の内容として、俺がコイツの可愛さを妬んで――ねぇよ――、皆に虐めを促したのがクソ女の考えたきっかけなのだろうが。
いや、むしろ女装男子とバラさなくとも、桐栄陽子のこの独り言があれば、全てが上手く行く気がする……別に確証はないが、そんな確信が心の何処かにはあった。
「はぁん。やっぱり、尊ちゃんは私が感じたとおり、S様だよぉ。蕩けちゃいそう……」
「キモチワルイ」
「やぁん! も、もっと嬲って……?」
――軽く叩いただけなんですけど。
コイツマジで気持ち悪いんだけど。あの日に垣間見せたSっ気の香りは嘘か? いや、確かにこいつはただのМじゃない。それとも、俺の前に居る時がこんな感じなだけで、他の奴と言うるときは普通なのか? それはそれで、なんかムカつく。とりあえず、八つ当たりとして幸乃の頬っぺたをこれでもかと抓っておいた。
……痛そうに善がっている幸乃は、本当に、気持ち悪くて、好きだな。ゾクゾクする。
尊ちゃんは『Sに目覚めかけている、口の悪い若干ナルシストな変態』さん。
幸乃が『素直なМ寄りのSっ子』ですので、相性は悪くないです。きっと。