『春雨リコリス』その壱
「私に話し掛けないで、殺すわよ」
目の前の女子生徒は、そう言い放った。僕に向かって。その瞳が、氷の彫刻みたいに冷たく綺麗だったから、僕は息を飲んで動けずにいたんだ。
感情の無い殺意を込めてそう言い放つ女子生徒の名前は、春菊 夜宵【はるぎく やよい】。同じ公立高校に通う同級生、更には同じクラス。
僕が、いや、僕達が2年生になり初めて同じクラスになって一週間、初めて言葉を交わした。と、言っても今の所まともに文章を言葉にして発したのは春菊の方だけだが。放課後、僕が訳あって春菊に話し掛けたのが物語の始まり。だと思う。
「なぁ、春菊」
ホームルームが終わり、生徒が各々教室を出て行く中、春菊は自分の座席に座ったまま本を読んでいた。次々とクラスメイトが辺りから消えていくのに、何故、彼女は帰宅しないのだろう?なんて些細な疑問を抱いたんだ。
だから話し掛けてみたんだ。勿論、春菊に話し掛けた本当の理由は、他にあるのだが。すると、これだ。
「私に話し掛けないで、殺すわよ」
正直、驚いた。一般生活の中で、ましてや校内で「殺す」なんて言われたのは初めてだったからだ。いや、「殺す」という言葉を言われた事がない訳ではない。若者なら一度や二度、ふざけて言ったり言われたりする言葉だろう。
あくまで普通に生活している中で、あんな目をして、刺を持って言われたのは初めてだ、という話だ。