鼓動
「よぉ、来たか。」スペードが肩に金属バッドを乗せて仁王立ちで言った。
相変わらずの中性的な顔だ。目は大きく鋭く、鋭敏な印象を持たせる。
スペードの外見は人目を惹き、見た者を少しだけ幸せにさせる。
ファニーはそのまま自転車で引き倒そうとするのを我慢して「勝手にバッティングセンターのバット持って来たら駄目だろ。」と自転車を停めて注意する。
「ちげぇよ。これはこの間、公園で捨ててあったんだよ。」
「捨てたと忘れたは違うよ。」
「そんな誰も分からないだろ。本来ならゴミになるものをオレが再利用してやるんだ。お礼を言われても文句言われる筋合いはねぇよ。」
「相変わらず、めちゃくちゃだな。」ファニーはバットを忘れた顔も知らない少年に同情する。
「それで、なんでバット持ってんの?」
「悪党と戦うのに丸腰は危ねえだろ。」
「悪党?」
「言わなかったけ? 今日は女を悪党から救うんだよ。」
ファニーは驚き、言葉を失った。まじまじとファニーを見るが、彼の表情は真剣そのものだった。
「必要なのは、バットより警察の力じゃないのか?」
「いや、大丈夫だ。」
「なにが、大丈夫なんだよ。」
「警察は事件が発生してから動くものだ。おれたちは事件が発生する前から動くんだよ。」
「いや、発生してからでいいだろ。」
「事件が発生してからじゃ遅いだろ。そんなの奇跡じゃない。」
「奇跡じゃなくてもいいだろ。人命が掛かってんだろうが。」
「だから、奇跡なんだろ。おれ達がいなかったら無くなる命をおれ達の力で救うんだよ。それが奇跡だ。」スペードが至極真剣な表情でいった。
ファニーはスペードとの付き合いは短いが、最近になって分かってきたことがあった。スペードは奇跡起こし隊の活動に対してはふざけているように見えるが真剣なのである。
「おれはその為に存在するんだよ。そして、お前もこのメンバーになったからには奇跡を起こすんだよ。」
「ずいぶんな自信だな。」
「胸を当ててみろ。その鼓動の上に自信が乗っかってんだよ。」スペードがぶっきらぼうに答えた。
ファニーが胸に手を当てる。1つ目の鼓動が鳴り、2つ目の鼓動が鳴る。スペードに合わなければ鳴ることがなかったものだ。ファニーはそれ以上は言及することは止める。だが、気になることが1つあった。
「それはそうと、ダウスは?」
「あいつは彼女の誕生日だと。」触れられたくない話題なのか、スペードが無愛想に早口で答えた。