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神のお告げ

 藤崎は家までの帰路を歩いている。右手には大きなビニール袋をぶら下げて。


 知っている道が自転車で通るのと徒歩で見るのでは違った景色に見えた。いつも見るハンバーガーショップ、パチンコ店、それらは変わっていないはずなのに違う店に見えた。これは、自転車ではなく歩いているからなのか、絶望に満ち溢れて脳がエラーを起こしているのか、判断がつかない。


 これは、神が彼女を諦めろと告げているのだろうか? 


 藤崎はコンビニで買ったアイスを思い出して、袋から取り出しながら考えた。


 ここで引き返さなければ、おそらく彼女に2度会うことはないだろう。そもそも、諦めた恋が再び目の前に現れたこと自体が奇跡だったのかもしれない。


 藤崎は夜空に目をやる。今夜は満月だ。


 こんな日なのに、月は綺麗だった。


 アイスを食べながら月を眺める。


 そして、彼女の表情を思い出す。


 彼女はなにか言いたげではなかっただろうか。


 彼女の表情は少し曇ってはいなかっただろうか。


 彼女は…


 全ては自分で美化した記憶だろう。藤崎はそう強く考え直す。


 でも…


 彼女とまともに話をしたのを塾に通っていたとき以来だった。


 レジを挟んで話すことがまともに話をしたことになるのか疑問ではあるが。


 でも…


 また、気がつくと彼女の顔が浮かび、彼女と話がしたい、と欲望が溢れでてくる。




 気がつくと公園に来ていた。大型総合スーパーに隣接された公園だ。大きな広場があり、中央にもう稼働はしていない噴水があった。塾からも近かったため、塾帰りに友達と遊んでいたことを思い出す。家までのショートカットだった為、無意識に足が向かっていたのだろう。


「アァァァ、なんで、おれは俺なんだよぉぉぉ」


 藤崎は気がついたら叫んでいた。


 はっとして周りを見渡す。幸い誰もいなかった。


 胸を撫で下ろそうとしたところ、遠くの方からエンジン音が聞こえた。


 バイクのエンジン音はどんどん大きくなり、大量の光がこちらに近づいてきている。


 藤崎は何ごとなのか、と戸惑っている間に周りを取り囲まれていた。


 「てめぇ、こんなところで何してんだよ。」


 リーダー格ぽい坊主頭の男がこちらに向かって叫んできた。


「いや、なにもしてない…ですけど。」


 よく見ると叫んできた男含めて、藤崎より年下に見えた。おそらく、高校生ぐらいではないだろうか。だが、それに気付いても敬語になってしまう自分が悲しかった。


「おめぇ、どこ中だよ。」男がこちらに近づきながら言った。


「どこ中?」藤崎は意味が分からず聞き返す。どこ中とは、出身中学のことだろうか。だが、なんの脈絡のない質問に意味が分からなかった。


「どこ中だって聞いてんだよ。」男が語尾を強める。


「出身中学のことですか?」


「ぁあ、ふつーにわかんだろうが。てめーは日本語も出来ねーのかよ。」


「いや、すいません。」藤崎は男を怒らせないように謝り、出身中学を伝える。


「ぁあ、ヨウタロウ先輩のとこか。」


「ヨタロウ先輩?」


「ぁあ、ヨタロウ先輩もしらねーのかよ。お前馬鹿か?」


「いや、すいません。」藤崎はヨタロウ先輩とやらは幕府を開いたほどの歴史上の人物なのか、と尋ねたくなるのを我慢する。


「おまえ、名前は?」男が藤崎に名前を尋ねてきた。


「えっ!?」藤崎は急な取り調べが始まったことに動揺する。


「名前はなんだって聞いてんだよ。」男が語尾を強める。


「さ、さとうです。」直感的に偽名を使う。


「下の名前は?」


「た、たろうです。」


「ぁあ、さとうたろうか。」男は名前を聞くと電話を始めた。


 男は電話をしながら少し、距離を取り始めた。藤崎はどうにか逃げれないだろうか、と周りを見渡す。


 周りはバイクに囲まれている。しかし、バイクさえ回潜れば、その先には道路を挟んで茂みがあるのを藤崎は知っていた。


 茂みまで入ればバイクでは追って来れないので逃げ切れるかもしれない。


 藤崎はタイミングを図る。


 いくか…


 どうするか…


 藤崎は重要な選択の前に尻込みしてしまうことは自分で分かっていた。


 まさか、命は取られないだろう。最終的にはどこか楽観的に考えていることも自分で気づいている。楽な方に流されるのを待っているのだ。


「おい、おまえ何歳だ。」男がこちらに戻ってきて藤崎に年齢を聞いた。


「22歳です。」藤崎は自分が年上であることをアピールするため、少し強めに答えた。


「22歳のようです。はい。分かりました。逃さずに見張っておきます。はい。分かりました。大丈夫です。人の命が掛かってるんですから。」男が電話先の相手に話しているのが聞こえた。


「お前、今から先輩が来るから逃げるんじゃねーぞ。」男が電話を切って藤崎に向かって言った。


 い、いのち…


 いま、この男は命とか言わなかっただろうか。藤崎の背中に嫌な汗が流れる。


 藤崎は天を仰ぐ。今日は人生最悪の日なのではないだろうか。だが、そんな日でもやっぱり月は綺麗だった。

 

 

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