↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/12

反不可侵領域

 この惑星ウェイストプロージ上に、それぞれの国民以外から見ると謎ばかりの国が複数あるのはみなさんご存知ですね?

 楽園と噂される幻造世界がなぜか地表に存在し、人々は地下に暮らすワイマルト。国境を火の雨で閉ざし、唯一、神の統治を受け入れ続けるメレド。「黒い滅亡」を引き起こし、衰退したヤルトーノイ。


 そして。


 今回の旅先は、ウェイストプロージ中央部に存在しながらも、決して他国を深く迎え入れることのない国、ノヴィリムです。


「では、滞在中は同行なしでこの部屋から出ることのないようお願い申し上げます」

 牢獄ですかね?

 一応情状酌量の余地とかないのでしょうか、聞いてみましょう。

「先程も申し上げましたが、私でしたら多少の汚染区域でも問題はありませんよ?」

「お言葉ですがキゾシュイェグツウィ先生、あなたの実力を疑うのではありません。ノヴィリム滞在中に、高名なあなたの身に何かあってからでは遅いのです。どうかご理解ください」

 おやおや、これはこれは。どうにも隙のない理論武装ですねえ。これではノヴィリムのことを何も知らずに手ぶらで帰ることになってしまいます。トスルークェノに指差して笑われますよこんなの。

 無言。

 私と同じタイミングで、彼は何か別のことを考えているようでした。やがて慎重に口を開きます。

「しかし、キゾシュイェグツウィ先生がノヴィリムにもご興味を持たれるとは」

「私は『編纂者』ですよ? 興味がないなんてこと、あるはずがないでしょう」

 すると本人の性格を分かりやすく示すように、軍服を一切の乱れなく着こなした男性は再び何か考えるそぶりを見せました。

「それではこうしましょう。この部屋にノヴィリム自慢の料理を用意させます。それを相棒にして、私ができる限りあなたの好奇心を満たすような話をします。いかがでしょうか」

 意外と話の分かる御仁ではないですか。これは悪くないです。

「そうですねえ、名物は頂くとして」

 私は真っ直ぐ軍人である彼を見据えました。

「まずは『森の怪物』の話から聞かせて頂けますか?」


「どうぞ」

 ゴン。これは重い皿が堅い木製のテーブルにぶつかった重低音です。渡し方まで牢獄チック。しっかりカーテンも引かれていますし。明かり暗めですし。彼の体格で部屋狭くなってますし。

「スープですかね」

「スープですね」

 私は材料を聞いているのですよこの石頭! いいです自分で味わいますから!

 木のスプーンで中身を掬うと、大麦が顔を覗かせます。おやこんばんは。あなたがこのスープの主役ですかね? 人参や大豆、ベーコンも顔を覗かせています。さて一口。

 これは味付け自体を楽しむのではなく、温かさを味わうためのスープですね。具材の素朴な旨味、こういうものも好きですよ。これはいい夕飯の相棒ですね。

「まず、『森の……』」

「あちょっと待ってください味わってからでいいです?」

「はい」


「まず『森の怪物』ですが、目撃者らしい目撃者はほとんど存在しません。ですので不穏な噂話が錯綜している状態です」

「不穏な噂話ですか」

 スープを充分堪能したので、軍人の彼を再び促しました。最初から話を始めてしまいましたが。録音機器か何かですかあなたは。

「はい。見ると汚染される、狂気に陥る、死ぬ、ノヴィリムの汚染が進む……どれも国民の恐怖を煽る類いの噂です」

「見るだけで汚染されるなんて、眉唾ものですねえ」

「眉唾ものかはさておき、汚染区域での汚染進行の原因は長時間滞在による呼吸や、空気中に漂う汚染魔力を利用した魔法行使にあります。視神経を通して汚染が進行する例はありません」

 ……もしかしてノヴィリムの高濃度汚染区域は、他国のソレとは比べ物にならない濃度なのでは? 汚染区域に長居するような人はいません、みなさんも考えてみてください。立っているだけで健康を害する場所からは離れたくなるのが人間というものでしょう?

 ですから、目撃者たちの汚染区域での滞在時間はわずかであったはずです。それなのにあの噂を提供した人々の錯乱ぶり。恐らく短時間で神経にまで軽い汚染を受けていると考えるのが自然でしょう。

 これは、ちょっと。私でも自信がなくなってきますねえ。


 ゴトリ。死体ではありません。大きな肉塊です。だから死体とかじゃありませんったら。

「生ハムです」

「生ハム?」

 薄切りの、あの。ではこの塊は大元のようなものなのでしょうね。というか更に部屋を狭くしてどうするのですかあなた。

「生ハムの原木です」

「見れば分かるのですよそのようなことは」

「食べられます」

「名前を聞いた時点で分かるのですよそのようなことも!」

 あっ、思ってたより厄介な男ですねコレ? いえ悪意や脅威はないのですけれど。ええ、ノヴィリムについての情報は的確ですけども。その、何というか、

「狭いですね」

「部屋を狭くしたのはあなたでしょうが!」

「広くします」

 こと生活において話がとにかく噛み合ってないです! いきなり原木から生ハム切り出し始めましたよこの男!

「どうぞ」

 ガチャン。陶器の皿が堅い木のテーブルに強く当たればこのような音にもなります。

 切り出したばかりの生ハムからはほんのり燻製の木の芳香。そして意外にも生ハムは薄く均一に切られています。さっきのスープのベーコンくらいの厚みで出てくる可能性も考慮していましたよ私は。出てくるといえば軍人の彼が懐からたった今出した紙は何でしょうか。私の疑問を余所に、彼はおもむろに口を開きました。

「『ワイマルトから輸入した木材で燻しています』」

 ちょっとお待ちなさい! カンペ!

 しかも途中からとは何事ですかあなた! 忘れていたのでしょう言いなさいそれならそうと正直に!

「ちょっとあなた!」

「どうぞ」

「あっいいものですねコレ」

 特別な木材と燻製技術に免じてあなたのことは許して差し上げましょう。だって分かりますかこの鼻に抜ける燻るようでいてほんのりとした香りが。あなたたちにも差し上げたい限りですよまあこの生ハムは私が食べますが。


「そういえば、あなたは見た目の若さに反して勲章をいくつも着けているのですね?」

「あなたより見た目の若さに反している方は居ないと思いますが」

 まあそうですね。そうでした四千年と端数生きてましたね私。

「それで、なぜそんなに功を立てることを急いだのですか? まだあなたのことを聞いていませんよ」

 彼は先程と同じように、少し考えてから口を開きます。

「男なら、一度でも何かを成したいという衝動を持ったことがあるでしょう?」

「ああ、私がトスルークェノに一杯喰わせてやりたいみたいなヤツですね。分かります」

「トスルークェノ……? 手記の欄外に書かれた、あの?」

「そうです、まあ腐れ縁のようなものですよ」

 一つ頷いてから、彼は言葉を続けました。

「ノヴィリムはメレドほどではありませんが、個が重要視されません。私たちは目の前の汚染魔力という大きな問題に向き合わなければなりませんので」

 嘘はない、むしろ今までを見るに実直な人物です。……本音は離れたところにあるように見えますが。

「でもあなたは少し違う、そうでしょう?」

「私……いや、俺はこの国を軽んじている訳ではありません。けれど、俺が確かにこの世界に存在していたという証拠が欲しい」

「だから私の案内を申し出たと?」

 二度目の肯定。それは先程より厳かにも見えました。

「この先数十年、知り合いに少し揶揄われるのを受け止めるだけで、俺が死んだ後も墓標以外に俺の名前が残る。『編纂者』であるあなたと深く関わるということは、つまりはそういうことでしょう」

 なるほど、なるほど? それが彼の目的でしたか。しかし困りましたね。

 いえ、目的にも多少困ってはいますが。

 その「目的」にむしろ好感を持ってしまったことに困っているのですよ、私は。

 ……まあ、いいでしょう。例外なんてむしろありふれています。長く生きれば生きるほど。

 丁度、今日のように。

「そうですね。私の名はキゾシュイェグツウィ・リ・アクィレミュ・ラフタ。このウェイストプロージを旅して回る『編纂者』です。改めて、あなたの名前を教えてください」

 彼はそこまで直すようなところもない身なりを正してから、こう答えました。

「ノヴィリム正規軍少将……いえ、今はただのゴズィモ・ルゼレタです」

「非正規軍とかあるのです?」

「あったら困ります」


 ズドン。堅い木のテーブル(先程からロクな目に遭っていませんねえ、同情しますよ)を狭くした大きな木板の上に置かれた、これまた大きな円形にナイフが振り下ろされた音です。何も振り下ろさなくともよいでしょうに。

「チーズです」

「はいはい分かっていますよそれをどうするのですか」

 カンペをどこへやったのですかあなたは。それで説明が成り立っているとでもお思いなのでしょうか。仕方がないので私が手助けをして差し上げます。

「食べます」

「ああもう! あなたの説明能力にはこれっぽっちも期待していませんでしたが、まさかここまでとは思いませんでしたよ! 実演してみてください実演!」


「やるではありませんか」

「ありがとうございます」

 熱によってとろけた大きなチーズは、香ばしくもまろやかな匂いで狭い部屋を満たします。そしてこれでもかと溢れるチーズを受け止めるのはこんがりと焼けた小麦のパン。食べなくとも分かります、これは美味しい、と。

 であれば、食べたらもっと美味しいはずです!

「ゴズィモ、まだですか。待ち切れませんよ」

「待たれた方が良いかと」

 そんな殺生な! あり得ないですこの男!

「こんな美味しそうな料理を前にして待てるものですか頂きます」

 ダイレクトに伝わる蒸気と熱。

「熱っ!!」

「あっ……」


「ちょっと」

「何でしょう」

 最終的に少し冷ましたチーズは、それでも滑らかでまろやかで、パンにチーズ特有の深い味を足してくれています。そしてよく伸びること!

「このチーズ、お代わりとかは」

「あります」

「本当ですか!」

 最高ではありませんか! 私を早く止めてくれたらもっと最高でしたよゴズィモ!

 ゴズィモ本人もかなりの健啖家だったものですから、彼が持ち込んだパンはすっかりなくなってしまいました。それほどこのチーズが美味しかった、ということです。


「コーヒー、なくなりましたね」

 おもむろにゴズィモが呟きます。あなた案外、お喋り好きなのでは?

「おや、淹れてくださるのですか?」

「はい」

 そう答えたゴズィモはコーヒー豆の大袋を部屋の外から持ち込み(何をしているのですまた部屋が狭くなるでしょう)、コーヒー豆をそのまま陶器のマグカップにガラガラと、

「貸しなさいコーヒーをそんなに適当に淹れるヤツがありますか!」

「えっ」

 前代未聞ですよ、本当にどういうことなのですか!

「あなたまさかそのままお湯を注ごうとしていたのではありませんよね?」

「そのままお湯を注ぐものではないのですか?」

 声にならない悲鳴。あ、すみませんこれは私です。長年生きてきて初めてですよこんなの。

「まずですね、ゴズィモ」

「はい」

 とりあえず分からず屋のゴズィモを一度椅子に座らせます。

「コーヒー豆は豆のまま使うものではないのですよ、見たことがないのですか?」

 私は部屋の棚に置かれていたコーヒーミルを指差します。

「ありませんね」

「そんなはずないでしょう」

「コーヒーは部下が淹れてくれていたので」

 ……ほほう、なるほど。分かりましたよ。この男、仕事ばかり頭にあって出世街道を爆走した結果、生活知識を大方取りこぼしてきたのですね? ならばこの私が、ゴズィモ・ルゼレタという男にコーヒーの淹れ方を教えて差し上げましょう。


「入れ過ぎです、豆にも適量というものがあるのですよ」

「分かりました、何粒ですか」

「そこまで几帳面に数えていたら夜が明けますよ!」


「この紙は何ですか」

「フィルターですよ」

「コーヒー豆にも汚染魔力があるのですか」

「ある訳ないでしょう言葉の解釈の違いです」


ガン!

「粉を均すのにそのような力は要らないのですよ!」


「なぜ蒸らさないのです! コレでは色の着いただけのお湯でしょう」

「道理で部下が淹れたコーヒーが美味しかったんですね」

「誰だって! あなたより上手くインスタントコーヒーさえ淹れられますよ! もう隅っこで明日の分のコーヒー豆でも挽いていなさいあなたは!」

「インスタ……? 分かりました」

 味は落ちますがコレよりマシな代案がありません。もう、あの、ちょっと彼にはノヴィリムの情報以外黙っていて貰いましょう。


「ノヴィリムを領空まで覆う不可視のドームは汚染魔力の流出を防いでいますが、このような性能と規模を両立した高度な魔法を、俺は聞いたことがありません」

 と、いうことでこちらはノヴィリムに散らばる噂話を再生しだしたゴズィモですね。コーヒー豆挽いてますがそっちよりよほど流暢です。

「術師は分からない、と?」

「そうです。それにこのドームは少なくとも千年以上昔から存在しています」

 ああ、もっと前からですねえソレ。そして私もこの高度な魔法の術師は知りません。というか国一つ覆う規模の汚染魔力流出防止なんて、人間業ではありませんよ。

「神とかではないのですか?」

「ノヴィリムの神様は、俺たちに言葉をかけてはくれません。神様の力を継ぐ方でさえも、そのお言葉を聞いたことがないといいます」

 自分の国ですよ? そんな無関心な神が存在するのでしょうか。

 ……ヤルトーノイと、どちらがマシなのでしょうね。


「他には? あの広大な森は何なのでしょうか」

 私はカーテンの外、昼間見たあまりにも広い森を指差しました。

「分かりません」

「分からない? 何がです」

「面積、植生、生態圏……不明点は多数あります。しかし一番の問題はそこではありません」

 国民にも分からないというのですか。ということは、ゴズィモたちから見たあの森は私から見たものと同じと考えて良いのでしょうね。

 ノヴィリムの森はこの惑星ウェイストプロージの中で、最も汚染された場所である、と。

「……ちなみにゴズィモ、あの森の最深部についての噂とかってあるのですか?」

「前人未到の地です。汚染度があまりにも高いため、誰もそこへ辿り着いた試しがありませんし、どこが最深部なのかも分かってはいません」

 お手上げですね。こうなっては分からない、それ自体が最大の情報、ということですから。


「……一つ、気になる噂が。ある証言者が出会った『森の怪物』は、その手に一輪の花を持っていたそうです」

 随分と話が戻りましたねえ。それほどゴズィモにとって気になることだったのでしょう。

 しかし『森の怪物』に、花。

「その証言者は他に何か言っていましたか?」

「それが、恐怖か汚染か、あるいは両方か。部屋の天井の一点を虚ろな目で見つめて譫言を呟くだけになってしまったので、有力な証言はもう得られそうにありません」


     *


 類は友を呼ぶ、だったか? トスルークェノ


 何か? キゾシュイェグツウィ


 いや別に。周りの実務担当が苦労する同士そっくりだと思っただけだ。 トスルークェノ


 どの辺が別になんですか、全部言うヤツがありますか。 キゾシュイェグツウィ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。