《読み切り》悠久のディーヴァ/ムスタンのスカイケイブ
標高4000m。
北チベット、インド・ラダック地方の国境付近。見渡す限り何もない荒れ地を見つめながら、小学6年生の少女沙原 那須花は、チャンタン高原と蒼い空が接する地平線に向かって、学校指定の白い運動靴を履いた足で大地を一歩一歩踏みしめていた。
彼女の意思を導くコンパスは、輪廻転生する以前の朧気な記憶だけ。
遥か遠くに目をやると、氷河期から解けることのない雪に覆われた山脈が、蒼い空の中へ溶け込んでいくように見える。太古の昔から変わらない山々から流れ込む冷たく澄んだ空気は、熱い血液によってこの少女の身体の隅々にまで運ばれていた。
ラダック王家の末裔である那須花は、肩から羽織った『禁忌のシャトゥーシュの衣』の襟を強く引っ張って閉じ、寒さに震えながらも大気を貫通する強い日差しを顔に浴びて、
17世紀から変わらぬこの景色を改めて見渡していた。
やがてその中に、空間の歪みのように佇む透明な壁が立ちはだかる。
…そう。ここは遊牧民達が近寄ることを畏れる、青の僧院と呼ばれる場所。
その壁面は、空と同じ青に塗られ巧妙に目隠しされている為、僧院は人の目に触れることがない。
戦火に追われ、暮らす土地のない難民達でさえ、この地域を避けるようにして生活し、
彼らは今も『滅びた王国』の支配下にあるとされるこの土地の半径3キロ以内に入ることはなかった。
家畜とてそれは例外ではない。過ってこの土地に迷い込んだ山羊は、戻ってくるなり殺される。だが、その山羊が何故、この場所に迷い込んだことが分かるのか?
その理由は、簡単だった。……足を踏み入れた者は全て、その顔に消えることのない烙印を押されるからだ。
青の僧院の影響圏内に入った全ての生き物は、その白眼全体が純度の高いラピスラズリの色のように青く汚染され、この土地の水を口にしたものは、舌が瑪瑙のように真っ青になってしまう。
人間であれば、その舌はボディック語を話すことが出来なくなり、異国の異様な言語を発するようになる。
だが人の場合は即座に殺されない。ただコミュニティの中で監禁または隔離され、一生そのまま孤独に生きるか、自死を選ぶだけの人生を送るのだ。
茶色く傷んだ髪と、赤く焼けた肌をした那須花は、その場で立ち止まると、トルコ石と赤珊瑚を嵌め込んだ、銀の首飾りを胸元から引き出し、
パンゴンの湖を溶かし込んだような真っ青な目を、表向きには人間の網膜には映らない僧院に向け、青い舌を使って異国の異様な言葉を呟いた。
「…世界樹よ、悠久の時を越え、今もこの土地に魂を縛り付けられた巫女である私が命ずる。氷に閉ざされたこの湖を、再びインダスの流れに繋げよ。」
耳の上を滑るように抑揚のない、極東の島国の言語を駆使する少女は、手のひらを顔の前に掲げ、L字にした人差し指と親指を交差させながら手首を回転させると、
「エターナル・グラヴィティ」と宣誓した。「運命転換。アンチグラヴィティ・ジャッジメント。」
手のひらの中央から白い杖が光りながら出現し、そのままクルクルと回りながら60cmほどに伸びると、那須花はパシッと中央を掴み、「十字展開」と呟いた。
少女の周りに丸い衝撃波が炸裂し、その中心に青い十字の光が空間を切り裂き、蜜柑の皮が剥けるようにシャトゥーシュの衣が反転すると、
そこには蒼い神衣を身に纏った、虹色の髪のユグドラシル・アイドルが生誕していた。
「ユグドラ・グラヴィティ、見参。……封印されし不浄なる存在よ。今ここで、全ての輪廻の鎖を解きほどき、お前と私の無意味な戦いの人生を終わらせようではないか。ユグドラ・ハルバート、僧院を明け渡すのだ!アトミック・ゴッドハンド!」
ユグドラ・グラヴィティは杖から飛び出したヴィゾーヴニルの黒い翼を頭上に掲げ、
スカートを舞い上げてきりもみしながら空に上昇していくと、手にしたレーヴァテインステッキを地上に向かって振り下ろした。
チュ♡ドォォォォォォォォォォォンヌ!!!
辺りに地響きと共に大地の破片が吹き飛び、一部崩れた僧院の壁の隙間から、
朱色の神衣を着たもう一人のユグドラシル・アイドルが現れる。
「……相変わらずね。グラヴィティ。」少女はそう言うと、「不知火。」と呟き、白髪、眉なし、赤い瞳の無表情の顔を微かに歪ませて、黒いレーヴァテインステッキをぶわん!と振り切った。
途端にグラヴィティの左右から焔の渦が襲いかかってくる。彼女は音速で雲を切り裂きながら飛び上がり、
太陽を背に静止すると「ラチェン・パルギゴン!」とステッキの先端を下に向けた。
一瞬にして暗転した空から強風が、白髪の少女ユグドラ・ハルバートに向けて吹き下ろされる。
稲妻がビカリと光り、一歩退いた能面のような顔の側を掠めた。
「危ないわね。」
ハルバートは自身の黒いレーヴァテインステッキを逆さまに持つと、
「蝕。」と囁き、紅い羽衣をひるがえした。
その刹那、太陽が黒くなり、急速に重力の増した世界の理に負けて、那須花の小さな身体が地面に向けて、物凄い速度で落下する。
土煙を上げて大地に突き刺さったユグドラシル・アイドルを見て、ハルバートはか細い指を唇に当てて、一瞬微笑んだようにも見えた。
「とどめよ。…黙示・六・戦・撃。」少女はあまり口を動かさず静かに最終奥義の名を唱えると、6つの焔の球が彼女の周りを回転し、
広大な草原にミンコフスキー空間の巨大な穴が空いて、地響きを立てながら周囲の世界を流砂のように引き込んでいった。
全ての草を。全ての土を。全ての鳥を。全ての水を。山脈を。音を。そして光を。
「暗黒洞窟、時空転移。逆十字展開。」ハルバートは逆さまにしたレーヴァテインステッキの先端に、扇のような形をしたモルフォ蝶の羽を開き、「終わりよ。」と言った。
「メギド。」最後にヘブライ語で呟いた少女は、朱色の衣をひるがえしながら空高く上昇し、ジェット気流の中、身体の周囲に無風状態を発生させながら、
大地に口を開けた地球を貫通する穴から、新しい山脈がメキメキと起ち上がってくる造山運動を見下ろしていた。
…………。
センゲ・ナムギャル……
レー・ヘミス・ゴンパ。
し、しまった??!
その瞬間ユグドラ・ハルバートは、らしくない程、顔を青ざめさせると、一気に大気圏を突破し、月にぶつかりそうになりながら、真横を突っ切って、
後ろから迫ってくるユグドラ・グラヴィティが放った衝撃波に巻き込まれないよう猛スピードで太陽系を縦断していった。
……グラヴィティのスーパーノヴァ・インフェルノ!!!
これを見るのは200年ぶりだ!!マズいわ!!油断した!こ、殺される……!!
ハルバートは木星の衛星エウロパを避け、背後で太陽系の星達が粉々に破壊されていく様から必死で逃げていた。
……わかっている!これはグラヴィティが作り出した平行宇宙の出来事!だが……、
これに巻き込まれると、私は永遠に脱出できなくなる!!
カクナルウエハイチカバチカ??!
「深淵!殲滅の懺悔!!」
太ももまである長い白髪を煌めかせ、急旋回した小柄なハルバートは、迫りくる超新星に対峙すると、ステッキを背中側で3回転させて、
記憶にある銀河系を模した直径20万光年の魔方陣を一気に背後に展開した。
シュルル……………★
しゅ。
「??!」
ゥぱ~~~ン!!!!
**************
2人の少女はふっとんで、横滑りに6年1組の教室の床を滑っていた。
「や、やったわね?!」
と言って、沙原 那須花が机の脚を掴んで立ち上がる。
茶髪めの髪をボサボサにして、日焼けした顔を怒りで真っ赤にしながら、目の前で同じく立ち上がろうとする少女を指差す。
指差された色白の少女は、サラサラな黒髪を頬に散らしながら「指差さないで!」と無表情のまま言った。少女の髪は綺麗なキューティクルが光を反射し、大部分が白く輝いていた。
「春羽??元はと言えばアンタが悪いんだからね?!」
「は?なあに?私が悪いって言うの?那須花が先に手を出したんでしょ?」
「その前にアンタが口を出した!」
「ふん!バカバカしい。あーバカには何を言っても無駄ね。バーカ、バーカ。バカバカバカバカ馬の耳に念仏。お馬はみんなーバカバカ走るー♪」と言って春羽は真顔で髪をふわさっ!と手の甲で後ろに靡かせた。
「バカって言う方がバカなんだからね?!古の時代からそう言われてんだからね!!」と那須花が真っ赤になって言う。
「へえ…それ、いつ誰がどこで言ったの?何時何分何秒?地球が何回まわった時?」
「お、オヤジ、デンプン、画ビョウよ!そ、そして地球は回っていないわ!回っているのは宇宙の方よ!」
「まさかの天動説……」と春羽が仰け反りながら言った。
ゴトン!!
振り返ると廊下側の扉が全て弾け飛び、ゴォォォォォォォ……と教室内の空気と共に、机や椅子、ランドセルや教科書などが、真っ暗な宇宙空間に吸い出されていく。
咄嗟に春羽は姿勢を低くして、ガバッと床に爪を立てて耐えきろうとしたが、
すぐに力負けして、真空に吹き飛ばされた。
春羽は袖口からスチャッ!とレーヴァテインステッキを引き出すと、それをこめかみに当て「十字展開!」と叫ぶ。
光の矢が少女の側頭部を貫き、爆発音と共に、白い髪と朱色の衣を着たアイドル、ユグドラ・ハルバートが爆誕した。
そこへ追いすがってきたユグドラ・グラヴィティが彗星のように光の尾を引きながら突進してきて、
「エターナル・ディストーション!!!」と叫びながらレーヴァテインステッキを振った。
「森羅万象、虚空無限!!」とほぼ同時にハルバートがはっきりとした発音で唱え、湾曲した空間を捩じ伏せて無理矢理に相殺する。
「なかなかやるわね。」とグラヴィティが言った。海王星の暴風域内に、球体のバリアを浮かせながら、2人のユグドラシル・アイドルはテレパスで会話をしていた。
「……アナタは言ったわね。……バカという方がバカだと……」とハルバートが言う。
「ええ、言ったわ。」とグラヴィティが答える。
「……でもそれだと、天才と言ったら天才になるんですか~!?」とハルバートがニコリともせずに言い返した。
「な、なによ?!さっきからバカバカって!!か、カバに謝りなさい!」
「バーカ、バーカ!お前のかーちゃん、デ、べ、ソ!!」
「むき~~!!先生に言いつけてやる!」
「…………」
「…………」
「ちょ?!先生に言いつけるのはナシよ……。」
「せんせ~ハルハちゃんが、意地悪してきま~す!イジメはいけないと思いま~す」
「い、イジメじゃないわよ!違いますよ?先生?…な、那須花ちゃん?人聞きの悪いこと言わないでよね??私はただ…ふ、ふざけただけよオホホ……」と表情は変えずに、顔だけ真っ赤になったハルバートが言う。「はいはい、イジメる人は、ふざけただけって言いがちー」「で、でもそんなこと言うなら那須花ちゃんだって…」
「2人とも!やめなさい!!」と若い女性の声がして、少女達はビクッと身体を硬くして振り返る。
黒板を背にした女性教師がスーツの胸の前で腕を組んで立っていて、さっきから口喧嘩をしている生徒2人を睨んでいた。
「あなた達、いい加減にしなさいよ…お父さんお母さんに連絡しますからね?!」「「ご、ごめんなさい!!どうかそれだけは……」」と少女達が先生の腕に縋る。
「……いいえ。許しません。」そう言うと、シリーズ最高視聴率10%を記録したことのある元ユグドラ・アイドル蒼井聖愛先生は、キュルキュルシュパン!と黄金のレーヴァテインステッキを手に出現させ、
「運命転換。メタモルフェイト!!」と怒鳴ると、不良生徒2名を、妙なる永久の沈黙の連鎖で捕らえ、常闇の懲罰室にあと1000年間封印したのだった。
面白かったら他のも読んでみてくダサい。




