第六話 盲目
初投稿から二日が過ぎ去った。所詮は風の前の塵に同じだった。読者はただ宣伝に乗っかってくれただけだった。彼らは所詮、互助会で媚びを売って自らの作品も評価してもらおうという算段をしていたに過ぎなかった。日間ランキングには居座れず。Xのプロフィールは、「先日小説を書き始めた高校生です」。埋もれてしまうのも無理ないか。そのまま惰性でスクロール、スクロール。
「これはマッチングアプリか何か?それとも就活でもしてんの?」
天井の薄白い丸を眺めていたら、次第に二重三重に増えていった。在音は云った。
「ざまあみろ。つまるところあんたの話は、消耗品に過ぎないってわけだ。ウチを殺しといてこのザマか?ええ?」
金槌で後頭部を砕かれたような気分だ。ベッドに拳を振り下ろして、猫パンチ猫パンチ。
***
「梨花姉ちゃん、また他にも書いてよー。まだ在音姉ちゃんとの思い出いっぱいあるんでしょ?」
梨花にとって、それはナイフを向けられたに等しかった。
「うーん、在音姉ちゃんとの思い出は確かにいっぱいあるんだけどね、筆が進まないんだあ」
蓮はあからさまに、口を「むすー」っと尖らせる。口酸っぱくとは、まさにこのこと。
「ええーひどいよ、梨花姉ちゃん。在音姉ちゃんのこと好きなんでしょ?好きで書いてるんでしょ?だって梨花姉ちゃん、在音姉ちゃんにそっくりだよ?ちょっと明るくなってるもん!」
信号機が鳴き声を挙げた時、梨花は云った。
「そう、だね」
ノールックでスマホを起動し、PVを確認するも一切変わっていなかった。
***
とある路地裏のことだ。右にはスチール製の低い壁が。左には苔むした石塀と、荒いアスファルトの隙間から生えた雑草がひっそりと息を潜めている。蛍光灯にはクモの巣が張っていて、蛾だが蝶だかの羽がちぎれている。その先には、エナジードリンクとブラックコーヒーをやたらと強調している古汚い自販機が佇んでいる。
梨花はポケットから、小銭三枚ちょうど挿入した。すると、ず太い音とともにエナジードリンクが産み落とされた。梨花は缶に人差し指で触れるなり、反射でそれを引っ込める。そして、もう一度回収を試みる。
缶を開けた梨花は、喉の奥まで一気に注ぎ込んだ。喉がピクリと震え、手をグーにして咳き込んだ。
咳を抑え込んだ梨花は街灯のない一本道へと足を進めていく。ガードレールはネジのアタリから、じわじわと錆び始めている。
「あんたがウチに妬けるのはわかる。ウチばっかり輪の中心にいたからね。ウチがいなくなってスッキリしたんでしょ。ねえ、なら何で今更、蒸し返すの?そもそもウチのこと書いて、何がしたいの?」
何処かから救急車の悲鳴が聞こえてきた。でもすぐに遠のいていった。
「なんだっけ」
これは私の言葉だとは、とても思えなかった。
私は何がしたかったんだ。
在音を書いて。
思い出を並べて。
美しい顔ばかりを切り抜きして。
____梨花ちゃんは優秀だよねー尊敬しちゃうなあ
私は在音をこの世に残したかったのか。
違う。
あんな女。
あの女は、本当はもっと棘があって。
もっと面倒で、もっとわがままで、もっと人間くさくて。
____休み時間もずっと勉強してるねえ、ちょっとは絡みたいんだけどなあ
なのに私は、削除した。
大衆受けする完璧少女に書き換えた。
それって、供養?
____事故のあと、警察とかニュースとかは、みんな姉ちゃんが可哀想って言ってるだけで。でも、小説の中の姉ちゃんは、すっごく楽しそうで、キラキラしてて。僕、読んでて嬉しかった。姉ちゃん、梨花姉さんと一緒にいれて幸せだったんだなって
違う。
死者への冒涜だ。
ちょっとした嘘をねじ込んで。
理想の虚像を植え込んで。
記憶は消費されていく。
砂漠の砂みたいにさらさらと流れていって、留まることを知らない。
在音は、ずっと世界の中心にいた。
私が云えなかったことを、平気な顔で言いやがって。
私が躊躇った場所に、迷いもなく座りやがって。
眩しかった。
腹立たしかった。
憎らしかった。
羨ましかった。
____在音姉ちゃんにそっくりだよ?ちょっと明るくなってるもん!
ああ、そうか。そうだったんだ。
私、在音になりたかったんだ。
世界に受け入れられたかったんだ。
だから、書かなきゃ。




