牢獄の隣人、或るpsychopathの戯言
※ 氣分を害する作品で御座いやす
御了承下さいまし
夜中に珍しく足音が響いた。
「おい。真直ぐ歩け。六〇〇番」
「どう、歩こうガ。結局、檻の中に入ルんだろ?」
看守に、六〇〇番と呼ばれた無精髭の男は、タップダンスを踊りながら五九九番の部屋を、ジロと見た。その部屋には、痩せた三十代の男が、六〇〇番を鋭い目つきで見ていた。
(気味の悪い男だ)お互いに、そう思った。
五九九番の隣の部屋に、六〇〇番が入り、金属音の後に、看守の足音が遠ざかっていった。胡坐をかいた六〇〇番の顔に、鉄格子の影が二本、黒い涙を流すが如く。
六〇〇番は、五九九番に囁いた。
「ヘヘッ。ダンナ、一体何してこんなトコ、来たんですかい? 強姦でもしたんですかい? しかし、劣悪な牢獄ですナ」
鼠が一匹、五九九番の部屋の前を通り抜けた。五九九番は鼠を睨みつけ、早くこの牢獄から脱したいと強く願った。
六〇〇番の部屋の前で、鼠は激しく鳴いた。六〇〇番は鼠の尻尾を掴み、床に強く叩き附け、鼠は氣絶したのか、絶命したのか判らないが、もう動かない。六〇〇番は尻尾を掴んだまま小指を立て、鼠の頭を噛み千切り、クチャクチャと音を立て、骨ごと喰らった。
壁をドンと、叩いた六〇〇番は、
「ゴキブリは、漬物みたいなものでヤんす」と言って口に含んだ。
鼠の骨を爪楊枝にしながら、六〇〇番は訊いた、
「ダンナァ、人を刺した事ありますかい? 突き刺すよりも、引き抜く瞬間の、感触が最高でしてネ。刺して、刃をグリッと横にして、そんでもって引き抜くんですヨ。ましてや、相手が幼女となると……」
「五月蠅いッ」五九九番は、低い声で言った。
「まぁ、そう氣を立てないで下せェ。あっしは、ソレで、此処に来たんスから」そう言って六〇〇番は、指先まで伸ばした手を、鉄格子の向こう側に、そして、手をゆっくり横にして、引いた。
沈黙の後、五九九番は重い口を開いた、
「俺の娘は、強盗に殺された」
六〇〇番は、歓喜の声を抑えるのに必死で、口を手で覆った。
「俺は何とか、その強盗を見つけ出し、殺した」
「あァ、それでダンナ、こんなトコへ。そリゃあ、御氣ノ毒様で御座いやす」
六〇〇番は、続けて言った。
「然しね。あっしの場合は、恨まれても殺られなかった。いや、相手が、あっしと人違いで、別人を殺っちまったんです。ヘヘッ。そうなると、話は別でしょウ? んで、その相手ってのがね、この刑務所に居るらしいんだ。ダンナァ、知りませんか? でも、これじゃあ、わからないですな。一つ附け加えると、あっしは、その幼女の尻を切って、喰らいヤしたよ」
「貴様かッ! 殺してやる! 殺してやる!」
充血した眼球から、血を流した五九九番は、強く歯を食いしばり過ぎて、歯を数本折り、噛砕きながら、氣を狂わせ、鉄格子を両手で掴み揺さぶった。
「鼠みたいな食感デ、美味で御座いやした。御乱心の様子ですな? ダンナ、恋煩いかな?」
看守が走って、五九九番の部屋まで来た、
「静かにしろ! 五九九番、静かにするんだ!」
「コイツだ! 俺の娘を殺したのは、隣の部屋の男だ!」
「訳の解らん事を言うな! 隣の男は、万引きだ。明日には、出ていく」
看守は、六〇〇番に向かって言った、
「すまんな。場所が無くて」
「いえいえ、どうせ一晩で御座いやす。あっしは何処デモ」
五九九番は、舌を噛み切っていたが、氣絶しているのか、絶命しているのか、先程の鼠の如く判らないが、孰れの結末も六〇〇番に喰われる運命であったのだ。六〇〇番は無表情で口を尖らせて、大きな曖氣をした。
高い塀の向こう側、月に照らされて、鴉が鳴いていた。




