第7話:ドクター・Aの最期
アキラはシステム室でユキを安全な場所に寝かせると、タケルが切り開いたルートを辿り、最上階へのエレベーターに飛び乗った。エレベーターは、ユキが解除したばかりのロックを越え、凄まじい速度で塔の頂上へと上昇していく。
『アキラ!エレベーターが動いたぞ!最上階には、ドクター・Aと、最後のハイブリッド実験体が一匹残っている!』タケルの荒い息遣いが無線で伝わる。
「了解!タケル、俺が奴の動きを封じる!あなたは奴の『心臓』を突け!」
エレベーターが最上階に到着する直前、タケルはすでに戦闘を開始していた。
マスター・コントロール・ルーム。そこは、東京全域を見下ろすガラス張りの空間だった。中央には、高周波の起動信号を放つ巨大なコンソールがあり、その前に、白衣を着た中年の男、ドクター・Aが立っていた。彼の横には、全身の毛並みが銀色に輝く、最も知性の高いハイブリッド実験体が控えている。
タケルは、銀色の獣と対峙していた。
エレベーターの扉が開き、アキラがライフルを構えて飛び出した。
「ドクター・A!計画は失敗だ!ユキが電力供給を遮断した!」アキラが叫ぶ。
ドクター・Aは、アキラを一瞥し、嘲笑した。
「東雲アキラくんか。君の知識は素晴らしい。だが、まだ理解していないようだ。私は敗北などしていない。この獣は、外部電源がなくとも、私の『精神波』によって、最後の指令を完了する」
ドクター・Aは、自らの頭部に装着していた小型の増幅装置を起動させた。
「見よ!この『シルバー』は、私の脳の指令を直接受ける!私の『人類再構築』の理想が、今、この都市に実現する!」
シルバーと呼ばれる最後のハイブリッド実験体は、ドクター・Aの精神波を受け、タケルに向かって猛然と突進した。その動きは、これまでのどの獣よりも正確で、鉈の動きを完全に予測している。
「くそっ、直接操作か!」タケルは、シルバーの爪をかわすのが精一杯だった。
「タケル!下手に動くな!奴はあなたのマタギの動きを予測する!俺に合わせろ!」アキラが叫んだ。
アキラは、ライフルをシルバーに向けて発砲するのではなく、ドクター・Aが立っているコンソールの真下を狙って、徹甲弾を撃ち込んだ。
ドォン!
弾丸は床を貫き、コンソールの冷却システムを破壊した。冷却を失ったコンソールは、異常な熱を発生させ始めた。
「貴様!何をする!」ドクター・Aが慌ててコンソールを操作する。
「高周波信号は、熱に弱い。ドクター、あなたの『精神波』もな!」アキラは叫んだ。
異常な熱によって、シルバーとドクター・Aを繋いでいた精神波の伝達にノイズが発生する。シルバーの動きが一瞬だけ不規則になり、予測不能になった。
「今だ!タケル!予測不能な動きに乗じろ!」アキラが叫ぶ。
タケルは、シルバーの動きが崩れたその一瞬を見逃さなかった。彼は、マタギの伝統的な狩りの動きではなく、あえて不器用なフェイントを仕掛けた。シルバーの予測が外れた瞬間、タケルは身体を捻り、鉈をシルバーの喉元の急所に、一閃の下に叩き込んだ。
ブシュッ!
シルバーは、断末魔の叫びと共に、その巨体をコントロール・ルームのガラスに叩きつけ、遠い地上へと落下していった。
ドクター・Aは、自身の最高傑作が狩られたのを見て、茫然自失となった。
「なぜだ…なぜ、予測不能な動きに…!私の『知識』は完璧だったはずだ!」
タケルは、ドクター・Aの前に歩み寄り、血に濡れた鉈の切っ先を、科学者の胸元に突きつけた。
「貴様の知識は、『傲慢』だ。この都市で、命を弄び、その命を『道具』とした。それが、お前が破った『山の掟』だ」タケルは、低い声で言った。
「馬鹿な!私は、人類を救おうとした!この腐りきった秩序を再構築しようとしただけだ!」ドクター・Aは逆上した。
アキラは、ドクター・Aの増幅装置を破壊し、最後の高周波信号の発信を阻止した。
「あなたの『再構築』は、何千もの命と、この都市の未来を犠牲にするものだった。それは、『正義』ではない。タケル。『獲物』の狩りは、完了だ」
タケルは、ドクター・Aを斬らなかった。彼は鉈を下げた。
「お前を殺すのは、『マタギ』の仕事ではない。お前を裁くのは、『組織』の仕事だ」
タケルがそう宣言した瞬間、塔の扉が破られ、熊嵐隊長が率いるマタギの精鋭隊員と、自衛隊の特殊部隊がなだれ込んできた。
熊嵐隊長は、タケルとアキラの無事を確認すると、静かにドクター・Aに向かって歩み寄った。
「ドクター・A。貴様は、『山の掟』も『人の掟』も破った。マタギの名にかけて、貴様を、『都市の災厄』として拘束する」
東京の命運を賭けた、垂直の戦いは、今、終わりを告げた。




