第3話:熊嵐の決断と支援者
都庁地下の仮設医務室。重傷を負い意識不明のリョウのベッドサイドに、熊嵐隊長が立っていた。彼の横には、自衛隊から派遣された連絡将校が、苛立たしげな表情で待機している。
「熊嵐隊長。篠田タケルと東雲アキラの確保は、最優先事項です。彼らは国家機密を漏洩した。貴隊のリョウ隊員の件は理解しますが、鉈一本の行方など、後回しにすべきでは?」将校が冷たく言った。
熊嵐は、その言葉に静かに怒りを滲ませた。
「貴様らには理解できまい。我々マタギにとって、鉈は単なる武器ではない。それは『魂』であり、『隊員の命』だ。リョウの負傷は、タケルの『魂』が奪われたことによる動揺が原因だ。まず、その鉈を見つけねば、隊員の士気は保てん」
これは、タケルとアキラが証拠を持ち帰った際の、鉈と警棒の交換という事実に基づいた、苦し紛れの嘘だった。熊嵐は、リョウの重傷と、マタギの伝統を盾に、タケルとアキラの追跡を一時的に『鉈の捜索』という名目で曖昧化させたのだ。
将校が渋々了承し、部屋を出た直後、熊嵐は医務室の隅にいる隊員、シロウに合図を送った。
「シロウ。準備はいいな」
シロウは、タケルたちと共に渋谷を戦い抜いた隊員だ。彼は、タケルとアキラの行動の裏に、真実があることを直感的に理解していた。
「はい。隊長命令とあれば。『訓練演習用の備品』を運搬中です」シロウはそう答えたが、その言葉に含まれた意味は、タケルたちが潜伏に使える物資(医療品、食料、予備の通信機など)を、指定された場所に届けることを意味していた。
熊嵐は、深く息を吐き出した。
「俺は、組織の秩序を守るため、タケルと東雲を『裏切り者』としなければならない。だが、マタギの掟は、『理不尽に命を弄ぶ者』を決して許さない。行け、シロウ。彼らは、俺が守りたかった『マタギの未来』だ」
熊嵐は、自らの信念と組織の責任との間で、苦渋の選択をしたのだ。
シロウの運ぶ備品の中には、普通の装備に紛れて、一枚の古い山刀の手入れ用の布が隠されていた。
その布には、熊嵐隊長がかつてタケルに教えた、マタギの伝説の歌の一節が墨で書かれていた。
「…陽の落ちる山を越え、闇の奥の光を討て…」
この一節は、マタギの古い伝承に登場する「悪しき神が降臨する場所」を示すもので、ユキが解析したドクター・Aの最終目標地、渋谷の巨大電波塔を暗に示す暗号だった。
タケルとアキラの隠れ家に到着したシロウは、周囲を警戒しながら物資を置いた。
「タケル様、東雲様。隊長からの…命令です」シロウはそれだけ言うと、頭を下げて去った。
タケルは物資の中から、その古い布を見つけ出し、アキラに見せた。
「これは…熊嵐隊長からのメッセージだ」タケルは、布に書かれた一節を読み上げた。
アキラは即座にその意味を理解した。
「陽の落ちる山…電波塔の影。闇の奥の光…頂上にある主電源。ユキの解析した電波塔のことだ!」
その時、ユキとの通信が回復し、焦った声が響いた。
『アキラさん!タケルさん!熊嵐隊長からの支援物資、確認しました!そして、解析完了です!ドクター・Aの最終計画が判明しました!』
ユキは、渋谷の巨大電波塔の3D画像を映し出した。
『ドクター・Aは、この電波塔の最高出力の送信用アンテナを利用し、都内全域に散らばる異形種の残存個体全てに、一斉に高周波の起動信号を送ろうとしています!』
「何だと…!」タケルが声を荒げる。
『成功すれば、残りの獣は、自衛隊の戦術を学習した制御不能の群れとなり、東京は完全に破壊されます!』
アキラは冷静に、電波塔の構造図と、熊嵐からの暗号を重ね合わせた。
「タケルの言う通りだ。電波塔の頂上にある主電源を破壊すれば、計画は阻止できる。これが、ドクター・Aが仕掛けた『東京破壊のタイムリミット』だ」
タケルは、静かに鉈を握りしめた。彼の心には、もはや私情や迷いはない。あるのは、狩人としての純粋な使命感だけだ。
「行くぞ、アキラ。ユキ。これが、俺たちの最後の狩りだ。そして、『真の東京奪還』だ」
二人は、ユキの待つ次の合流地点へと、決戦の地、渋谷の巨大電波塔を目指して、走り出した。




