第2話:逃亡中の共闘:『二人の聖域』
都内のオフィス街の廃墟。タケルとアキラは、自衛隊の追跡を逃れるため、地上から数十メートル離れたビルの屋根裏に潜伏していた。
ユキからの定期的な通信が途絶えた今、彼らに残されたのは、互いの存在と、盗み出したデータだけだ。
「このエリアは一旦安全です。軍のパトロールルートから外れている」アキラは、端末の電力残量を気にしながら、周囲の状況を分析した。
タケルは、隠れ家の隅で、鉈の刃を磨いていた。彼の動きは無駄がなく、もはや元自衛官候補生というより、完全に「影の狩人」のそれだった。
「ユキとの通信が途絶えたのは、奴らの追跡から俺たちを守るためだろう」タケルが言った。「ユキも、別の場所で戦っている」
アキラは、タケルの横に座り、備蓄してあったエネルギーバーを半分に割った。
「ユキは俺たちの『目』であり、『命綱』だ。彼女は必ず、ドクター・Aの次の動きを探し出す。それまで、俺たちは『狩り』を止められない」
極限の逃亡生活は、彼らの心身に疲労を蓄積させていたが、その反面、二人の絆はかつてないほど強固になっていた。彼らは、互いの「最も弱い部分」と「最も強い部分」を知り尽くしていた。
タケルの熱意は、アキラの冷静さという「鞘」に収められ、アキラの知性は、タケルの強靭な肉体という「刃」を得ていた。
夜が更け、冷気が屋根裏に流れ込む。タケルは火を起こすことをせず、互いの体温で暖を取るように、アキラと背中合わせで座った。
「タケル。あなたは、怖くないのか?」アキラが静かに尋ねた。
タケルは、アキラに背中越しに答えた。
「正直に言えば、怖い。獣と戦うのは、山の掟と本能が知っている。だが、人間と戦うのは、未知だ。俺たちの行為が、本当にこの都市を救うのか、それともただの『反逆』に終わるのか」
アキラは、タケルの言葉を聞き、自身の感情を吐露した。
「俺も怖い。俺の知識が間違っていたら、あなたの命を危険に晒すことになる。俺は、あなたの鉈の重さ、その『命を懸けた覚悟』を知っている。それが、俺の最大のプレッシャーだ」
二人の間に、一瞬の沈黙が流れた。
タケルは、自分の背中に寄りかかるアキラの体温を感じた。
「だが、アキラ。お前のそばにいると、その怖さが薄れる」
「…それは、なぜ?」
「お前は、『正しい』からだ。お前の分析、お前の判断、お前の知性は、すべてこの状況において『正義』だ。俺のマタギの心は、その正義を狩ることを選んだ。俺たちは、誰からも追われる身だが、ここには誰も踏み込めない『聖域』がある」
アキラは、タケルの背中の頼もしさに、深く頷いた。彼らが信じる真実と正義は、この小さな空間、二人の心の中にしか存在しない。それが彼らの『聖域』だった。
夜明け前、ユキとの通信が一瞬だけ復旧した。
『タケルさん、アキラさん!無事ですね!良かった…!』ユキは、安堵からか声を震わせた。
ユキは、最新の情報を伝えた。
『熊嵐隊長が動きました! 隊長は、自衛隊に対して、リョウさんの重傷を理由に、タケルさんの「鉈」の捜索を優先させるよう要請。その上で、都庁内部の旧式マタギ備品庫を「誤って」開放しました!』
「旧式備品庫…!?」アキラが目を見開いた。
『はい。それは、タケルさんたちが潜伏に使える物資(食料、医療品、通信機など)が隠されている場所です!隊長は、私たちを『裏切り者』としながら、支援物資を流してくれた!』
熊嵐隊長は、タケルたちの行為を組織上は許せないが、マタギの仲間としての、そして人間としての「真の正義」を理解し、「影からの支援」を決断したのだ。
「隊長…」タケルは、目頭が熱くなるのを感じた。
『そして、もう一つ…ドクター・Aの動向です。彼は、大規模な電波を放つ施設にアクセスしている。おそらく、残党の獣を一斉に起動させるための準備です…』
ユキの言葉に、タケルとアキラは顔を引き締めた。いよいよ、最終決戦の時が迫っていた。




