第3話:タケルの焦燥とアキラの分析
都庁を出たタケルとアキラは、新宿外郭へと繋がる廃墟となった幹線道路を、静かに進んでいた。夜の冷たい空気が、タケルの火傷を負った肌を刺す。
タケルは、歩きながらも時折、無意識に腰の鉈を握りしめた。その内面には、リョウの重傷、そして熊嵐隊長の頑なな拒絶に対する激しい苛立ちが渦巻いていた。
「タケル、ペースが速い。このエリアは残党が徘徊している可能性がある」アキラが冷静に指摘した。
タケルは足を止めた。
「分かっている。だが、アキラ。俺は、この『怒り』をどうすればいいか分からない」タケルは珍しく、感情を露わにした。「俺たちの敵は、獣ではない。人間だ。その事実に、俺のマタギとしての哲学が揺らいでいる」
「あなたの哲学は、『山』にある」アキラはタケルに向き合った。「『山』は、獣を殺すことで、命を循環させる。しかし、この都市で獣を生み出し、利用するのは『傲慢』だ。それは自然の摂理を壊す、『病巣』だ」
アキラは、タケルがかつて口にした言葉を引用した。
「マタギの掟の一つに、『山の神(獲物)を弄ぶな』というものがあったはずだ。彼らは、その掟を破った。だから、あなたの『狩り』の目的は、変わらない。『病巣』を断ち切り、命の循環を元に戻すことだ。相手が人間でも、獣でも、『狩る』ことに変わりはない」
タケルの目に、再び強い光が宿った。アキラの言葉は、彼の揺らぐ哲学に、新たな『論理』という杭を打ち込んだ。
「…ありがとう、アキラ。お前の頭脳は、俺の感情という『暴走する獲物』を制御してくれる」
タケルが冷静さを取り戻したのを確認し、アキラはタブレットを取り出した。
「さて、本題だ。俺は、敵の真の目的を『異形種を利用した都市の兵器実験』と分析している」
アキラは、都庁襲撃時の獣の動きのパターンをタケルに見せた。
「奴らが最も執拗に狙ったのは、マタギの指揮系統と補給線だった。これは、獣の本能ではなく、戦術を学習するプログラムに基づいている」
「俺たちの動きを、すべてデータ化していたと?」タケルが低い声で呻く。
「おそらく、そうだ。そして、都庁のシステムへのハッキングも、俺たちの対抗策、特にユキの解析能力のレベルを探るための『挑発』だった」
アキラは結論づけた。
「つまり、敵は、『都市を舞台に、マタギという強敵を仮想敵にした、完璧な生物兵器の運用データ』を欲している。彼らは俺たちを、ただの『研究材料』としか見ていない」
タケルの握る鉈に力がこもった。彼らの仲間は、研究材料の犠牲になったのだ。
「研究施設に潜入する目的は二つ。一つは、ドクター・Aという研究責任者の特定。もう一つは、全ての研究データと制御システムを破壊することだ。それが、これ以上、東京が実験場にならないための唯一の道だ」
ユキの構築した『影のネットワーク』を通じて、二人は最終的な侵入経路を確認した。
『施設外周の警備は、残党の異形種が担っています。タケルさんの『静音性』をもってすれば、接触を避けて侵入は可能です。問題は、地下です』ユキの声が響く。
「地下に何がある?」タケルが問う。
『施設の地下には、旧式ながら強固な鋼鉄製のセキュリティドアが残っています。外部からはハッキング不可能。突破するには、物理的な力が必要です』
アキラはインフラマップを見ながら、即座に判断を下した。
「正面突破は、警備チームを呼ぶ。タケル、俺のルートに従ってくれ。施設の廃液処理管を利用する。ここは、ユキの解析で唯一、センサーが機能していない死角だ」
「廃液処理管…狭すぎる。だが、俺の潜入術には最適だ」タケルが頷いた。
アキラは、懐から小型の遠隔操作式「クローラー(探査機)」を取り出した。
「タケル。このクローラーが、処理管の内部構造をスキャンし、あなたの『目』になる。俺は外部から、緊急時の爆破ルートと、ユキへの通信を確保する。あなたは、この廃墟の『地下』を狩ってくれ」
夜の闇の中、タケルとアキラは、互いの任務を再確認し合った。彼らは、それぞれの役割を完全に信頼し、誰も知らない『影の狩り』へと踏み出そうとしていた。




