第2話:ユキの追跡と『影のネットワーク』
都庁の作戦室。マタギ隊員たちが通常の掃討作戦の準備を進める中、ユキは特務遊撃班の小さな区画で、異様な集中力をもってキーボードを叩いていた。
彼女の目の前の画面には、都庁のネットワークに侵入してきたハッキングの「残滓」が、幾何学的なパターンで表示されている。
「…速すぎる。冗談でしょ」
ユキは、敵の技術力の高さに苛立ちを覚えていた。相手は、都庁のセキュリティシステムを一時的に麻痺させ、獣の誘導に使った。その痕跡は完璧に消去されているように見えたが、ユキは「パケットの微細な揺らぎ」という、誰も気にしないノイズを頼りに追跡を続けていた。
「この周波数帯域、軍用の暗号化プロトコル…しかも、故意にノイズを混ぜて、信号の出所をカモフラージュしている」
まるで、ユキの技術を熟知しているかのような、挑発的なハッキングだった。
数時間の格闘の末、ユキはついに一つの結論に達した。
「突き止めた。この周波数と電力消費パターンは、都内でも極限られた施設でしか生成できない。新宿外郭、旧・東都生命科学研究所跡地」
そこは、30年前に「環境テロ対策」の名目で閉鎖された、曰く付きの巨大な廃墟だった。ユキは、その施設の過去のインフラマップと、現在の残存ネットワークを重ね合わせる。
「ビンゴ。電力供給、地下通路の構造、そして何より、高周波音波発生装置の設置可能性。全てが、異形種の制御に適している」
ユキは、タケルとアキラの狩りをサポートするため、都庁のメインネットワークから独立した『影のネットワーク』を構築し始めた。それは、外部からの傍受を不可能にする、三人だけの安全な通信回線だった。
タケルは医務室から戻ると、血の滲む包帯の上からグローブをはめ、鉈の手入れをしていた。その動作は冷静に見えるが、彼の瞳には抑えきれない焦燥が宿っていた。
「リョウは…まだ意識が戻らない」タケルが沈痛な声で言った。「俺は、俺の判断ミスで仲間を危険に晒した。そして、熊嵐隊長は、真実を無視する」
アキラは、施設跡地のインフラマップを広げながら、タケルの焦燥を理解していた。
「タケル。俺たちの戦術目標は変わっていない。怒りは、戦場で最も危険な毒だ。その毒を制御するのが、俺たちの『連携』だ」
アキラは、マップ上を指差した。
「敵の目的は、単なる都庁の襲撃ではない。彼らは、異形種の群れを、自分たちの実験結果を測るための『兵器』として利用している。都庁の地下を襲わせたのは、我々マタギの戦術データを収集するためのテストでもあったはずだ」
「つまり、俺たちの動きはすべて読まれていると?」タケルが問い返す。
「その通り。だからこそ、俺たちは『特務遊撃班』として動く。熊嵐隊長の『表の狩り』とは異なる、予測不能な『影の動き』で敵の裏をかく」
アキラは、懐から取り出した小型のドローンを操作し、施設の3D構造図を空中投影した。
「ユキの解析により、敵拠点は特定されました。タケル。あなたは『影の鉈』として、ステルスで侵入し、敵の『指揮官』を叩く。俺は『支援』として、外部からドローンの索敵と、緊急時の『活路』を開くための爆破ルートを確保する」
タケルは、アキラの冷静沈着な戦術と、自分を制御しようとする強い意志を感じた。その信頼こそが、彼を焦燥から救い出す唯一の薬だった。
「…分かった、アキラ。俺は、お前の『頭脳』に従う」
潜入に際し、二人はマタギの備品庫から最低限の装備を選び出した。
タケルは鉈に加え、音を吸収する特殊な素材でコーティングされた軽量スーツと、夜間視界を強化する最新型の暗視ゴーグルを装備。
アキラは、ライフルの他、リモート操作可能な小型爆薬、そしてユキと接続するための高性能通信端末を身につけた。
「タケル。もし俺が、敵に捕縛されるような事態になったら…」アキラが口を開いた。
タケルはアキラの言葉を遮った。
「そんな『戦術の失敗』は、ありえない。俺の鉈が、お前を守る。そして、俺自身がもし制御不能になったら…」
タケルはアキラに、予備の散弾銃を渡した。
「迷わず、俺の『心臓』を撃ち抜け。それが、俺たちが結んだ『生死を共にする契約』だ」
アキラは静かに銃を受け取り、タケルの目を見つめた。
「了解。タケル。俺は、お前の『生還』を前提とした戦術しか立てない。俺の銃は、『敵』のためにある」
夜の帳が降りる中、タケルとアキラは、誰にも知られることなく都庁を後にした。東京を救うための「影の狩り」が、今、始まる。




