第1話:組織の境界線
都庁の地下、マタギ特殊部隊の仮設医務室。
光ケーブルシャフトでの火傷を負ったタケルと、腕を負傷したアキラは、簡単な処置を受けていた。彼らの前には、熊嵐隊長が重い面持ちで立っている。
「タケル、アキラ。貴様たちの都庁防衛の功績は大きい。しかし、東雲の持ち込んだ『生物兵器』の報告は、一時的に非公開とする」
熊嵐の言葉は冷たかった。
「隊長!」アキラが反論しようとすると、熊嵐が制した。
「組織の混乱を避けるためだ。もしこの情報が隊内に広まれば、『我々は獣ではなく、人間と戦っている』という動揺が広がり、隊は瓦解する。この都市を維持するためには、マタギの信念が必要だ」
タケルは静かに熊嵐を見つめた。
「隊長。それは、真実から目を背けるということですか?」
「違う!俺は、この都市を守る『責任』を全うする」熊嵐はそう言い放つと、一つの命令を下した。「タケル、お前と東雲、そして西条ユキを、『特務遊撃班』に任命する」
アキラは驚いた。これは左遷ではなく、異例の昇格だ。
「特務遊撃班…?」
「表向きの任務は、周辺に残る獣の『掃討』だ。だが、その裏で、貴様たちは西条ユキの解析に基づき、『獣を操る人間側の敵』を密かに探れ。俺がその調査を黙認し、必要な物資を融通する」
熊嵐は、マタギの伝統という「境界線」を守るため、真実を認めないフリをしながら、タケルたちに真実を追う「裏の許可」を与えたのだ。
「ただし、この件が外部に漏れた場合、貴様らはマタギの裏切り者として、俺が直接、排除する」熊嵐の目は、真剣だった。
タケルとアキラは、互いに顔を見合わせた。彼らは、組織のトップと対立しながらも、そのトップの黙認を得て、真実の狩りを続けるという、孤独な道を選んだ。
作戦室に戻ると、ユキが不安そうに二人を待っていた。
「隊長、結局、信じてくれませんでしたね…」
「信じる信じないの問題じゃない、ユキ」アキラはタケルから渡された特務班のバッジを握りしめた。「隊長は、マタギという『集団』を守るために、真実を犠牲にした。だが、俺たちの任務は、『東京』という集団を守ることだ」
タケルが、アキラの肩に手を置いた。
「熊嵐隊長は、お前の知識が『銃』になり、ユキの情報が『目』になることを知っている。俺たちは、隊長の『表の狩り』とは違う、『影の狩り』を始める」
タケルはユキに尋ねた。
「ユキ、お前の解析は、敵の拠点をどこだと示している?」
ユキはタブレットを操作し、都庁の北、新宿外郭に広がる、廃墟と化した巨大な研究施設跡地を指差した。
「都庁へのハッキング経路は、この施設跡から発信されています。電磁波のノイズがひどく、詳細な特定はできませんでしたが…ここが、異形種の『製造現場』、または『制御センター』である可能性が高いです」
アキラは、研究施設跡地の詳細なインフラマップを広げた。
「タケル、行くぞ。俺の知識とユキの解析を信じるなら、『待ち』の作戦は通用しない。敵が再び動く前に、俺たちから『仕掛ける』」
「ああ」タケルは深く頷いた。火傷の痛みも忘れ、彼の狩人の本能が再び燃え上がった。「ユキ、お前の役割は、都庁に残って、俺たちの侵入をサポートすることだ。この狩りでは、二人の『影』だけが動く」
アキラとタケルは、互いの背中を預け合い、静かに作戦室を出た。彼らが向かうのは、組織の境界線を越えた先にある、人間が作り出した闇だった。




