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獣境都市TOKYO:俺たちが生き残るための、殺戮ヒグマ殲滅マニュアル  作者: AAA
第一部

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第2話:マタギの夜明け

 ガリッ!ガンッ!


鋼鉄の玄関ドアは、異形種の爪で深くえぐられ、蝶番が悲鳴を上げている。ドアスコープから覗いた巨大な瞳は、もういない。ドアの向こうから聞こえるのは、獲物を引き裂く咀嚼音と、分厚い鉄板に体当たりする鈍い衝撃音だけだ。


「……佐々木さんの、ご遺体か」


アキラは固唾を飲んだ。奴はドアの前で時間をかけて食事をしている。幸い、そのおかげでドアを破る作業は一時的に中断しているようだ。


(チャンスは、一瞬)


アキラはポケットからスマホを取り出し、先ほどの通知を再確認した。


『未確認情報:都心の一部地域にて、特殊部隊【マタギ】の出動を確認』


「マタギ…昔のクマ撃ちの集団だろ?まさか本当に」


都市伝説か、誰かの悪質なジョークか。だが、この絶望的な状況で、この単語が持つ重みは尋常ではない。


アキラはバットを床に置き、押し入れから厳重に包まれた長物を取り出した。それは、分解されたエアガンでも、猟銃でもない。


サバイバルナイフと、それを固定するための工具一式。そして、元自衛官候補生時代に学んだ、「都市型戦闘術」の記憶だ。


「食事が終わる前に、動く」


アキラはリビングに戻ると、手慣れた動作でベランダの簡易バリケード(鉄パイプとメッシュフェンスを組み合わせたもの)を部分的に解体した。ここから脱出する。目的は二つ。


1. 食料・物資の確保。

2. 「マタギ」と接触するための情報収集。


アキラがマンション裏の非常階段から脱出し、廃墟と化した裏路地に降り立つ頃には、異形種の食事は終わっていたようだ。彼の部屋の階下から、断続的に、引き裂くような咆哮」が響いている。もうこのマンションは終わりだ。


「とにかく、新宿駅方面へ」


新宿区、歌舞伎町。日本の欲望が詰まったこの街は、今、巨大な獣たちの欲望に満ちていた。


街を覆う静寂は、時折、遠くから聞こえる「パァン!」という乾いた銃声のような音によって破られる。それは散発的で、まるで無力な抵抗のように聞こえた。


アキラは路地裏のゴミを漁り、使えそうな物を確保しながら進む。彼の身体には、元々備わっていた「野生の勘」が目覚め始めていた。風に乗る獣の匂い、アスファルトに残された異常に大きな足跡、そして上空から聞こえる微かなヘリコプターの音――。


 廃墟となったゲームセンターの前に差し掛かった時、アキラは異変に気づいた。


入り口のシャッターに、小さな光が点滅している。


モールス信号。


しかも、かなり古い形式の、あえて目立たないように発信された信号だ。


『…キ…タ…ア…イ…ニ…サ…レ…』


「気づいたのか…?」


アキラは警戒しながら、信号が発信されているビルの2階を見上げた。窓の暗闇の中に、微かに人の気配を感じる。


「おい!そこにいるのは誰だ!」


アキラが叫ぶと、光はすぐに消えた。しかし、数秒後、別の信号が発せられた。


『…コ…コ…ニ…イ…ル…』


アキラは壁沿いを伝い、ビルの裏階段を駆け上がった。錆びた鉄骨の階段を登りきると、窓のない薄暗いフロアに、一人の少女が立っていた。


西条ユキ。


まだあどけなさの残る顔だが、その瞳には極度の緊張と、それを上回る冷静さが宿っている。彼女の指先には、改造された古いルーターが握られていた。


「よかった…生きてた人がいた」ユキは安堵の息を漏らしたが、すぐに鋭い表情に戻った。「東雲さんですよね?10階の方。佐々木さんの件、見ました。ごめんなさい、助けられなくて」


「お前こそ、なぜここに?この街をまだ脱出できてないのか」


ユキはルーターを抱きしめ、短く答えた。


「脱出はできない。道路も鉄道も、奴らのせいで機能停止。それより、私、情報を集めていたんです。」


ユキは、古くなった液晶ディスプレイを指差した。画面には、都内各地の監視カメラ映像(ほとんどがノイズで途切れている)と、傍受された無線通信のログがびっしり表示されている。


「先ほどの『マタギ』の通知、デマじゃありません。このログを見てください」


ユキが指差した行には、短い暗号と、特定の周波数帯で交信されたログが残っていた。


『コード:ヤマビコ。地点:霞ヶ関。時刻:03:45。対象:ヒグマ級。排除完了』


「『ヒグマ級』の排除って…東京で?そして、この通信を追跡したら、彼らが今夜、新宿中央公園に集結する可能性があることが分かったんです」


ユキの顔に、微かな希望の光が灯る。


「彼らに接触すれば、私たちは助かる。でも、公園までは、この物資じゃ無理」


アキラはバットを肩に担ぎ、冷たい視線を夜の歌舞伎町に向けた。


「いや、違う。この街で、生き残る手段を手に入れるんだ」


アキラは、ユキの目の前にナイフを突き立て、静かに言った。


「戦うための情報。それが、俺の確保したい『物資』だ。お前はそれに気づいて、俺を待っていた。違うか?」


ユキは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにフッと笑い、静かに頷いた。


「…さすが、元自衛官候補生。話が早くて助かる」


次の瞬間、ビルの外から、アスファルトを踏みしめる地響きが伝わってきた。


グウゥゥ……。


ゲームセンターの割れた窓ガラスが震える。


「ヤバい。今の音、さっきのよりデカいぞ」


ユキが顔色を変える。


アキラはナイフを手に取り、窓の外の暗闇を睨みつけた。


「静かにしろ。どうやら、最優先の『物資』が、向こうから来てくれたらしい」

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