第七話
男の命日が過ぎた、その週末に僕は男の弟が運転する車で、お墓に向かった。
ほとんど何も知らない人の墓参りがしたいなんて、後から考えてみたら、なんて変な話なのだろう。だけれど、家族はそれを受け入れてくれて、今こうして連れて行ってくれている。
お墓に向かう車中は、気まずさが漂うだろうと覚悟をしていたけれど、不思議とそのような事はなかった。
僕を気遣ってくれたのか、歳が近い弟だけが同行する事なった。弟も無闇に話すタイプでは無いらしく、車中は自然と安らぎで満ちていた。
弟は25歳で、僕が5歳離れた兄と同じ年齢だと初めて知り驚いていた。
あの時はニュースを見る余裕も気力無かった上に、僕にも拒絶され、一時は一家離散寸前まで行ったと話してくれた。
特に母親の精神的疲労が酷く、弟は両親を支える為に、大学を中退し、夢も諦める他なく、数年は兄を恨んだと呟いた。
その原因は僕にもある事が、お詫びのしようもない。僕の方こそ恨まれて当然だったのに、弟は身内の話だと気遣った。僕の不甲斐なさだけが露呈して、気恥ずかしい。
そんな僕を横目に、弟は今は兄を恨んでいないと笑った。
「オレも働くようになって、やっと兄さんの気持ちに追いつけました。兄さんは、オレ達家族が思っているよりも、ずっと優しい人だっただけなんです。
オレが小さい頃から、兄さんは優しくて、自分の事など二の次にしてしまうような人だったから。
だから、パワハラされても誰にも相談出来ず、一人我慢してしまって、衝動的に飛び込んでしまったんだと思います。兄さんの部屋から何枚もの途中まで書かれた遺書が出てきて、兄さんは本当に疲れてしまったんだなと思いました」
なんとなく、その背中が思い浮かび苦しくなった。
「兄の葬儀の時、会社からは電報だけが届き、兄が孤立していた事を知りました。
兄に友達が居たのか、誰か味方が側に居てくれたのか、後から考える事は幾らでも出来るのに、家族でも何も知らなかったのは虚しい話ですよね」
笑っているが心には憤りがあるのを感じる。
「電話帳には登録されてなかったんですか?」
「携帯は破損してしまって、でも前の携帯は残っていて、電話帳を見たけど家族のものだけしか入っていませんでした。兄さん消してしまったのか、登録すらしていなかったのか。分からないままです」
まるで自分の携帯のようで、複雑な気分だ。
「それに、葬儀は身内だけで済ませてしまったので、兄さんの友好関係は今でも分からないです。
だから、あの時は驚きの方が大きかったんですが、家に帰った後、母はあなたが兄さんを忘れないで居てくれた事とても嬉しそうにしていました。
ずっと塞ぎ込んでしまっていた母も随分と元気になってくれたので、やっと兄さんも安心できるんじゃないかと思います。
きっと、兄さんがオレ達を会わせてくれたんですね」
男も自分せいで苦しむ家族を見たくて『死』を選んだ訳ではないだろうから、もし、安心出来るのなら、そうだったのなら良いなと思えた。
「たらればの話なんですけど、もし兄さんがあなたと友達だったのなら、兄さんの人生は変わっていたのかも知れないですね。
オレから見たら、雰囲気が何処となく二人は似てるから」
弟は、気付いたかのように付け足した。
「あ、因みに、会社に入る前の兄にって事ですから」
顔も声も知らないのに、弟の話を聞いていると男に親近感が沸いたのは確かだった。僕は、男の弟が同じように感じていた事がおかしくて自然と笑っていた事にはっとした。
「そうですね。私も話を聞いて、お兄さんが何だか昔から知っている友達のような気持ちになりました。年齢も同じで、何処かで知り合って居てもおかしくはなかったと思います」
もし、家が近所だったのなら、きっと友達になっていたに違いない。
それに、友達でなくともあの駅のホームで何回とすれ違っていた事に気付いていたのかも知れない。
例えば、互いに、前を向いて生活をしていたのなら。
あの日の夕焼けの美しさに互いに笑いあったのかも知れない。
僕は、ぼんやりと流れて行く景色を眺めながら『それ』について考えた。
そして、あの男が最後に笑った意味が、なんとなく分かったように思えて僕は泣きたくなった。




