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『それ』  作者: 次郎
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第六話

「すみません。もしかして、7年前のここで亡くなられた男性のご家族でしょうか」

 隣から聞こえてきた話に、僕は気付けば二人に話しかけてしまっていた。

 僕の方を思い出させるのは憚れたが、話しかけてしまった手前、どう名乗ってもわだかまりが出来そうだったので、僕ははっきりと息子さんを最後に見た者だと言った。

 二人は言葉に詰まり、なんとも気まずい雰囲気が漂う。

「すみません。話しかけるべきではない事は重々理解しております。ですが、まさかここで男性のご家族と会えるなど思っていなかったものですから。話しかけてしまい、すみません。

 私も、今日は早く仕事が終わり、せめてお花をと思いまして」

 二人は支柱の下に、誰かが一輪だけ忘れて行ったかのように置かれた花を見つけた。

「落とし物かと思ってました」

 若い男性は、表情に困りながら男性の弟と名乗り、隣は母親だと紹介した。

「そうですね。私の落とし物です。お供えは出来ないので」

「わざわざ、兄の為にですか・・?」

「はい、毎年落とし物をさせて頂いています」

「もしかして、兄と知り合いだったんですか?」

 弟は不可解な面持ちで訊ねた。

「いいえ、知り合いではないです。言われてみれば、見知らぬ他人なのに、不快に思いますね」

 考えみると確かに知らない人物からのお供えは気味が悪い。僕が、落とし物を拾うとすると、弟はその手を止め、真っ直ぐ僕を見据えた。

「あなたは、ぼく達を恨んでいるものだとずっと思っていました。謝罪も拒否をされ、関わりたくないのだと思っていましたが、

 毎年兄を弔ってくれていたとは思ってもいなくて、正直戸惑っています」

 小さな一輪の花が、風で私の足元に転がって来ると、弟は大事そうにその花を拾った。

「ご家族を亡くされ、私も軽傷だったので、こちらの事は気を遣わせたくなくて、謝罪も慰謝料も無しで良いとお伝えしたしてほしいと伝言を頼んだのですが、ちゃんとお伝え出来ていなかったようですね」

 家族に負担をかけまいと思ってした事が、それが寧ろ、心の負担になってしまっていた事に申し訳ない気持ちになった。

 弟は、小さな一輪の花を支柱の側に置くと兄を思う弟の表情で僕を見上げた。

「こうやって兄を弔ってくれていたって事は、兄をぼく達を恨んではいないのですか?」

 その表情に、僕の存在も彼らを苦しめてしまっていたのだと知った。

 二人の悲しみで溢れた表情に、母親のその痩せて曲がった背中を見ると、7年もの間苦しませてしまっていた事を悔んだ。

「はい。ご家族や彼を恨んだ事は一度もありません。私は、この通り後遺症もなく生活出来ています。

 もっとちゃんと伝えておくべきでした。それ程、気に病まれていたかと思うと心苦しいです。

 私の勝手な気遣いでご家族を苦しめてしまった事お詫びします」

 僕の言葉に、母親は何度も首を横に振った。

「こちらこそ、息子があなたに迷惑をかけてしまった事を謝ります。あなたが無事に生きていてくれて安心しました」

 二人の先程までの悲しい表情が、少しだけ明るくなった気がして僕も安心した。

 母親は、曲がった背を少し伸ばし、落ち着いた表情で僕を見上げた。

「私達は、あなたが気を遣って下さっていた事に気付かず、気が動転して、自分達の都合の良い方向ばかりに考えてしまっていました。

 あなたにどれだけ返せば良いか分かりませんが、どうかここで謝罪させて頂けませんか」

 弟の方を見ると、弟も懇願するような目をしていた。

 僕は素直に頷き言った。

「分かりました。謹んで受け入れます」 

 二人は、漸く肩の荷が下りたように表情が明るくなった。

「ですが、受け入れるものは金銭的なものではなく、私の願いでも良いでしょうか」

「願い、ですか」

「こちらこそご迷惑を承知で言うのですが、彼のお墓参りをさせて頂けませんか。彼に落とし物ではなく、ちゃんとした花を送りたいです。ご家族が不快でないならですけれど」

 家族からしたら金銭的に終えられる方が後は引かないとは思ったが、7年も経った今、男とは勝手に知り合いのような気持ちになっていた。

 僕の願いに、驚いたように二人は目線を合わせたが、弟の表情からすると不快には思ってはいなさそうだった。

「それでも、良いんですか?」

「はい。彼とは知り合いでは無かったんですが、今では彼と知り合いになりたいと思っています」

 母親は、少し嬉しそうに頷いた。

「息子の最後を知っている方ですから。迷惑な訳ありません。息子に会いに来てくれるのは嬉しい限です」

 口角が少しだけ上がった母親の表情に、あの男が最後に笑った顔を思い出した。

 僕達の立ち止まったままでいた足が、少しだけ前に進めた気がして、俯いたままであった心は、漸く顔を上げた。

 見上げた夕焼けはあの日と同じ赤色がやけに美しく感じた。

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