第五話
それからと言うもの、僕は7年も経った今も『それ』を囚われたように考えている。
あの男が最後に笑った意味が、理解出来たのなら、『それ』と共存出来る日が来るかも知れない。
例え、共存出来なくとも何かしら、この囚われた感覚からは、抜け出せるかも知れない。
だけれど、ただ時間が過ぎて行くだけで、答えは出せて居ない。
「めっちゃ痩せました?」
と職場で訊かれようとも、僕は健康の為などと嘘を吐く位しか出来ない。
もう、7年も前の事だ。僕の周りの生活も変わって行くのは当然なのに、未だに、僕はあの駅のホームに立ったままでいるなど誰も思いもしないだろう。
あの時の上司も随分前に転勤した。あの事故を知っている人も、周りには殆ど居ない。
なのに、変わろうとしない僕が居て、毎日『それ』に苛まれているなど、所詮、他人事でしか無い。
きっと、家族が居るならば、変わって行く事にも肯定的だったのかも知れない。
だけれど、僕には僕の家族も両親も居ない。
僕が何処に居ようとも、咎める人は居ない。
僕は、多分このまま一人きりで、いつか『死』と出会うだろう。
あの男と同じように、一人きりで。
それが、寂しいとも虚しいとも思えないのは、僕が『本物』を間近で見てしまったからだろう。
徐々に消えて行った光が僕を『それ』の世界へと引き込んだ。
両親の最後を見届けられ無かった事も、両親が事故では無く、本当は僕を置いて『死』を選んでいた事も、心の何処かでは受け入れていたのではなく忘れてしまいたかっただけ。
両親を亡くして、寂しいではなく本当は恨めしいと思っていただけだと都合の良い方向を見ていた僕の目線をあの男が戻してくれた。
僕が、あの男の目を見なければ、ずっと『それ』を見て見ぬフリをしていて本質など見ないように生きていただろう。
『人はいずれ死ぬ。生と死は誰でも平等にある』と簡単に言葉にしていたに違いない。
だけれど、誰かの『死』を身近で知ると到底簡単に受け入れられるものでは無かった。
なのに、忘れて行く事も、覚えておく事も残された側の自由なんて、それこそ都合の良い話なのだろう。
僕は、7年目のあの男が『死』を選んだ日、そっともう痕跡すら残っていない場所に小さな花を置いた。誰の記憶にも残っていないあの男の目を思い出しながら。
しかし、背後に立つ人の気配で僕の記憶の旅は終わりを告げた。僕は、ちらりと何事も無かったかのように振り返った。僕が、急に振り返った事で後ろに居た人が驚いたように声をあげた。
「す、すみません」
僕がそう言うと、小柄で背が曲がった女性とその女性を支えるように抱えた若い男性も「すみません」を繰り返していた。
僕は、申し訳ない気持ちになって、近くに移動して電車を待った。遠くに行くのも不自然な気がして、近くに立っていると二人の話す声が聞こえて来た。
「兄さん、やっと母さんも来れられるようになったんだ。もう、7年前だなんて思えないな。流石に何も供えられなくてごめんな。兄さん」
「ここで?」
と母親らしき女性が訊ねると男性は頷いた。
母親らしき女性は、支柱を撫でるとポロポロと泣き出す。
夕方のまだ混む前のホームで、二人の会話に鼓動が鳴り響いて行くのを感じ、汗がタラリと背中を伝って行くのを感じていた。




