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第九話 処刑宣告

 岩肌の露出した地面、鉄骨だけを残した廃ビル、高低差を生む隆起した地形。

 少女の死角は全方位に存在していた。リリの召喚獣で視界を補う。


 だがそれを上回る速度で物陰から刺客が襲来する。


「雑用スキル、定時の用。『戸締り』ィ!」


 青のジャケットの小柄な男が先手を打つ。

 廃ビルは漆黒のキューブへ変形し、暗黒の物質でリリを包む。


「システムクラック『ディスラプションEX』」


 次いでメガネの帰還者が追撃を放つ。立方体へ接触後、内部へ膨大な熱が加わる。


 熱は圧力を生み、リリごと檻を半分の大きさまで潰し縮めた。反撃の余地を与えない連携だ。

 それでも、


「『迷える獣たち(ストレイヤーズ)』御霊ノ神獣」


 漆黒の檻は光となって崩壊。聖光の中で百合は狂い咲く。


 優雅に脱出したリリ。次の瞬間、先の二人組へ迫った。


「はやっ――」

「待――」


「全て見切ってるわよ」


 二撃、リリの拳を彼らに当たる。

 うずくまる二人。その男達を仕留める前に、リリは後方にいた巨漢を狙う。光輝く杖を棍棒術で突こうと突進する。


「神聖魔ほ――」


「その身のこなし、見事だ。続けばの話だがな」


 意図を悟られ、巨漢に半歩の距離を離される。カウンターに男は虚空で中指を弾く。


「永続デバフ、『連続弱攻撃(デコピン・ラッシュ)』」


 指の延長線上、リリの眉間に鈍い振動が到達する。

 ただのデコピン程度の威力に関わらず、衝撃は連続して彼女の頭部に加わり続ける。


「こん、のぉ……!」


 次第に額を押され、リリの体が後退を始めた。

 絶え間ない微弱な振動。揺れる脳を彼女は気合で耐え、三半規管を根性で整える。

 その隙に魔法を捻じ込む。


「神聖魔法、風前の迷迭香(まんねんろう)


 デコピンの力が水の如く受け流された。眉間を親指で名で、少女は笑う。


「食えねぇ女だ」


 巨漢は好戦的に舌舐めずりをした。


「つーかよォ。なんでオレらあんな女の相手してんだ。放置してるほかのガキは、生意気な凡人は!」


「察しが悪いですねぇ。あの小娘がいるから外に出られないんですよ」


「結界、だけじゃなさそうだな。魔法か何かで弄って、俺らのダンジョンを逆に利用してるってことか」


 ここまでの戦闘で、リリは襲撃者の足止めに徹していた。

 彼らを逃がさぬよう、()()()()()()()()()結界を常時展開していた。


「お生憎様、時空間は専売特許だったのよ。アンタらをここに留めておく程度なら、これしきの結界なんてわけないわ」


「吠えやがる。だがそんなご立派な魔法、いつまで持つのかねぇ」


 巨漢は腕を振り上げ、またも指を弾く。両手の四指、計八つの指先から断続的な衝撃が放たれる。


「どうした? 表情だけじゃなく、ふざけた喋り方まで崩れてきてるぞ」


「人の化粧に口出しする男、モテないわよ」


 リリの頬は切り傷と流血で赤化粧が施されている。だが瞳に絶望は映らない。



 激闘の最中、残る二人の襲撃者は戦闘を傍観するばかり。

 マントを羽織る白肌の男は猟奇的に微笑む。外套の下に隠した暗器を撫でながら。

 様子を見ていた隣の真紅髪の剣士は尋ねる。


「あなたは参戦しないのですか?」


「少しでも温存したいのは大将も一緒でショ。ボクちんは元魔族。神聖属性持ちとは極力戦いたくなーいノ」


「合理的ですね。てっきりもっと好戦的かと」


「あの女、実力はあんなモンじゃない筈だヨ。結界の外でも召喚獣を使役してル。この状況がなかったら、殺されるのはあの三人の方だったろうサ」


「本当に抜け目のない方です。先に同盟を組んで正解でした」


 高台で悪趣味に笑う男達。その下で一進一退の攻防は苛烈さを増す。



「雑用スキル、始業の用。『シュレッダー』ァァァァァァ!」


 ジャケットの男が放つパンチ。拳の回転する風刃がリリを斬りつける。

 腕で防ぐもリリの動脈は断たれ、勢いのまま後方へ投げられた。


「ッ、小僧、やったわね……」


 壁一面に鮮紅色の水が飛び散った。

 痛みに悶える間もなく、薄紅の少女は魔法を編む。


「神聖魔法展開、娼妃のアスナロ」


 輝く鱗の葉が彼女を覆い、ドーム状に彼女を包む天蓋となった。


「防護結界だァ? 小賢しいってんだよォ!!」


 三人は各々の打撃とスキルを天蓋へを浴びせた。

 三方位からの集中砲火。魔力を帯びた拳とスキルで結界表面は削られる。アスナロは軋み、末端から消滅が始まった。


「戦いっていうのは、相手の行動を裏まで読まないとこうなるのよ!」


 消滅間際、ドームを中心に魔法陣が展開。

 直後、三人は稲妻のツタに全身を縛られた。


「クッ、拘束魔法!? いつの間に」


「このタイミングかよ!」


 杖を突き立て、リリは最大の魔力を術式へ流す。


「神聖魔法、主神の意」


 閃光が男達の体を貫通し、魔力を暴れさせる。暴走した自らの魔力に彼らは苦しみ出す。


「あづづづづづづいっでぇぇぇぇぇぇ!」


「これ、はっ……」


「力むな! 魔力を触媒にした攻撃だ。体外へ逃がせ」


 巨漢の指示に従い、彼らは魔力を手放す。それでも即座に動ける状態ではなかった。

 隙を突いてリリは距離を離す。


「クソアマ、殺してや――」


「いやよく見ろ。その必要はねぇ」


 敵から距離を取ったところで、リリは力尽きる。


「ッ、少し、足りなかったわね」


 杖を地に突き立て、乙女は膝から崩れる。

 帰還後初の戦闘に結界展開と神獣使役。限界など遥かに超えている。


 そのまま前のめりにリリは倒れた。薄紅の髪は土埃でくすむ。



 それと同時だった。分断されていた異界の境界が音を立てて破られる。

 亀裂の向こうからは青年が姿を現す。


「……リリ、遅くなった」


「アス、ハ」


 駆け寄ったアスハはその腕にリリを包む。


「ごめん、ね。きて、くれたの、に……」


 風で吹き消えそうな声を最後に、リリは意識を手放す。

 消耗した華奢な体は随分と軽くなっていた。


「リリ、終わったらきっと綺麗な布団の中で目が覚めるから。今は安心してほしい」


 弱くなった心音のリリに、アスハは新たな秩序を追加する。


「|その身に片時の休みあれ《オーバー・ナイト》」


 絶え絶えだったリリの呼吸は完全に止まる。

 心臓、流血、細胞分裂、生命活動の全てが凍結。彼女の肉体は時間を停止した。



「クソガキテメェ、オレらの獲物になにしやがった。せっかく昂ってたところなのにィ!」


「仮死状態にした。これ以上彼女が傷つくことはない」


 ――生命活動の一切を一時停止させることを代償に『限りなき無秩序(アンリミテッド)』で肉体状態を保存する緊急処置技術。アスハの奥の手だ。


「無島さんなら、この状態も解除できる……」


 その場にそっとリリを下ろし、無感動な目でアスハは彼らを眺めた。


「今から制裁を与える。逃走でも投降でも戦闘でも、好きにして良いよ」


 声音に熱量はない。憤怒の揺らぎもなく、目に宿る意志は殺意と呼ぶには及ばない。


「俺の行動は変わらないから」


 虫を駆除する、雑草を狩る、埃を払う。それに激情を抱く人間などいない。

 ゆえにアスハの心は乱されない。


「まっさか、オレらと戦うつもりかよ。状況分かってねぇのか?」

「英雄なんてそんなところでしょう。と、経験に基づいて一応発言させていただきます」

「どっちみち関係ねぇだろ。鏖殺しちまえばな」


 前線の三人が昂ぶる一方、後方の奇術師と剣士は初めて険しさを見せる。


「状況が変わったネ。どーしよ大将」


「撤退はまだです。貴方は警戒を解かずいつでも迎撃可能な態勢を。ここで彼の力量を把握しておきたい」


 戦場に冷たい風が吹く。これから訪れる死を運ぶため。


「処刑の時間だ。かかってきなァ!」


 挑発にもアスハは動かない。ただ冷ややかな意志が灰燼に宿るのみ。


「似たことを吐くね。俺が殺してきた彼らと」


 処刑人の手に躊躇いはなかった。

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