第八話 My curse
湧いては群がる魔獣。その制圧にアスハとツムギは奔走する。
常に通路が変化するダンジョンの中、今まさに魔物の餌食になりかける生徒たちを発見した。
「こっちにもいた。ツムギ、C組がここだ!」
スキルで『加速』を付与した靴でツムギが駆け付ける。
体高三メートルを超える魔獣の前へ割り込み、数学の教科書を掲げる。
「最大防御だオラァ!」
教科書は巨大な盾へ変化し、獅子の牙を防ぐ。
鋼以上の盾で押し付ける間、アスハが合わせて魔獣に触れる。
「逆流しろ」
血脈に代わる魔力通路の逆流。法則に従い、魔物の魔力は自らを破壊する。
獣は容易く爆ぜ、魔力の塵と化した。
また一体の魔物を排除。しかしアスハの集中は限界に近かった。
敢えて伏せていた詠唱も解禁。その脳は疲労でぐらつきつつある。
「おい、あのバケモノぶっ飛ばしたぞあの二人!」
「えっと、制服姿か? 誰だコイツら」
「誰だか知らねぇけど助かったぞ!」
安堵で生徒達がどよめき立つ。アスハがかけていた簡易ステルスも徐々に薄まり出す。
「魔力飽和、術式解体」
アスハはダンジョン空間を打ち消し、本来の教室へ戻す。
息も軽く上がり始めていた。
「これで近くに魔獣はいなくなったけど、固まってここから動かないように。応援がすぐに来ます」
生徒らには最低限の指示のみを飛ばし、アスハは教室を後にする。
学校襲撃から十五分が経過。この時点でアスハ達は大多数の安全確保と救出は完了していた。
が、依然獣の気配が充満。リリと交戦中の異世界帰還者達も、居場所が分からずにいた。
「ツムギ、先生はこれで全員発見した。残りの生徒はあと半分ぐらいだよ」
「クラスで固まってるとこは全部発見したし、残りはバラバラか。大会や風邪で休みの人間もいるみてぇだし、どうすれ――」
途端、ツムギの身体から力が抜け落ちる。糸を切られたマリオネットのように倒れ込む。
「ッ、ツムギ!」
「だ、ダメかァ。やっぱ全盛期みたいにゃ動けないよな」
服の下から赤染みが滲み出る。息も絶え絶えで顔も青白い。
アスハが傷口を確認すると、服の下は何ヶ所も深い傷と紫の斑点が浮かんでいた。
「出血が酷い、『最適化』でも手当が間に合ってないじゃないか。それにこの斑点模様って」
「さっき牙がかすったと思ったンだ。ただの唾液だって誤魔化そうとしたけど、体はこんな時に限って正直だよなァ」
『最適化』で抗った痕跡はあるが、毒は半身を蝕んでいた。指先は浅黒く染まっている。
「悪い。リリィとみんな、頼んだわ」
「ツムギ、待ってくれ。俺には!」
アスハの腕の中でツムギは意識を失う。一刻を争う友の姿を目にし、アスハの気は動転する。
「ダメ、だ。俺がやったら、やってしまったら、また……」
『限りなき無秩序』ならば治癒どころか、欠損部の再生さえ可能だ。
だが今のスキルの上限をアスハは知らない。加えて複雑な能力行使は時間を要する。時間を捨てれば蘇生は失敗し、今以上に悪化してもおかしくない。
「ただの対処じゃ間に合わない、考えるんだ。確実に救える《《ルール》》を」
人命救助、魔獣討伐、ツムギの回復、リリの捜索、帰還者の排除。選択に猶予はない。 凛藤アスハの思考は巡る。
――人命救助、人命救助、人命救助、救助、救助、救助、救助、救助、救助、助け、助け、助け、助け、助け、助け、助けないと、助けないと、助けないと、助け損ねる、助けないと、助けないと、助けられない、助けなければ、助かれ、助かれ、助かれ、助ける、助ける、助ける、助ける、助けろ――――
魔獣の存在さえ忘れ、アスハは呼吸を荒げる。思考は錯綜し、視界は狭まり、圧迫感に支配される。
「動け、いや無闇に動くな。選べ、間に合わない。違う、選べない。俺は選択肢を誤る。俺は、俺は、お前は、いつだって……」
嗚咽とともに蘇るのは、アスハの脳裏で鮮明にこびりつく異世界での記憶。
死体の山が積み重なった、壊し尽くした地平線。そこに立つ血と泥で汚れた自分を、燃え尽きた灰同然の己を彼は今でも呪い続けていた。
――俺のせいでまた、みんなが傷ついてしまう。
アスハの魂は震える。恐怖ではなく、記憶の復元による衝撃で。
「――『限りなき無秩序』。有効範囲、拡張」
手の震えは止まり、焦燥は消失する。
残された全神経を駆動させ、アスハはダンジョン全域にスキルを行使した。